◇ 歓喜の歌が日本で初演(1924年)、なかなか好評だったので音楽家が年越し資金を稼ぐための暮れの風物詩となる。 ◇ 熊本市・大洋デパートが火だるまとなり、100人を超える犠牲者の霊を悼むため、この日の午後から何時も市街地に流しているBGMを中絶することに(1973年)。 ◇ 中核派が、国労などの官僚主義的国鉄を堅持する姿勢に対し首都圏を中心として鉄槌を下し、中曽根康弘による分割・民営化への支持を表明した(1985年)。
◎ ◎ 創刊120年以上の“ナショジオ”が綴る【 そうだったのか! 】 =第 27回= ◎ ◎
1956- « いま見てもすごい! 人類初の月面着陸 (1/3) »
= Webナショジオ そうだったのか! 『ナショナル ジオグラフィック』 =
……National Geographic Journal Japan 〉/ 2013年3月6日 / (Web編集部) ……
「1960年代が終わるまでに、月に米国人を送り込み、無事地球に帰還させる――これを国の目標として掲げるべきだ」
1961年5月25日の合同議会でジョン・F・ケネディ大統領が表明してからおよそ8年。60年代が終わるまであと5カ月と11日という1969年7月20日に、人類ははじめて月に降り立ちました。
1888年の設立当初から航空関係への支援の先頭に立ち、実はNASAの発足につながる有人宇宙開発のはじめの一歩からサポートしていたナショナル ジオグラフィック協会。宇宙開発への支援は以降もつづけていましたが、ソ連に対抗したマーキュリー、ジェミニ、アポロの一連の有人宇宙開発計画にはとりわけ力を入れていました。 【”人宇宙開発のはじめの一歩も支援”を次回に記載】
そのクライマックスといえば、当然アポロ11号での人類初の月面着陸です。これはもう説明不要ですよね。ネットで検索すれば詳しい解説はいくらでも出てきますし、今回は細かい話はやめにして、人類史上最高に輝かしい探検である月面着陸を『ナショナル ジオグラフィック』がどう伝えたかをご紹介いたしましょう。
記事が掲載されたのは1969年12月号です。この時代にはページ数も増え、まるごと1冊1つの特集ということはさすがになくなりましたが、表紙も月の写真ですし、極めて珍しい「特集用の目次」は破格の扱いです。当時の『ナショナル ジオグラフィック』にはそもそも目次がありませんでしたから。記事のタイトルとページ数はぜんぶ表紙にありました。
右が極めて異例の特集用の目次ページです。
左ページは広告ですが、見開きで始まる記事が当たり前で、片ページから始まるのは珍しかったのであえて見開きごと掲載してみました。
特集は全63ページで、「はじめての月探検者(First Explorer on the moon)」というタイトルの下、さらに「1.人類が別世界を歩く」「2.スプートニクから月面着陸まで、宇宙時代の音声」「3.アポロ11号の飛行:“人類にとっての大きな飛躍”」「4.月の岩からわかること」「5.宇宙の次なるステップ」という5項目に分かれています。
これらの計画で『ナショナル ジオグラフィック』が写真の支援に力を入れていたことは前回書いたとおり。おかげで、誌面は大迫力。いま見ても当時の興奮が伝わってくるようです。今回はちょっと多めに引用するので、ぜひお楽しみください。
世紀の瞬間をこの目で見ようと、前夜からフロリダ州のケネディ宇宙センター周辺にたくさんの人が詰めかけました。
約50万人が打ち上げを見守ったそうです。
そして、打ち上げの瞬間がやってきます。
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次回は “ « いま見てもすごい! 人類初の月面着陸 2/x » “ を記載、続きます・・・・・
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