†
血まみれになった長大な刃を備えた巨大なリボルバー拳銃を肩に担いだ金髪の『
落下する方向を視線も向けないまま掴み止めた
その様子を注視しながら、環は陽響を通信回線で呼び出した。
「ベガよりシリウス。『
声には出さずに眼下の町にいる義兄に向かってそうメッセージを送ると、陽響が疑問符を浮かべるのが無言のメッセージとして伝わってきた。
「シリウス。『
「ベガ。現場の残存兵力は三名。ネメア、トウマ、アヤノの三名です。ネメアも含め、今のところ全員が生存しています――ですが、全員エクスレイ・スリーの紅華や黒禍による攻撃を受けています。黒禍はともかく、紅華で突かれた傷は致命傷でなくても失血死の危険につながるでしょう」
「シリウス。わかった。遊撃チームで一番近いのは?」
「ベガ。エクスロードです。ですが、魔術による空間転移は行えません――『
「シリウス、了解。『
「ベガ。了解しました。『
「シリウス。『
その言葉に、環は小さくうなずいた――ネメアたちのところに速やかに増援を送り込めなかったのは、そもそも『
「ベガ了解」
それで交信を終えて、環は眼を閉じた――強力なサイコ・フィールドに囲まれて、彼女は再開発地区の上空六百メートルのところから作戦区域を俯瞰していた。
刻一刻と変化する各分遣隊の状況が、瞼の裏に投影されては消えていく。
その中でひとつ、固定されたまま消えていないのがネメアの視界だった――環の魔術通信網は意識に直接魔術端末を附着させ、それを介して思考を高速転送することによって、この世のいかなる電気通信技術よりも優れた高速大容量の高秘匿通信を可能にする。
魔術通信網は音声情報だけでなく、任意ではあるものの発信者の視界を本人が見たままに、リアルタイムで受信者に見せることが出来る。それはつまりひとりが見た視覚情報を全員で共有可能であるということで、術式構成によっては嗅覚や味覚、触覚までも転送可能になる――環ひとりで結界の術式構成の維持と通信網のサーバー管理を兼ねている今の状況では、さすがにそこまでは無理だが。
これは魔術通信網を行き交ういくつかの視覚情報のひとつ、現状においてもっとも注目すべき状況であるネメアの視界だった。
『
右手には銀色に輝くステンレス製のリボルバー拳銃。スライドさせて展開する形式の長大な銃剣がついている。
左手には環謹製の
対する香坂は両手に携えた黒禍と紅華。いずれも劣らぬ、呪いを帯びた霊的武装だ。
残った六人の
「なんじゃな、小僧――おまえさんはここから出ていくつもりは無い様じゃが」 香坂の言葉には答えずに、『
それから手にした拳銃に視線を落とし、再び老人に視線を向ける――適当に肩をすくめてみせてから、『
「それはそうさ、御老体。俺はおまえらを殺しに来たんだからな」 言いながら、足元で塵になっていく
その言葉に香坂がほほほ、と微妙に気持ち悪い笑い声をあげる。まあ、あの格好からして胡散臭さ満載だ。
「この儂を殺すとな。それはまたずいぶんと大きく出たものじゃのう――若いもんに一応忠告しておくが、出来もせんことは口にせんのが恥をかかんための秘訣じゃぞ? でないと、機嫌を損ねた儂に殺されるかもしれんぞ?」
その言葉に、『
「出来ないことは口にしないことが恥をかかない秘訣――ね。ある意味正しいが、そのまま返すぜ、爺さん」
侮蔑をこめたその返答に、老人が眉を吊り上げる。
「ふむ。年寄りに対する敬意ちゅうもんを持ち合わせておらん様じゃのう。まったく、最近の若い者はなっとらん。 やはりこの国は、若いもんから先に滅びていくんかいのう」
嘆かわしいと言いたげに大きくかぶりを振る老人に、『
「大丈夫、真っ先に滅びるのは爺さんだから。日本滅亡は見なくて済むぜ」
その言葉に――香坂がわずかに目を細める。そしてそれが合図だったかの様に、残った六体の
『
仲間の体を受け止めようとでもしたのか、それとも受け止めるべきか避けるべきかで迷ったのか、
そして動きを止めたこと自体が失策だったのだと、その
「
すでに胴体を輪斬りにされた
残った四人の
え?
意図がわからずに環が眉をひそめるよりも早く、『
十メートル近い高さまで、跳躍しただろうか――彼は空中で右手は腰から、左手は懐から、黒く塗装された自動拳銃を抜き放った。体をひねり込んで頭を下にして落下しながら据銃。
次いで、発砲。
異常に正確な
物理的な破壊力でも比べ物にならないらしい銃弾で頭蓋を粉砕され、四人の
金髪の青年が軽やかな動きで、すとんと地面に着地する。
合計八個の空薬莢がその周囲に落下し――彼は余裕たっぷりの仕草でまず右手の、次いで左手で保持した自動拳銃の銃口から立ち昇る硝煙を息を吹きかけて吹き散らし、それぞれホルスターへとしまい込んだ。
同時に右手を翳し――その手の中に、先ほど投げ上げたリボルバー拳銃が落ちてくる。
次いで落下してきた
『
『
あれは――
今のは銃弾に仕込まれた対霊体破壊力を持たせるための加工が、今になって徐々に効いてきたわけではない――さすがにネメアの視覚映像を見ただけでは仕組みまではわからないが、今のは最後の挙動にタイミングを合わせて銃弾に仕込んだ仕組みを発動させたのだ。
環が用意したルーン文字の弾頭とは、到底比較にならないほどの対霊体攻撃力だ――あれをまともに撃ち込まれれば、香坂といえども無傷ではいられまい。
『
「で?」 かすかな笑みの混じったその言葉に――香坂が無言で地面を蹴った。
†
異形の青年の持ち物とおぼしき長剣を担ぎ、ウォークライの銃剣の鋒を引きずりながら、アルカードは老人の前に立った。
周囲を六体の
「なんじゃな、小僧――おまえさんはここから出ていくつもりは無い様じゃが」 目の前の老人の言葉を適当に聞き流し、アルカードは手にした長剣の刀身の背で肩を軽く叩きながら、地面に倒れ伏した青年を見遣った。
ぼろぼろに傷ついてはいるが、生きている。さんざん痛めつけられた様だが、死ぬことは無いだろう――だが妙なことに、異様に出血が多い。なにをされたのかは知らないが、あれでは傷がどうこうというより出血多量で命を落とすだろう。
そのかたわらに置いてきた娘――せいぜい二十を出るか出ないかというところだろうが、状態は彼女のほうが酷い。先ほど彼女を穢そうとしていた
それだけ確認して、アルカードは老人に視線を向けた。
異形の青年が使っていたとおぼしき剣も、なかなかの業物の様だ――まあそれなりにではあるが。
老人にもう一度視線を向けて、適当に肩をすくめる。パーティションの前に、銃弾で穴だらけになった樹脂製のKYボードが落ちているのが見えた――『今日の重点安全事項……安全ベルトの確実な使用』。
「それはそうさ、御老人。俺はおまえらを殺しに来たんだからな」 言いながら、足元で塵になっていく
老人の顔は知っている――綺堂邸を出発する前に、猿渡が渡してきた数蓉の写真の中に彼の写真があった。
暴走する月之瀬将也を処断するため、綺堂桜の父が送り出した十人の追手のうちのひとり。返り討ちにあって回収され、遺体を荼毘に附された四人と違って生死も不明、連絡もついていないという六人の刺客のうちのひとりだ。
呪いを帯びた二本の鎗を携えた暗殺者で、名前は確か香坂隆次。
その言葉に老人がほほほ、と気色悪い笑い声をあげる。老齢を感じさせない筋骨たくましい老人は、まるでどこかのコンシューマー化されたアダルトゲームの槍使いみたいなぴっちりした服を着ていた。なんとなくレオタードを着ているみたいで嫌な絵面だ。あのゲームはどうにも主人公に感情移入出来ずに、一番かっこいい登場人物が出てくる前に撃沈したのだが――というか、やっぱりサウンドノベルは性に合わない。
顔は老人、首から下はムキムキマッチョ、あと服装はランサー。
というか――この格好で街中うろついてるって……
不審者決定だ。というか変質者決定だ。むしろ変態だ。否待て、空蝉もたしか似た様な格好してたな。ヘッドギアとコート着けて。そんなことを考えてげんなりしながら、がりがりと頭を掻く。
老人はどこか愉快そうに笑いながら、両手にそれぞれ一本ずつ持った
変わった鎗だ――装飾として塗装されているのではなく、素材そのものの色に見えた。
一鎗は血の様に紅く、一鎗は鴉の濡れ羽の様な不思議な光沢を持った漆黒だった。いずれも穂先のつけ根(といっても柄と穂先は一体に見えたが)に、素材と同じ色の布が巻きつけられている。
「この儂を殺すとな。それはまたずいぶんと大きく出たものじゃのう――出来もせんことは口にせんのが、恥をかかんための秘訣じゃぞ? でないと、機嫌を損ねた儂に殺されるかもしれんぞ?」
その言葉に、アルカードは口元に笑みを浮かべた。
「出来ないことは口にしないことが恥をかかない秘訣――ね。ある意味正しいが、そのまま返すぜ、爺さん」
その言葉に、老人が眉を吊り上げる。
「ふむ。年寄りに対する敬意ちゅうもんを持ち合わせておらん様じゃのう。まったく、最近の若い者はなっとらん。やはりこの国は、若いもんから先に滅びていくんかいのう」
嘆かわしいと言いたげに大きくかぶりを振る老人に、アルカードは混ぜっ返した。
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