Eを連れて老人ホームに入所している両親に会いに行った。
二人とも介護度があがったので、これまでの二人部屋からそれぞれの個室に移動させられていた。
弟から、父がご飯を食べなくなったから、今のうちに、と聞かされていたので、覚悟の上の面会。
案内された部屋の入り口から見えた父の寝顔は、「ああ、やっぱり」という印象だった。
ベッド脇のマットレス上のセンサーを踏まないように注意しながら枕元に近寄り、声をかけたら目を開けた。
ボヤーンとしているのか、少し間をあけてから、「久しぶりだな」と返答あり。
輸液をしていたが、肌も、口の中も、カサカサに乾いているようで、言葉が聞き取りにくいが、Eを紹介すると、わかったようだった。
「何歳なのか?」とか、「子供は?」とか、ポツポツとではあるけれど、身の上調査のような質問もしてきたから、案外頭はしっかりしているようだった。
Eには状況を改めて話しておいたので、寝たきりになっている彼らを前にしても、笑顔で覚えたての日本語で挨拶してくれた。
「素晴らしい娘さんと出会えて幸せです。ご両親に感謝していますと、ちゃんと伝えてよね!大事なことなんだから」
何度もそう念を押されて、ベッドサイドでも促されたので、ふたりに「·······だってさ」と伝えてきた。
Eに前もって「ご両親にハグしてもいいの?」と聞かれたのであるけれど、日本人はふつうはハグしないからと、釘を刺しておいた。
彼は家族と久しぶりに会うと当然のようにハグをしている。
それが当たり前として育っているので、日本人のスキンシップの少なさは「信じられない」レベルなのだという。
母は元気な頃は、外国人とはしゃいで気軽にハグするような人だった。
案の定、どの程度覚えているのかわからないけれど、Eを紹介すると、母は「イケメンねえ」と、笑顔で手を差し出してきた。
Eも喜んで母の手を握り、もう片方の手で私の肩を抱いて頭にキス。
それを見た母がまた「おー、いいね、いいね!」と喜んでいた。
昨年は、3歳年下の母の方が先に具合が悪くなり、そのせいで父が精神的に不安定になってしまい、この先、いったいどうしたらいいんだろうと、施設の職員や私たちもかなり悩んだ時期があった。
けれども今は、二人ともさほどの心身の苦痛なく、自然に老衰が同じように進んでいるように見える。
面会した時は二人とも笑顔を見せてくれたので、こちらの気持ちがちょっとは楽になった。
もちろん、彼らがこの世にいる時間は確実に減っていて、その日が遠くないことは、悲しい。
けれど、親が二人とも生きて、見守ってくれた60年間という歳月は、考えてみれば決して短くはない。
それに、今は私にはEというパートナーがいてくれて、この世にひとり取り残されるわけでもないというのは、すごく幸せなことであると、彼に両親との思い出話などをしながら、じわじわと感じた1日であった。