『赤毛のアンの秘密』小倉千加子 岩波書店
正月休みからずっと読んでいた。
小倉先生の本はつまんない本が一冊もないという、今のところノンフィクションの帝王様だ(女帝?)
「赤毛のアン」という少女たちが大抵通過するという小説をありがたいことに読んでない、ド田舎の野性派少女だったので、いまいち楽しめないかも、と思ったんだけど
これが
なんと 「アンは読みたくならないけど この本はギザおもしろゆす(って使用法で合ってるか?)」 だった。
読んでないというのは嘘で、随分大人になってから読んだと思う。
記憶に残ってないから、もちろんハマらなかった。
TV放映されたアニメの絵柄(東映アニメだっけか?)も、翻訳された文体もどーにも好きになれず、
読む前からのたぶん「こういう話だろうな」の予想とドンピシャだったせいもある。
時代からして「少女」の冒険も多少の紆余曲折があるにしろ
「家庭に入ってめでたしめでたし」
ただ「大草原の小さな家」やら「ピーターラビット」の作者のファッション 家財 インテリア
19世紀末あたりの欧米の田園風景は「大好き」だ。
カントリーとかフォークロアとかだな
あの時代の生活がしたかと言われたら、ヤダ
不便で前近代なだけだもん(まったく今どきの中年も・・
アップルパイとか暖炉とか マント(ケープかな)エプロン(メイドだっ
その文体なんだけど
「たそがれの空は紫と金色と銀ねずみがかかったミドリ色で(わっからん・・
「楡の上にはバラ色の雲がやさしくからみあって
(薔薇色の雲ねえ・・・
想像力の貧困のせいで、これらのからみついてる形容がただただ「うざっ」かった。
けれど林真理子さんをはじめ(アンの舞台の町に別荘を持ってるらしい)、日本で知的階級者や、男性以上にの第一線で活躍してらっしゃる中年女性に「アン」フリークが多いのにはびっくりだ。
「フランダースの犬」同様、「・・アン」は日本で一番読まれているという事実!
ロマンティックというのはある生活水準以上のステージで育った者にしか受け入れられない、ということもできる。
ユーミンが昔「私の歌は地方で商業高校卒ですぐに働いているような階級の人には受けない」
というとんでも階級差別発言をしていたが、それに近いのかも。
(よく糾弾とかイヤガラセとかなかったと思うけど 時代かな)
ココロが引き裂かれた日本女性、がメインテーマなんだ。
学力で男子と同等、あるいは男子を打ち負かした優秀な女子を産出することにになった、
戦後の男女同権と学校教育
しかしこの民主主義は意識して望んで勝ち得たのではなく、占領国からのお仕着せで、
日本の社会はいまだに、男と同等、それ以上にデキル女性の能力をいかした活躍の場所を用意できないでいる。
しかもどうも女の幸福は「家庭、結婚 産める機械」にしか有り得ないらしいと、
密かにしかも、頑なにはびこっている常識?生活様式 意識が拭えないままでいるために日本女性たちは混乱し、諦観しているでは・・。
こんなに勉強して努力して家庭だの、シュフだの 子育てかよ!
の声はさほど聞かれないところを見ると、
家庭はいいところに違いない。
でなければ、離婚率(非婚率)と少子化はもっと加速すると思う。
「私たちは騙されて育てられたっ!」と両親や国を訴える女性だって出てもいいと思うのだが・・・
どーでもいいけどさ、実は「足長おじさん」って小説が大好きな少女だったんだ。
わかるでしょ?
ただただ無償で援助されたい、その代償でお手紙くらい、一日数通でも書けますことよ。
これだから「玉の輿願望の娘たち」への非難なんて全然ありませんことよ。
玉の輿よりも「無償の援助」のほうがよりいいよね(笑)
玉の輿だって家庭を司らなくちゃいけないんだぜ。
ただ望んでることが現実に起こらなかったから、自力で(やや実家から援助あり)生きてるだけのことだぁね。
「赤毛・・」の作者モンゴメリーが自殺をしていたことはちょっとショックだった、
同年代でやはり自殺している女性作家のヴァージニア・ウルフの作品も読んだことがないけれど、
「少女小説=ノーテンキ」だと勝手に思い込んでいた私が間違っていたらしい。
『あしながおじさん』(原題:Daddy-Long-Legs)はアメリカの作家ジーン・ウェブスターが1912年に発表した小説・児童文学作品である。
『赤毛のアン』(原題:Anne of Green Gables)は、カナダの作家L・M・モンゴメリが1908年に発表した長編小説。とくに児童を対象に書かれた作品ではないが、この数十年は児童文学とみなされている。グリーンゲーブルズはアンが住むことになるカスバート家の屋号。
人間 プライドがないと、とか使うよねえ。
どーも使い方が間違ってたわ。
関係ないけどマッチっていい男の顔になりましたよね、さっきうたばん見ててそう思ったわ。
しょこたんの歌 あれつまんねーぜ。
話 結構「こいつ やるな」って思ってるんだけど。
一般的にはそうなのでしょうね。
確かにプライドというと無駄に高慢ちきってな印象があります。
周囲を見ても、プライドばかりが高く人に優しくできない人はいます・・・そんなクソみたいなもんよか自尊心が高いほうがずっといいなぁ。
そんな風に思いながら中年の階段を上る今日この頃です。
ためになりました、ありがとうございます。
プライドとは、自分と他人を比較し、自分の方が上であると思うことで得られる感情だ。
所有物や学位、影響力、地位などの外的なものに安定と喜びを見出そうとする感情でもある。
プライドは自分の弱みや不安を隠すための手段であり、低い自尊心を示す危険信号なのだ。
プライドの高い人は、自分のことをよく思っていない。
そこで自分の重要性を確認するために、他人をいじめたり非難したりする。
それに対し自尊心が高い人は、
自分に自信を持って精神的に安定している。
自尊心の高い人は他人を助けるだけの精神的余裕があり、
周囲からどう思われようと気にせず、
豊かさ意識を持っている。
だそーよ
作者が成し遂げたいのは「アン・シリーズ」ではなく、もっと大きな野心「文学者として認められる」があったようですけど、その才能がないことも認めていたそうです。
現地に行くとですね、びっくりするほど
荒涼としたところらしく、季節が悪い時期には日本人女性しかいなくなる場所らしいです。
ええ、翻訳の功績だとはっきり言ってます。
あのからみつく形容がなかったら、こうまで人気が出なかっただろうと。
相当神経が参って、うつ状態にあったらしいです。
ご主人も同じらしいです。
なんだかちょっとかわいそうになります。
作者、すごくがんばって努力して、良き妻 母として生きてきたのになあ。
(作者のことを、自分がキライでプライドが高いのに自尊心はない って小倉先生は書いてみえるんだけど、ううむ(-_-;) 心理学は難しいですねえ)
アンの青春くらいまでは本棚にあるかな。
娘に薦めてる最中です。
一度は行ってみたいプリンスエドワード島だけど、無理なので、せめてアンの料理の本買いました。
写真を見てるだけです(笑)
私が持ってるのはかの花岡女史の訳なんです。
古いんだ、文体がとてつもなく古い。文庫の活字のフォントも古い。
まわれいくどい言い回しにが素敵でもあるんだけど、マリラのようにイライラもします。
モンゴメリーは自殺してるんですか。
自分が育った美しい自然をモデルに書いたんですよね、命を絶たなければならないことがあるなんてショック・・。