徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

The Otherside of the Borderline 6

2014年10月13日 14時51分04秒 | Nosferatu Blood
 このアパートには今防犯装置・・・・が三人もいるから、仔犬たちの声を聞きつけたら即座に飛んでくるだろう。仔犬たちの心配は必要無い、そう判断してアルカードは玄関に足を向け――いつの間にバスケットから出てきていたのか、ソバが足元で尻尾を振っているのに気づいて足を止めた。
 つぶらな瞳でこちらを見上げている黒い小犬に微笑んで、上り框に腰を下ろす。ブーツの靴紐を締め上げてから、アルカードは手を伸ばして黒犬を抱き上げた。
 抱き上げられながらも尻尾を振り、顔に鼻面を近づけて鼻の頭を嘗めてくるソバの体を抱き寄せる。
「ちょっと出かけてくるからな、いい子にしてろよ」 背中を撫でてやりながらそうささやいて、アルカードは首元に頭をこすりつけてくるソバの体を降ろした。
「お戻り」
 ハウスの命令に従って、仔犬がリビングに戻っていく。それを見遣ってまた微笑むと、アルカードは靴箱の上に置いてあった炭素繊維強化樹脂製のフルフェイスのヘルメットを手に部屋を出た。
 どこかからジージーという夏の夜特有の音が聞こえている――アルカードはそれを聞き流しながら、錠前のキーを差し込んで玄関を施錠した。
 アパートの裏手にある駐車場に向かって、塀の外側を廻り込んでぶらぶらと歩いていく――急いだところでたいした意味は無い。この時間だとまだたまには人がいる。近所だからこそ、違和感に気づかれても困る。
 駐車場に抜ける塀の扉は使わなかった――カーテンや鎧戸を開けていると、フィオレンティーナの部屋からもろに視界に入る。別に彼女に見つかったからどうだというものでもないが、説明が面倒だ。
 駐車場の隅に止められた、カバーをかけたままのオートバイに歩み寄る。
 割と偏執狂的に防犯処置の施されたオートバイのそばにかがみこんで、アルカードは車体を脇のコンクリート塊に括りつけたチェーンをほどきにかかった。
 コンクリート塊はカップ状のステンレス板の中に充填され、船舶用に使われる巨大なアンカーが埋め込まれている。アンカーの露出部はアイボルトの様なリング状になっており、ここにチェーンを通して車体に括りつけるのだ。
 アイボルトの直径はかなり余裕があるので、アルカードはここに二本鎖を通して、ホイールと車体に一本ずつ括りつけている――コンクリート塊は兵庫県にある船舶用鎖メーカーに特注したもので、ひとつの重量が四十五キロ。アルカードにとってはどうということもない重さだが、生身の人間にとっては扱いに難儀するだろう。
 コンクリート塊はふたつあって、一個は前輪とフレーム前側に、もう一個は後輪とフレーム後部に、それぞれ括りつけてある。
 普通の泥棒はこんなものに手を出すくらいなら、ほかのもっと盗み易い車輌のところに行くだろう――盗んだバイクで走り出したいなら、強制労働させられている奴隷みたいにに錘を鎖で括りつけられた彼のS2Rよりも、どこかほかをあたったほうが確実だ。
 要はよそに追い払っているだけで、抜本的な解決にはなっていないのだが――泥棒は死刑にするか、もしくは腕を切断して顔に焼き印でも捺しておけばいいと思うのだが、現代の人間どもの人権感覚というのは彼にはどうにも理解し難いものがある。なにが悲しくて、他人の所有物に手をつけて権利を侵している者の権利を保護しなければならないのだ?
 そんなことを考えながらチェーンとカバーを取りはずし、ジープのラゲッジスペースに放り込む――シェローのガレージでもいいが、こちらのほうが出し入れが楽だ。
 前輪のそばにかがみこんでホイールのスポークの間から手を突っ込み、ブレーキディスクに取りつけていた黄色いディスクロックを取りはずす――ドゥカティは収納スペースが潤沢とは到底言えないので、地面から生えた鉄柱や柵などに縛着するためのチェーンロックを持ち歩くのは難しい。代用にしているのが、マルティロック社製のディスクロックだった――チェーンロックや水道の蓋に使っている南京錠に自動車用のステアリングロック、それにこのディスクロックと、すべて同じ鍵で解錠する様に調整出来るからだ。
 シートをはずすと、一応後付けでスペースを増やすためのキットがついている――それでも雨具や盗難防止用のチェーンを入れるなど、夢のまた夢だが。
 もともと入っていた細いワイヤーと小さな南京錠――ヘルメットを車体に縛着しておくためのものだ――、前輪とから取りはずしたディスクロックをシート下に収め、アルカードはメインスイッチにキーを挿し込んでハンドルロックを解除した。
 不用意に動くのを防止するために一速に入れたままにしていたギアをニュートラルにして車体を起こすと、カタンという音とともにオートスタンドがはずれた。
 エンジン音がほかの車と識別出来なくなるまでアパートから離れるためにバイクを押して歩き出し、そこで彼は苦笑した――実に馬鹿馬鹿しい、なぜこんなにあの小娘どもの視線を気にしなければならない?
 とはいえ近所迷惑には違い無い、やはり幹線道路まで押して行ったほうがいいだろう。知られてしまえばフィオレンティーナたちはおそらくついてこようとするだろうし、正直に言ってしまえば敵の規模や人数が事前にわからない以上、アルカードだけではフォローに回れない可能性がある。
 胸中でつぶやいて、彼はオートバイを押して歩き出した。
 くだんの一族の本拠地はここからそう遠くない――少し飛ばせば、一般道でも一時間程度で着く距離だ。
 月は出ていないので、空は暗い――雲ひとつ無い快晴だったから、実に綺麗な星空だった。吸血鬼狩りにはお世辞にも絶好の晩とは言えないが――民間人が出歩きにくいので、雨の日のほうが望ましい――、空気のいい場所に行けばまさに絶景だろう。空高くに見える夏の大三角を見上げながら、そんなことを考える。
 アパートから一番近い幹線道路は、つまるところフィオレンティーナとはじめて出会ったあのショッピングモールのある駅前の国道なので――三角公園を越えたあたりでいい加減押し歩きが面倒臭くなったアルカードは、向かいに機械管理された有料駐車場のあるローソンの駐車場でS2Rのエンジンを始動させた。
 エンジン内部にオイルが行き渡るまでの間にミラーに引っ掛けていたヘルメットをかぶり、グローブを嵌めながらタコメーターに視線を向ける――回転数は正常だった。
 二分ほど経ったところで、アルカードはS2Rのサドルにまたがった――いつまでも待っていても仕方が無い。誤解されがちだが、冬場ならともかく夏場の暖気などというのはエンジンオイルの循環が始まればそれで十分なのだ。いくら暖気運転したところで、暖まらない部分はいくらでもあるのだから。
 スイッチを操作してヘッドライトを点燈させると、高輝度放電式ディスチャージヘッドライトの光が前方を照らし出した。高輝度放電式ディスチャージヘッドライトは離れた電極間に放電が起こる際の絶縁破壊を利用した閃光を投射する方式のヘッドライトで、原理的には水銀燈に近い。
 原理上本来の光色になるには若干時間がかかるが、それには数秒しかかからない――白色度の高い閃光が、前方にあった電柱に取りつけられた虎縞の反射板リフレクターを照らし出す。
 色温度は四千三百ケルビン、視覚的には非常に白色度の高い光色に見える。
 アルカードとしては色温度三千七百ケルビンの黄色みがかった発色の発光器を組みたかったのだが、二〇〇五年の法令改正で二〇〇五年式以降の車輌は黄色いヘッドライトが車検に通らなくなってしまったのだ――若干暗く見えるものの光の波長の関係で光が雨滴による乱反射を起こしにくく、雨が降っているときの視界確保が容易な素敵な品だったのだが。
 腕時計の時間を確認して、彼はギアを一速に落とすと、スロットルをわずかに開いてクラッチをつないだ。クラッチプレートとフライホイールが接触した抵抗でほんのわずかエンジンの回転が落ち、ややあって車体がするすると動き出す。
 スロットルの吹け上がりが驚くほど軽い――まるで久しぶりに街を駆けることが出来る事実に、モンスターが歓喜の声をあげているかの様だ。
 いいだろう――しばらく退屈をさせただろうから、思う存分駆ってやる。
 そう考えて口元に笑みを刻み、アルカードはウィンカーのスイッチを操作して左折の合図を出すと、歩道の開口部で一度車体を止めた。
 本当は一般道で行くつもりでいたのだが、気が変わった。目的地までのルートを頭の中で修正しつつ、彼はETCのインジケーターが緑色に光っていることを確認した。
 それはつまり、ETCにクレジットカードが挿入されて、システムが正常に機能していることを示している。
 胸中でつぶやいて、彼は走ってきた旧型のシルビアをやり過ごしてから、クラッチをつないでモンスターを車道に出した。
 先行する古い型のシルビアに続いて、駅前の国道の交差点に接近する。シルビアは左折する様だった――高速道路には乗らないらしい。
 LEDのウィンカー電球を組んでいる様だが、ウィンカーリレーが純正のままなのか点滅が早い。普通の倍くらいのペースで点滅しているウィンカーから視線をはずして、アルカードはS2Rを右折レーンに進め、前方で右折待ちしていたキューブの手前で停止させた。
 ただ単に目的地がそちらなのかそれとも不案内なのか、大阪ナンバーのシルビアの車内でドライバーがカーナビを操作している。
 ここから高速に乗ろうとするなら、都心方面でもそうでなくても、右折したほうがいい。
 目的地は高速道路の下り線に乗って、しばらく西に行った先だ――方向的には左折した先なのだが、国道を左折していった先にあるのは高速道路の降り口で、乗り口はかなり先に行かないと無い。ちなみに乗り口も右折した先なので、高速に乗った
 高速道路の下り線に乗るなら国道を右折して東進し、しばらく進んだ先でUターンしたほうがいい。
 右折レーンでS2Rを止め、シフトをニュートラルに入れてから、アルカードはグローブの手首を軽く締め直した。
 国道は片道二車線、間に高架道路をはさんで往復している――高架道路の下には構造物を屋根代わりにしてハーフパイプなどのスケートボードの施設、バスケットコートやテニスコートなどの運動場がある。スペースが足りないのでサッカーコートや野球場は無い。スケートボードの練習場というのはおそらく貴重ではあるのだろうが、正直周りをトラックがバンバン走っている様な場所での運動が、どの程度役に立つかは疑問ではあった。尾奈川河川敷のほうがましだと思うが。
 信号が青に変わったので、前に止まったキューブに続いて右折する――右折してしばらく行った先に都心方面に向かう高速道路の入口があるのだが、無論目的地は逆方向なのでここで乗るわけにはいかない。
 十分も走らないうちに、下り方面の高速道路入り口を示す緑色の標識が見えてくる。次の信号でUターンしてすぐだ。
 標識に従ってUターンし、百メートル先の高速道路入り口にS2Rを進ませる。
 さて――
 ここから目的地のインターチェンジまでは三ヵ所しか無い。いささか距離的には退屈だといえる――このオートバイでアルカードが全力で走れば、三十二キロなどというのは十分で駆け抜けられる距離でしかない。
 仕事に片をつけたら、少し寄り道してこよう―そう独りごちてから、彼は信号が青に変わるのを待ってスロットルを開いた。
 
   †
 
 同時刻――
三角の4トライ・フォアエリアM3マイク・スリーに展開完了」
「ベガ了解。そのまま待機せよスタンバイ
四角の1スクエア・ワンより全スクエア――展開を完了次第報告せよ。全スクエア、受領通知アクノレジ
「スクエア・ツー了解」
「スクエア・フォア了解」
「スクエア・スリーよりスクエア・ワン。スリーはすでに配置に着いた」
「スクエア・ワン了解」
「スクエア・ツーはポイントに到着。これより展開を開始」
「スクエア・ワン了解」
「スクエア・フォア――今現場に到着。展開を開始する」
「ワン・ワン了解」
五角の3ペンタ・スリーよりベガ――現在レッド2地点レッド・ツーに向かって車輌による移動中モバイル到着予定時刻E T Aは三分後」
「ベガ了解」
三角の2トライ・ツーより全通信所ステーションへ――ブラック3地点ブラック・スリーを、自動車チャーリーが三台右折した。狙撃スナイプチーム、特に六角の4ヘキサ・フォア――姿を見られない様に十分気をつけろ。全狙撃ヘキサチーム、受領通知アクノレジ
「ヘキサ・ワン了解」
「ヘキサ・ツー了解」
「ヘキサ・スリー了解」
「ヘキサ・フォア了解」
 超小型無線機から漏れ聞こえてくる声に耳を傾けながら、陽響は空を見上げた――ラース・アルハゲとラース・アルゲチ、それぞれ蛇遣いと跪く者の『頭』の名を冠した星がベガとアルタイルを結んだ直線を挟んで、デネブとほぼ線対称の位置で輝いている。
 彼がいるのは東京都郊外の再開発地区だった――最近再開発の手が入り、建設が始まった高層ビル。まだ造りかけのその屋上で、彼は街を見下ろしていた。
 まだ鉄骨が組み上がったばかりの、枠組み足場に囲まれた最上部で骨組みの上にひとりたたずみ、眼下の道路で信号待ちをしている車列に視線を向ける。
 地上百メートルを超えるビル――完成の暁には、外資系の投資会社の社屋移転が行われるのだそうだ――から見下ろすと、車は豆粒の様にしか見えず、ヘッドライトの列はまるで電飾したムカデの様だった。
 遮る物の無い強風に黒髪を嬲らせながら、彼は誰にともなく口を開いた。

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