〇◎ “私が知りたいのは、地球の生命の限界です” ◎〇
= 海洋研究開発機構(JAMSTEC)及びナショナルジオグラフィック記載文より転載・補講 =
☠ 青春を深海に掛けて=高井研= ☠
ᴂ 特別番外編 「しんかい6500」、震源域に潜る ᴂ
◇◆ その3 震源の海底で、地震に遭う =2/3= ◆◇
案の定、微生物マット探しは難航した。 潜航前には、海底下の断層に沿って直線状にズラーと微生物マットが広がっていると予想していたのに、思ったよりも広がりが乏しい。 断層から漏れ出ずる「地震汁」なんてないんじゃないのか? 強い不安がよぎる。
そしてようやく、それなりの規模の微生物マットを見つけて、その試料採取に取りかかろうとした矢先、音響通信に船上からの指令が飛び込んできた。
「現在、潜航地点近くで地震発生。次の指示があるまで高度40mまで浮上待機」
どうやら安全基準に引っかかりそうな地震があったらしい。 「ありゃー、せっかく着底したのに、この浮上でもう元の位置には戻れませんよ」とパイロットのチバさん。 しかし実際のところ、船上からの指令があった時は、既に地震が起きた後なわけで、海底のボクらはまったく何の変化も感じなかった。
でも、ちょっと憂鬱でメランコリックな気分だったボクはなんとなく楽しくなってしまった。 チバさんもイシカワさんもちょっとワクワクしている感じだった。 「深海で地震に遭遇するなんてなかなかない機会ですからね。こりゃ良い経験だわ。よっしゃ、この空白の時間に昼飯食おう」。 ボクはお弁当のおにぎりをほおばった。
不思議なことに、このハプニングを境にしてボクはすごく気が楽になった。 「しんかい6500」が海底に着いてから、調査時間が限られているにもかかわらず、視界が悪く微生物マットが見つからない状況に、かなりナーバスになっていたのだ。それが、これで打ち止めの緊急浮上になるかもしれないハプニングに際して初めて、ボクらが通常の海底とは違う地震多発地域に潜航していることを思い出したのだ。
「そうだ、何があってもおかしくない海底にいるんだから、この潜航調査がうまくいかなくても仕方ない」。 普段よく潜航調査している深海熱水活動域に比べ、ものすごく静謐なこの海底の様子からは、地球の息遣いを感じることがまったくなかった。 それが、いつもの潜航調査と違う強烈な違和感となって、もどかしさを増幅していたんだと思う。
船上からの地震の連絡によって初めて、深海底での“生きている地球”の感覚を再認識することができた。そして得も言われぬ安堵を感じたんだ。 その感覚はもしかすると、まったく誰にも共感してもらえないヘンな感覚かもしれない。ボクのちょっと変わった生命観のせいかもしれないとも思う。
生命は「エネルギーの渦潮」がないと生きていけないのだ。 「エネルギーの渦潮」を感じられない「永遠の虚無」こそが、生命にとっての最も恐るべきモノなんじゃないかと思う。
熱水にしても地震にしても、とにかく生きている地球の躍動感を感じることで、暗黒の深海底での安堵を覚えるなんて、まるで地球のエネルギーによって生命の営みを紡いだ原始的生命達の本能みたいじゃないか。 もしかすると、「しんかい6500」に乗って深海を探査するボクの深層意識は「暗黒の生態系の生命」に完全に同調しているのかもしれない。
そんなヘンなことを考えている内に、船上から「地震は範囲外だったようなので、調査を続けてヨシ」という指令が来た。
「じゃあ、ゆるりと行きますか、チバさん、イシカワさん。カッカッカ!」と水戸黄門のようなセリフを一つ吐く余裕ができた。そして、ボク達は海底に戻っていった。
その後すぐに、お目当ての大きな微生物マットを見つける事ができた。 そして、試料採取のために着底しようとした瞬間、再び船上から「潜航地点近くで地震発生。 次の指示があるまで漂流状態キープ」という珍指令が来た。
どうやら今度は船上の管制も考えたようで「いつでも浮上できる態勢をとりつつも、調査が続行できる微妙な態勢をとれ」ということらしい。 今度は笑いながら、「何か起きませんかねー、ワクワク」とボクらは窓の外を観察していた。 チバさんは漂流しながらも、ちゃっかり潜水艇を操縦し、ベストポジションに誘導している。
= 極限環境で生命の起源を探る・高井研 : 3/3 =
海のある星を調べれば、生命体発見も遠い夢じゃない (2/2)
──そうですね!! SF映画の世界は夢ではないのですね。海がある衛星の中で生命体がいる可能性の高い星は?
高井 一番可能性が高いのは、土星の衛星「エンケラドゥス」です。 NASAの探査機カッシーニによって、唯一確実に海があることが証明されています。 他の星は宇宙望遠鏡で確認しただけの情報なんです。 ただ、エンケラドゥスはとても遠い。 そのせいもあって、最近実施されたNASAの今後の調査プロジェクトの審査も残念ながら通りませんでした。
──もう少し近い他の星では?
高井 2014年1月に、火星の少し向こう側にある小惑星「ケレス」で噴水が見つかり、海がある可能性があります。 ケレスなら、「はやぶさ2」を少し進化させた規模の探査機で行くことができます。 日本の探査機を飛ばすならケレスの方が可能性が高いかもしれません。 ただし予算の問題が…。
──やはり、なかなか狭き門ですね。なんとか予算がつかないものでしょうか。
高井 本当にそこが悩みの種です。 ただ、個人的には今後は民間からの寄付という選択肢もあるのではないかと思っています。 宇宙で生命体を探すことは、2600年前にギリシャ哲学が生まれたときからの命題で、まさに人類の夢ですから。探査にはだいたい500億円くらいかかるのですが、日本国民約1億3千万人が一人400円も寄付していただければ探査することができます。 壮大なスケールの映画を10年くらい見れると思ってくだされば(笑)。
──ぜひ夢の映画を見てみたいですね(笑)。 ところで、宇宙に生命体が存在することがわかれば、先生の研究にはどのような影響があるのですか?
高井 生物学では、違う環境にいる「2例目」が見つかると、両者を比較することでいろいろなことが分かるようになります。私たち人類が「地球種」とすれば、2例目の「宇宙種」が見つかることで、生命とは、そして生命の起源とは何か、飛躍的に研究レベルが進むでしょう。 今の生物学はたまたま地球で生き残った私たち1種に関するものですから。
──それはまさに生物学の革命ともいえますね。近い将来、どこかの星で新生命体が発見されることを楽しみにしてます。
本日は、どうもありがとうございました。
・・・・・・・・つづく・・・・・・・
動画 : 生命の限界に迫る 「しんかい6500」
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