護衛の海賊たちが取り囲む中で、カークリラーノスは外の様子を窺っていた。
爆音、剣戟、悲鳴。爆音が時折響き渡り、悲鳴が次々と重なる。
何者かは知らないが、見事な襲撃の手際だ。先に船を爆破して逃げ道を塞ぐと同時に混乱を起こし、さらに燃え盛る船を見せることで夜間視力を潰す。こちらが発見しないうちに離れた場所から攻撃を加えて可能な限り多くの海賊を斃す。時折爆発物を使ってこちらの混乱を深め、それに乗じて攻撃を続ける。恐ろしく老獪なやり方だ。
戦術的な観点から見ても、理に適っている。
船を破壊するなら、船体を丸ごと焼き払う必要など無い。それをするには大量の爆発物が必要になる。船底に穴を開けるほうが、余程手っ取り早いし効果的だ――喫水線より下に直径一フィートの穴をひとつ開けるだけで、応急的な対処は不可能になる。
「お頭」 護衛の海賊のひとりが呼びかけた。
「外が……」
「ああ」 短く返事を返して、カークリラーノスはうなずいた――部下が言わんとしたことは彼にもわかっている。
外の剣戟の音と爆音が止んだ。声も聞こえなくなっている。
侵入者を殺したのなら、海賊たちの声が聞こえるか、もしくは誰かが報告に戻ってくるはずだ。それが聞こえないということは、海賊たちが侵入者によって全滅させられた可能性が高い。
「ふん――とうとう俺たちの救出部隊が来たらしいな」 憎々しげに唇を歪め、少年が吐き棄てた。
「これでおまえらもぶっ殺されるってわけだ」
「救出?」 海賊のひとりが鸚鵡返しにしてから噴出した。
「馬ッ鹿じゃねえのか? どこの誰がてめえらみてえな金も無い、地位も無い、なんにも無いただのカス同然の平民なんざ救出に来るってんだよ」
「なんだと!?」 その嘲笑が癇に障ったのか、少年が声を荒げる。
「どうやらよほど俺たちが憎いらしいな、ガキ。ええ?」 言いながら、海賊はなんの前触れも無く少年の腹に蹴りを入れた。その場で体をくの字に折り曲げて咳き込む少年に、三人の海賊が寄って集って蹴りを入れる。腹、頭、下腹部、背中……
それを見て悲鳴をあげている少女のかたわらに歩み寄り、カークリラーノスは少女の首に巻きつけた犬用の赤い首輪を掴んで持ち上げた。喉に首輪が食い込み、げぇ、と踏み潰された蛙の様な声をあげて、少女が振り解こうと暴れる。
だが当然力では敵うはずも無く――カークリラーノスは引っ張られるままに四つん這いの体勢から上体を起こす形になった少女の胸を後ろから揉みながら、
「心配すんな、おまえの女はこの俺様がたっぷりと可愛がってやるからよ。何しろ俺様の技と来たら、最期にゃ頭がぶっ飛んじまうんだぜ」
「そうそう、ヤク漬けになってな。最後にゃ男の顔を見ただけで股座に擦り寄ってくる様になるさ」 別の海賊がそう引き継ぐ。
少年の返事は無い。意識が無いのか動く体力も無いのか、横倒しに床の上に倒れたまま、少年は動きを見せなかった。
「おいガキ、お頭が話してるんだ。返事くらいしたらどうなんだよ――っと!」 海賊のひとりの蹴りが顔に入り、折れた歯が床に転がる。
「おい、バンクス」 別の海賊が、少年にこっぴどく蹴りを入れていた海賊を止めに入った。
「もう死んでる」
死んだか。ぐったりとしてピクリとも動かない少年を見遣り、カークリラーノスは少々残念な気分でつぶやいた。この少年が、少女が三人がかりで犯される様を目にしたときどんな顔をするのか見てみたかったのだが。催淫剤でも使って淫乱に仕立て上げた少女に、この少年の上で腰を振らせてみるのも面白かったかもしれない。今度別の奴で試してみよう。
胸中でそうつぶやいて、カークリラーノスは少女の首輪を放した。少女が床でうつ伏せになって激しく咳き込む。
少年の名を呼びながらすすり泣いている少女は無視して、カークリラーノスは顎に手を当てた。
だが、何者だ?
この近海で彼――ジェンノー・カークリラーノスの名を知らないものはいない。迂闊に手を出してくる者などいないはずだ。
マケドニア海軍の群青海兵隊 か?
この近辺はマケドニアの排他的経済水域だから、海賊討伐に群青海兵隊 が出向いてきてもおかしくはないが――
それとも船会社の雇った海賊狩りか?
海賊狩りとは、海賊や盗賊などから船やキャラヴァンを護衛したり、場合によってはそのアジトを壊滅させる任務を請け負う傭兵を指す。
通常は会社や、貿易経済に依存する国家からの依頼で動くのだが、普通の海賊狩りは一種の傭兵団だ。何十人かで徒党を組んで行動する。
だが、何十人もの大勢でここまで俺たちに気づかれずに接近は出来まい。
暇さえあれば女を犯してばかりいるカークリラーノスではあるが、粗野な言動に反してその内実は冷静で冷徹、戦術的な判断力の持ち主であった。
「お頭?」 配下の海賊の呼びかけに、
「ああ、おそらく外の奴等は全滅したはずだ」 カークリラーノスは実のところ、外に生きている海賊がいないことについて疑いをいだいていなかった。
「全滅……? 百人以上いたんですぜ?」
「いねぇとは限らねぇだろうよ、そんな化け物も」 答えながら、カークリラーノスは少女の股間に突き立てられたままになっていた長剣を引き抜いた。少女の体がびくりと一度痙攣する。
「気をつけろ、あれだけ時間があったんだ。もうかなり接近してるはず――」 言い終わるより早く――窓からなにかが飛び込んできて、天井にぶつかって落ちた。
確認する暇も無かった。飛び込んできた物体が、床に触れるよりも早く炸裂する――強烈な激光が、小屋の中にいる者たちの視界を押し潰した。
連続する悲鳴と怒声、そして重いものの斃れる音。
視界が回復したとき、周囲に生きている海賊はいなかった。
速燃性火薬とマグネシウム粉末を混合した閃光手榴弾は、それなりに役に立ったらしい――爆発音とともに、彼は指向性爆薬で吹き飛ばした壁の穴から室内に飛び込んだ。
一番手近にいた海賊に連射式クロスボウを向け、クランクを回す。
頭を狙う必要は無い――人間の脳は直接破壊しない限り三十秒程度は活動を続けうるが、心臓や肺が機能しない状態で出来ることなど高が知れている。
飛び道具を持っていない相手なら、これで十分だ。
的が大きく狙い易い胸を狙って数本の矢を撃ち込み、彼は体を捩って次の獲物に狙いを定めた。
まだ手榴弾の影響で視覚を失っているらしいふたりめに狙いを定め、クランクを回す。吐き出された矢が――これはまったくの偶然だったのだが――男のこめかみに突き刺さり、一撃の下に命を奪った。
室内には九人、ターゲットである海賊団の頭、ジェンノー・カークリラーノスを抜きにすれば、八人。
屈強な体格の髭面の男。これがおそらくカークリラーノスなのだろう。汗まみれの全裸で、股間の逸物をぶらぶらさせながら長剣を手にしている。閃光が目に入ったのか、片手で顔を覆っていた。
うちひとりは、どうやら手酷い暴行を受けていたらしい素裸の少女――といっても彼よりも年は上だろうが。鞭で打たれでもしたのか、白い肌に残った蚯蚓腫れが痛々しい。内股は朱色に塗れ、床に横向けに倒れ込んでぴくりとも動かない。
もうひとりは、金属製の柱に鎖と手錠で念入りに繋がれた少年だった。酷い殴打を受けたらしく、全身に青痣が残った上体のまま床に倒れている。口だけでなく耳や鼻からも血を流していた。倒れた状態で複数人による暴行を受けたのだろう――おそらくもう死んでいる。
海賊のひとりは手榴弾の落下地点の間近にいたのか、耳から血を流して倒れている。死んでいた。さっきふたり殺したから、ターゲットを含めてあと四人だ。
「てめぇっ!」 怒声をあげて、背後から別の海賊が短剣を振り翳して襲い掛かってくる。たまたま手榴弾の影響から逃れたのか、動きが軽快だ。
振り返って射撃する暇は無い――そう判断した彼はクランクから右手を放すと、逆手に握っていたナイフを振り返り様に海賊の首筋に突き立てた。
刃渡り七インチ――筋肉を突き破って気道に達するのに充分な長さのブレードが、海賊の喉笛を突き破り頚動脈を切断して反対側から飛び出す。ナイフを引き抜くと、傷口からバケツでぶちまけた様に派手に血が噴き出し、急激に血圧の下がった海賊の体は力無くくず折れて動かなくなった。
「くっそ……!」 海賊のひとりが、矢を番えたクロスボウをこちらに向ける。垂直二連の多連装クロスボウだ。
彼は即座にそう判断し、そして即座に動き出した――床を蹴ってまだ殺していない海賊のひとり向かって間合いを詰め、背後からその体に組みついて腕を固めて自由を奪う。
その男の体を楯にする様に前に出すと、海賊の表情に躊躇が浮かぶのが見えた。
別に仲間の身を案じて躊躇したわけではなかろう――クロスボウの矢が仲間の体を貫通して彼の体まで届くかどうか、確信が持てなかったのに違い無い。
だがそれでも、撃つべきだったのだ――そうすれば、彼に対してカークリラーノスが攻撃する隙が作り出せた。海賊には採りうる選択肢があったにも拘らず、迷ったばかりにゼロになった。
海賊の頭蓋に、楯にした海賊の肩越しに投げ放ったナイフが突き刺さった――クロスボウを取り落としてそのまま床の上に崩れ落ちた海賊から視線をはずし、彼は太腿の装甲の隙間から別の刺殺用ナイフを引き抜いて楯に使った海賊の腎臓に突き立てた。
激痛に声も出せないまま細かな痙攣を繰り返している海賊の喉笛を、彼が腎臓から引き抜いたナイフが水平に引き裂く。断末魔の悲鳴をあげることさえ出来ないまま、海賊の体が床に崩れ落ちた。
これでカークリラーノス以外の海賊はすべて殺した。彼は手にした刺殺用ナイフをピッピッと振りながら、足元の死体が行動の邪魔にならない位置まで横に移動した。
呆然としているカークリラーノス視線を向け、
「ジェンノー・カークリラーノス、だな?」
「まさか……てめえひとりか?」
彼はゆっくりと笑った。ここは正直に答えてやったほうが、屈辱が大きかろう。
「ああ、俺ひとりだ。群青海兵隊 あたりが出向いてきてるとでも思ってたのか? 貴様ごときを始末するのに? 笑わせるぜ――小汚い海賊風情が、ずいぶん大物気取りなんだな」
その言葉に、ただでさえ醜怪なカークリラーノスの表情がさらに醜くゆがんだ。さぞかし自分が大物だと勘違いしているのだろう――あいにくマケドニア海軍の群青海兵隊 には、こんな三流海賊にまで兵力を振り向ける余裕は無い。彼らは今、別のもっと大規模な海賊どもの掃討作戦で忙しいのだ。
だから、たまたま所属する貿易会社に連絡を取るためにウィンロゥの港に滞在していた彼に、群青海兵隊 の連隊長を務める知り合い経由で仕事が回ってきた。
「おまえたちに死んでもらいたいって奴等がいるのさ、目障りだってな――まあ、この程度の烏合の衆だとわかっていれば、海軍どころか陸軍で十分だったかもな」
「こ、この小僧がぁっ!」 カークリラーノスが激昂して襲い掛かってくる――だが彼は気にしていなかった。間合いはまだ十分に開いているし、別に必要以上に間合いを離すことに執着する必要は無い。
連射式クロスボウを向け、クランクを回すと、吐き出された矢がカークリラーノスの胸に次々と突き立った。カークリラーノスの手の中から、抜き身の長剣が滑り落ち、カランと音を立てる。
「こ、この……」 驚くべきことに、数本の矢を胸部に叩き込まれてなお、カークリラーノスは生きていた。
明らかに致命傷を思えるダメージを負ってなお、膝を折ること無くよろめきながらこちらに接近してくる。
その執念は買うがな――彼はたいして警戒もせず、無造作に右手を軽く振った。ひぅ、という軽い風斬り音とともに、次の瞬間にはカークリラーノスの首がちょん切られた花の様にごろりと転がり落ちている。
切断された首が、床に落ちてごろごろと転がり、鏡の様に滑らかな切断面から一瞬遅れて噴水の様に鮮血が噴出した。
カークリラーノスの巨躯が、ばたりと音を立てて床に倒れ込んだ――天井から降り注いだ血が、細かい痙攣を繰り返す裸の体を真っ赤に染めていく。
彼はそれ以上の関心を示さずに、ナイフだけを回収すると踵を返して壁に空けた大穴に向けて歩き出した。
ふと視線をめぐらせて、床の上に倒れた少女に目を留める。散々暴行を受けたのだろう、手酷く強姦された形跡のあるその少女は、既になにも見ていなかった。
虐殺の現場を目にしても、まったく反応した様子が無い――彼がかたわらに立っても、なお。
「……」 少女から視線を逸らし、再び視線を戻すと、彼は小太刀を引き抜いた――手にした木立の柄を逆手に握り直し、胸の谷間に鋒を真直に突き立てる。強固な胸骨をぶち抜いて、小太刀の鋒が心臓を貫いた。
「……安らかに眠れよ」
一度痙攣して動かなくなった少女の胸元から小太刀を引き抜くと、傷口から大量の血が噴き出した。
それを無視して、踵を返す。
彼は壁に開けた穴から、小屋の外に出た。刃を濡らす血が雨に洗い流されるに任せながら、歩き去る――そしてもう振り返らなかった。
爆音、剣戟、悲鳴。爆音が時折響き渡り、悲鳴が次々と重なる。
何者かは知らないが、見事な襲撃の手際だ。先に船を爆破して逃げ道を塞ぐと同時に混乱を起こし、さらに燃え盛る船を見せることで夜間視力を潰す。こちらが発見しないうちに離れた場所から攻撃を加えて可能な限り多くの海賊を斃す。時折爆発物を使ってこちらの混乱を深め、それに乗じて攻撃を続ける。恐ろしく老獪なやり方だ。
戦術的な観点から見ても、理に適っている。
船を破壊するなら、船体を丸ごと焼き払う必要など無い。それをするには大量の爆発物が必要になる。船底に穴を開けるほうが、余程手っ取り早いし効果的だ――喫水線より下に直径一フィートの穴をひとつ開けるだけで、応急的な対処は不可能になる。
「お頭」 護衛の海賊のひとりが呼びかけた。
「外が……」
「ああ」 短く返事を返して、カークリラーノスはうなずいた――部下が言わんとしたことは彼にもわかっている。
外の剣戟の音と爆音が止んだ。声も聞こえなくなっている。
侵入者を殺したのなら、海賊たちの声が聞こえるか、もしくは誰かが報告に戻ってくるはずだ。それが聞こえないということは、海賊たちが侵入者によって全滅させられた可能性が高い。
「ふん――とうとう俺たちの救出部隊が来たらしいな」 憎々しげに唇を歪め、少年が吐き棄てた。
「これでおまえらもぶっ殺されるってわけだ」
「救出?」 海賊のひとりが鸚鵡返しにしてから噴出した。
「馬ッ鹿じゃねえのか? どこの誰がてめえらみてえな金も無い、地位も無い、なんにも無いただのカス同然の平民なんざ救出に来るってんだよ」
「なんだと!?」 その嘲笑が癇に障ったのか、少年が声を荒げる。
「どうやらよほど俺たちが憎いらしいな、ガキ。ええ?」 言いながら、海賊はなんの前触れも無く少年の腹に蹴りを入れた。その場で体をくの字に折り曲げて咳き込む少年に、三人の海賊が寄って集って蹴りを入れる。腹、頭、下腹部、背中……
それを見て悲鳴をあげている少女のかたわらに歩み寄り、カークリラーノスは少女の首に巻きつけた犬用の赤い首輪を掴んで持ち上げた。喉に首輪が食い込み、げぇ、と踏み潰された蛙の様な声をあげて、少女が振り解こうと暴れる。
だが当然力では敵うはずも無く――カークリラーノスは引っ張られるままに四つん這いの体勢から上体を起こす形になった少女の胸を後ろから揉みながら、
「心配すんな、おまえの女はこの俺様がたっぷりと可愛がってやるからよ。何しろ俺様の技と来たら、最期にゃ頭がぶっ飛んじまうんだぜ」
「そうそう、ヤク漬けになってな。最後にゃ男の顔を見ただけで股座に擦り寄ってくる様になるさ」 別の海賊がそう引き継ぐ。
少年の返事は無い。意識が無いのか動く体力も無いのか、横倒しに床の上に倒れたまま、少年は動きを見せなかった。
「おいガキ、お頭が話してるんだ。返事くらいしたらどうなんだよ――っと!」 海賊のひとりの蹴りが顔に入り、折れた歯が床に転がる。
「おい、バンクス」 別の海賊が、少年にこっぴどく蹴りを入れていた海賊を止めに入った。
「もう死んでる」
死んだか。ぐったりとしてピクリとも動かない少年を見遣り、カークリラーノスは少々残念な気分でつぶやいた。この少年が、少女が三人がかりで犯される様を目にしたときどんな顔をするのか見てみたかったのだが。催淫剤でも使って淫乱に仕立て上げた少女に、この少年の上で腰を振らせてみるのも面白かったかもしれない。今度別の奴で試してみよう。
胸中でそうつぶやいて、カークリラーノスは少女の首輪を放した。少女が床でうつ伏せになって激しく咳き込む。
少年の名を呼びながらすすり泣いている少女は無視して、カークリラーノスは顎に手を当てた。
だが、何者だ?
この近海で彼――ジェンノー・カークリラーノスの名を知らないものはいない。迂闊に手を出してくる者などいないはずだ。
マケドニア海軍の
この近辺はマケドニアの排他的経済水域だから、海賊討伐に
それとも船会社の雇った海賊狩りか?
海賊狩りとは、海賊や盗賊などから船やキャラヴァンを護衛したり、場合によってはそのアジトを壊滅させる任務を請け負う傭兵を指す。
通常は会社や、貿易経済に依存する国家からの依頼で動くのだが、普通の海賊狩りは一種の傭兵団だ。何十人かで徒党を組んで行動する。
だが、何十人もの大勢でここまで俺たちに気づかれずに接近は出来まい。
暇さえあれば女を犯してばかりいるカークリラーノスではあるが、粗野な言動に反してその内実は冷静で冷徹、戦術的な判断力の持ち主であった。
「お頭?」 配下の海賊の呼びかけに、
「ああ、おそらく外の奴等は全滅したはずだ」 カークリラーノスは実のところ、外に生きている海賊がいないことについて疑いをいだいていなかった。
「全滅……? 百人以上いたんですぜ?」
「いねぇとは限らねぇだろうよ、そんな化け物も」 答えながら、カークリラーノスは少女の股間に突き立てられたままになっていた長剣を引き抜いた。少女の体がびくりと一度痙攣する。
「気をつけろ、あれだけ時間があったんだ。もうかなり接近してるはず――」 言い終わるより早く――窓からなにかが飛び込んできて、天井にぶつかって落ちた。
確認する暇も無かった。飛び込んできた物体が、床に触れるよりも早く炸裂する――強烈な激光が、小屋の中にいる者たちの視界を押し潰した。
連続する悲鳴と怒声、そして重いものの斃れる音。
視界が回復したとき、周囲に生きている海賊はいなかった。
速燃性火薬とマグネシウム粉末を混合した閃光手榴弾は、それなりに役に立ったらしい――爆発音とともに、彼は指向性爆薬で吹き飛ばした壁の穴から室内に飛び込んだ。
一番手近にいた海賊に連射式クロスボウを向け、クランクを回す。
頭を狙う必要は無い――人間の脳は直接破壊しない限り三十秒程度は活動を続けうるが、心臓や肺が機能しない状態で出来ることなど高が知れている。
飛び道具を持っていない相手なら、これで十分だ。
的が大きく狙い易い胸を狙って数本の矢を撃ち込み、彼は体を捩って次の獲物に狙いを定めた。
まだ手榴弾の影響で視覚を失っているらしいふたりめに狙いを定め、クランクを回す。吐き出された矢が――これはまったくの偶然だったのだが――男のこめかみに突き刺さり、一撃の下に命を奪った。
室内には九人、ターゲットである海賊団の頭、ジェンノー・カークリラーノスを抜きにすれば、八人。
屈強な体格の髭面の男。これがおそらくカークリラーノスなのだろう。汗まみれの全裸で、股間の逸物をぶらぶらさせながら長剣を手にしている。閃光が目に入ったのか、片手で顔を覆っていた。
うちひとりは、どうやら手酷い暴行を受けていたらしい素裸の少女――といっても彼よりも年は上だろうが。鞭で打たれでもしたのか、白い肌に残った蚯蚓腫れが痛々しい。内股は朱色に塗れ、床に横向けに倒れ込んでぴくりとも動かない。
もうひとりは、金属製の柱に鎖と手錠で念入りに繋がれた少年だった。酷い殴打を受けたらしく、全身に青痣が残った上体のまま床に倒れている。口だけでなく耳や鼻からも血を流していた。倒れた状態で複数人による暴行を受けたのだろう――おそらくもう死んでいる。
海賊のひとりは手榴弾の落下地点の間近にいたのか、耳から血を流して倒れている。死んでいた。さっきふたり殺したから、ターゲットを含めてあと四人だ。
「てめぇっ!」 怒声をあげて、背後から別の海賊が短剣を振り翳して襲い掛かってくる。たまたま手榴弾の影響から逃れたのか、動きが軽快だ。
振り返って射撃する暇は無い――そう判断した彼はクランクから右手を放すと、逆手に握っていたナイフを振り返り様に海賊の首筋に突き立てた。
刃渡り七インチ――筋肉を突き破って気道に達するのに充分な長さのブレードが、海賊の喉笛を突き破り頚動脈を切断して反対側から飛び出す。ナイフを引き抜くと、傷口からバケツでぶちまけた様に派手に血が噴き出し、急激に血圧の下がった海賊の体は力無くくず折れて動かなくなった。
「くっそ……!」 海賊のひとりが、矢を番えたクロスボウをこちらに向ける。垂直二連の多連装クロスボウだ。
彼は即座にそう判断し、そして即座に動き出した――床を蹴ってまだ殺していない海賊のひとり向かって間合いを詰め、背後からその体に組みついて腕を固めて自由を奪う。
その男の体を楯にする様に前に出すと、海賊の表情に躊躇が浮かぶのが見えた。
別に仲間の身を案じて躊躇したわけではなかろう――クロスボウの矢が仲間の体を貫通して彼の体まで届くかどうか、確信が持てなかったのに違い無い。
だがそれでも、撃つべきだったのだ――そうすれば、彼に対してカークリラーノスが攻撃する隙が作り出せた。海賊には採りうる選択肢があったにも拘らず、迷ったばかりにゼロになった。
海賊の頭蓋に、楯にした海賊の肩越しに投げ放ったナイフが突き刺さった――クロスボウを取り落としてそのまま床の上に崩れ落ちた海賊から視線をはずし、彼は太腿の装甲の隙間から別の刺殺用ナイフを引き抜いて楯に使った海賊の腎臓に突き立てた。
激痛に声も出せないまま細かな痙攣を繰り返している海賊の喉笛を、彼が腎臓から引き抜いたナイフが水平に引き裂く。断末魔の悲鳴をあげることさえ出来ないまま、海賊の体が床に崩れ落ちた。
これでカークリラーノス以外の海賊はすべて殺した。彼は手にした刺殺用ナイフをピッピッと振りながら、足元の死体が行動の邪魔にならない位置まで横に移動した。
呆然としているカークリラーノス視線を向け、
「ジェンノー・カークリラーノス、だな?」
「まさか……てめえひとりか?」
彼はゆっくりと笑った。ここは正直に答えてやったほうが、屈辱が大きかろう。
「ああ、俺ひとりだ。
その言葉に、ただでさえ醜怪なカークリラーノスの表情がさらに醜くゆがんだ。さぞかし自分が大物だと勘違いしているのだろう――あいにくマケドニア海軍の
だから、たまたま所属する貿易会社に連絡を取るためにウィンロゥの港に滞在していた彼に、
「おまえたちに死んでもらいたいって奴等がいるのさ、目障りだってな――まあ、この程度の烏合の衆だとわかっていれば、海軍どころか陸軍で十分だったかもな」
「こ、この小僧がぁっ!」 カークリラーノスが激昂して襲い掛かってくる――だが彼は気にしていなかった。間合いはまだ十分に開いているし、別に必要以上に間合いを離すことに執着する必要は無い。
連射式クロスボウを向け、クランクを回すと、吐き出された矢がカークリラーノスの胸に次々と突き立った。カークリラーノスの手の中から、抜き身の長剣が滑り落ち、カランと音を立てる。
「こ、この……」 驚くべきことに、数本の矢を胸部に叩き込まれてなお、カークリラーノスは生きていた。
明らかに致命傷を思えるダメージを負ってなお、膝を折ること無くよろめきながらこちらに接近してくる。
その執念は買うがな――彼はたいして警戒もせず、無造作に右手を軽く振った。ひぅ、という軽い風斬り音とともに、次の瞬間にはカークリラーノスの首がちょん切られた花の様にごろりと転がり落ちている。
切断された首が、床に落ちてごろごろと転がり、鏡の様に滑らかな切断面から一瞬遅れて噴水の様に鮮血が噴出した。
カークリラーノスの巨躯が、ばたりと音を立てて床に倒れ込んだ――天井から降り注いだ血が、細かい痙攣を繰り返す裸の体を真っ赤に染めていく。
彼はそれ以上の関心を示さずに、ナイフだけを回収すると踵を返して壁に空けた大穴に向けて歩き出した。
ふと視線をめぐらせて、床の上に倒れた少女に目を留める。散々暴行を受けたのだろう、手酷く強姦された形跡のあるその少女は、既になにも見ていなかった。
虐殺の現場を目にしても、まったく反応した様子が無い――彼がかたわらに立っても、なお。
「……」 少女から視線を逸らし、再び視線を戻すと、彼は小太刀を引き抜いた――手にした木立の柄を逆手に握り直し、胸の谷間に鋒を真直に突き立てる。強固な胸骨をぶち抜いて、小太刀の鋒が心臓を貫いた。
「……安らかに眠れよ」
一度痙攣して動かなくなった少女の胸元から小太刀を引き抜くと、傷口から大量の血が噴き出した。
それを無視して、踵を返す。
彼は壁に開けた穴から、小屋の外に出た。刃を濡らす血が雨に洗い流されるに任せながら、歩き去る――そしてもう振り返らなかった。
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