D'Trick mania

Le champagne et la santé, hier et aujourd’hui

長野まゆみ 『テレヴィジョン・シティ』

2009-07-28 | book
何度読んでもなかなか精読しきれない、のは暗号を読み解かないだけではないかもしれない。

著者が後書きで語るように物語は時間も空間も一致していない。

空間を繋ぐのは、やはり「鳥」である。
ママ・ダリアはある日舞い込んできたカナリアを飼っており、テレシネマのアーチィの飼っていたカナリアはバカンス中に逃げてしまう。
パァン池で観察できる鳥は幻影(植物は実験用に育てられている)であるが、《フィルミック》の天井にカナリアが棲みついており、テレシネマの最後でアーチィはカナリアを見つけ、カナリアン・ヴュウについたアナナスのギグの中からカナリアは飛び立つ。
アナナスの端末機の愛称でもある「カナリア」は物語の中を自由に飛びまわっている。


時間軸に関しては、アナナスの書く手紙が参考になろう。

第1話 テレヴィジョン・シティ Television City
ママ・ダリア宛 6月22日 月曜日
パパ・ノエル宛 6月22日 月曜日

第2話 夏休み〈家族〉旅行 Family Trip of Summer Holiday
ママ・ダリア宛 7月22日 土曜日
パパ・ノエル宛 7月22日 土曜日

第3話 ママとパパとぼくたち "MAMA&PAPA" with Us
ママ・ダリア宛 7月22日 土曜日
パパ・ノエル宛 7月23日 日曜日

第4話 五日間のユウウツ Melancholy of Five Days
ママ・ダリア宛 7月30日 日曜日
パパ・ノエル宛 7月30日 日曜日
ママ・ダリア宛 7月31日 月曜日

第5話 もうひとつの出口 zone Red
パパ・ノエル宛 8月5日 土曜日
ママ・ダリア宛 8月12日 土曜日

第6話 仔犬を連れた人 A Man with Puppy
パパ・ノエル宛 8月10日 火曜日

第7話 碧い海の響き Soft-Heated Noise
ママ・ダリア宛 8月13日 日曜日
パパ・ノエル宛 8月15日 木曜日

第8話 南国の島 Canaria Islands
イーイーからの手紙 8月25日 金曜日
イーイーへの手紙 6月22日 月曜日

第6話から不穏な状況が表面化し、ママ・ダリアの都市で《ライム・レイン》が降る映像が流され、イーイーの体調が悪くなる。
第7話では華氏68度(20℃)に保たれているはずのビルディングが華氏50度(10℃)を割るようになり、アナナスの記憶が戻りはじめ、シルルが消え、変わってしまったジロも消える。
強制的に挿入される音声により、徐々に物語は種明かしされていく。
第8話では記憶をなくす以前のアナナスが手紙を書き、イーイーは消え、カナリアン・ヴュウにひとりたどり着いたアナナスはいままでの言語を無くす。
テレヴィジョンと交差するように空港では呼び出しのヴォイスが流れ、それらの空間を繋ぐようにカナリアが飛んでいき、物語は再び最初へと回帰していくようである。


ボディを捨てた「少年」たちのスピリットの話であるなら、まさに回遊魚のように永遠に感覚からも時間軸からも空間からも解き放たれているのであろうが、何かを回復し、得たことにより、別の何かを捨てており、しかもその何かが分からなく、暗闇を抱えているのが、読み手としてはせつない。

能動的であると思い込んでいるが〈混乱〉しており〈昏睡状態〉にあり、受動的なアナナスは、外の世界には行かず、様々な「夏」に存在していくのであろう。


読み返す度に色々な事に気付き、考えされられる作品であるが、イーイーの「バカげてる」望みというのが何か、最後に映像の中で砂浜を駆けていく彼がそれを叶えられているのかどうか、それが今は知りたいと思う。






登場人物:アナナス、イーイー、シルル、ジル
季節:夏

単行本:1992年10月
文庫本:1996年6月



「(『テレヴィジョン・シティ』で)声が出なくなるというのは、それがもう違う世界、次元がそこで変わってしまう印。…アナログとデジタルというのが同居している世界。…すべてが同質化する世界では、みんな差異を確かめなくてもいいんです。…階級がないと言語がなくなる。…私の小説などはずっと階級があり続けないと言葉として書くことは出来ないんです。…ともかく『テレヴィジョン・シティ』の中には私が考え得る全ての要素が入っていますから。…(挿入とかクロスとか)…実質はセクシャルな世界。」

「・・・《スライド式に重なり合ういくつもの現実》のどの部分が表層にあらわれるかによって、世界の存在の仕方が変わるのだというのを書こうとしました。しかも、重なり合うスライドは互いに浸透しあっている・・・」

「人物の名前を何種類か並べてみて、音オンで選んだ結果。イーイーは気に入っている。アナナスはパイナップルで、シルルはシルル紀。」
(文藝別冊より。作者談)



「単行本書き下ろし作品。長野まゆみが上下巻にわたる長篇に初めて取り組んだ作品である。・・・作者自身が気になっていたという身体感覚と記憶の関係に本格的に取り組み始めた作品である。」
(文藝別冊より。山崎由夏評)

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