単回性トラウマと複雑性PTSD
この違い分かってる方
少ないのではないだろうか?
単回性トラウマというと
分かりづらいかもしれない。
ただのPTSDと複雑性PTSDと
言えば、分かってもらえるだろう。
この違いが分かってないと、
なぜ、精神疾患を抱える
ことになったのか
なぜ、生きづらいのか
理由が分からないままに
なってしまうだろう。
単回性トラウマ(PTSD)
単回性トラウマとは、一生に
一度あるか、ないかという
大きな災害や事故、性的被害に
よって負うことになったトラウマ
1.再体験症状
(フラバ、悪夢)
2.回避症状
(同じ状況になりそうな
場所、環境などからの逃避)
3.過覚醒
(脅威となりそうなことへの
過剰な警戒、過度な驚愕反応)
複雑性PTSD
半年以上、日常生活の中で、
継続的に暴力、虐待、暴言
などによる虐待を受け続けた
結果負ってしまったPTSD
4.感情制御困難(AD)
(傷つきやすい、感情爆発、
自己破壊的行為(リスカなど)
5.否定的自己概念(NSC)
(自分への無価値感、敗北感、
恥、自責感、罪悪感など)
6.対人関係障害(DR)人間不信
(人間不信、対人回避、無関心)
** 注意 **
複雑性PTSDの症状は、
単回性トラウマの3つの
症状に加え、6つの症状全て
抱えてる状態の人のこと。
複雑性PTSDの診断が、日本で
できるようになったのは、
つい、最近のことである。
なので、ただのPTSDと
複雑性PTSDの違いを
知らなかったとしても
当然のことだろう。
また、日本で虐待防止法が
できたのも2000年以降のこと。
なので、この年に18歳以上の
人たち(一番若くても25歳以上)は、
機能不全家庭で虐待されて
育ったとしても、全くケア
されないまま大人になった
可能性があるということ。
生きづらさを抱えてる人が
多くなっているのは、
このような背景があると
思われる。
(定期的に解説記事を
投稿予定)
私は、ずっと、ネグレクト
(育児放棄)されていた。
だが、周囲からは全く
そんな風に見られてなかった。
碧音自身、虐待を受けていた
ことは自覚してたが、ネグレクトを
受けたヤングケアラーだと
知ったのは、つい、最近だ。
実は、妹は幼稚園の頃、
大きな病気で1年半、
入院していた。
当時、碧音は小学生。
転校したばかりの学校に馴染めず、
いじめられていたが、帰宅しても
母親は病院の付き添いでいない。
当然、いじめられてる相談も
できないままだった。
食事するときの空気も最悪だ。
妹の病状が深刻だったらしく、
お通夜のような雰囲気の中で
食べる食事は、当時の碧音に
とって拷問でしかなかった。
学校もあり、妹の見舞いに
行くこともない。
なので、なぜ、こんなに暗い
雰囲気なのか全く理解
できないままでの生活。
当時の両親にとっての優先事項は、
妹であって、碧音は全く眼中に
なかった。
それは、学校でも同じで全く担任に
気遣ってもらえてない。
なぜ、分かったかというと、当時の
通知表のコメント欄を見て理解した。
転校したばかりの最初のコメントには…
仕事をやらせてたら
早くできた
この一言だけ。
クラスに馴染めてるかどうか
全く気にかけていない担任。
家庭でも学校でも全く
顧みて貰えてない状態だ。
結局、妹の病状は悪化、
担当医に匙を投げられ、
自宅に帰された。
1年半もの間、妹との
接触の無かった碧音からすると、
妹は【家族】という意識が
全くなくなっていた。
以前、いた人が戻ってきた
こんな感覚しかなかった。
両親は、妹は気遣うが、碧音は、
全く気遣われない生活が続く。
結局、通院を続けた結果、
妹は健康になった。
(初めての症例となったらしい)
だが、長期入院で見舞いにも
行かなかった碧音にとって、
両親も妹も、正直、どうでもいい
存在になっていた。
碧音の中には【どうせ、自分の
ためには何もしてくれない人たち】
であり、実際、そういう人たちだ。
特に、両親は全く頼りにならない。
だから、相談しようという気持ちに
すらならなかった。
だから、何でも自分で解決しようと
頑張っていた。
でも、子供にできることなど、
たかが知れている。
だが、妹は違う。
病院にいて、周りに気遣って
くれる大人がいた。
だから、両親に相談する
ことが多く、両親もまじめに
相談に乗っていた。
碧音は、その頃には、すでに、
完全に心を閉じていた。
当時の両親にとって、碧音は、
健康優良児で心配しなくていい
存在であり、熱を出すと
なんで、熱なんか出すんだ
と不機嫌になっていた。
今なら、子供なら、いつ、
熱を出してもおかしくないと
理解できるが、当時は、妹は
熱を出しても大きな病気をしてた
から仕方ないけど、健康優良児の
碧音が熱を出す許せないという
雰囲気だった。
風邪などで食欲がないときに
出される食事は、なぜか、
野菜炒めや油物など、大人でも
体調不良の時に口にできない
ものばかりを出され、食べないと
熱を出したお前が悪い
と怒鳴られていた。
当然、病院に行くこともない。
妹が大きな病気になったのも、
症状が大したことないと、
病院にすぐに行かず、放置して
深刻化したのが原因。
つまり、子供の健康状態を守る
という姿勢が全くなかった。
以前、虐待親の思考 という
ブログにも書いたが、両親には
健康に対する認識が、かなり、
ズレた人たちだった。
そして、両親が他界するまで、
この姉妹間差別は続いた。
今、妹とは疎遠にしている。
そのせいか、今は、とても、
快適な生活ができている。
一部、性的な不快な内容が
含まれます。
読む方は、自己責任で
お願いします。
最近、よく思い出すこと。
高校生の頃に母親から
聞かされた話。
ルナが小学生の頃、
父親が風俗でシラミを
もらってきたらしく、
それをうつされた母親。
当然、母親、怒り狂います。
でも、これ、両親の問題。
子供のルナには関係ない話。
境界線の引けない母親の
異常行動は、ここから始まる。
なんと、父親を一番風呂に入れ、
その後、碧音や妹をお風呂に
入るよう促し、母親は入らない
という行動に出た。
当然、お湯の交換はしてない。
つまり、父親のシラミだらけの
お風呂に子供たちを入るよう
誘導したということ。
これを聞いたのは、碧音が、
高校生の頃の話。
当時、母親は父親のDVに
遭っている被害者だと考え、
あまり、母親を悪く言っては
いけないと考えていた碧音。
だけど、その時、初めて…
何なの?この人…
気持ち悪い…
母親に対して反感を感じた
瞬間だった。
そして、子供の健康を守る
立場の母親が、健康を害する
状況に誘導してたことにも
驚いた瞬間でもある。
なぜ、こんなことが起こるのか、
少し考えてみた。
母親から聞いた話によると、
父親が医者に行くのは嫌だと
言ったらしく、母親が病院に
行き、薬をもらい、それを
2人で使って治したという
ことだった。
つまり、恥ずかしい思いを
したのは母親だけで、父親は、
自分の尻拭いを自分でせず、
母親に恥ずかしい思いをさせて、
シラミ除去をしたことになる。
女性としての屈辱感、医者に
一人で行かねばならない
恥ずかしさ、そういうことを
母親一人に背負わせ、父親は、
恥ずかしい思いもせずに
平然としている。
その怒りが、なぜか、子供に
向かったということだ。
普通に考えれば、これは、
夫婦の問題で子供の碧音は、
全く悪くないし、健康を害して
いい理由にならない。
境界線が引けてる大人は、
きちんと、夫と話し合い、
夫に反省させ、謝罪させ、
一緒に病院に行くのが
普通だろう。
でも、碧音の両親は、
話し合いのできない夫婦。
所謂、マウント取り合い
合戦を、毎日、繰り広げる
だけの夫婦だった。
つまり、支配するか、されるか、
この二択しかない。
父親から不当に支配
された母親は、怒りの
ぶつけどころとして、
子供を支配し、害を与えた。
自分だけが不当な思いを
するなんて許せない
自分がされたことを
子供にも味合わせてやる…
恐らく、こんな考えに
憑り付かれたれたのだろう。
ハッキリ言って、
八つ当たり以外の
何者でもない。
一事が万事、こんな
感じだった。
子供からしたら、
こんな親の元で
生活して安心安全な
居場所と感じられるか
と言われたら、ノー
としか言いようがない。
ただ、未成年の子供は、
親の元にいるしかない。
逃げたくても逃げられず、
こんな嫌がらせに耐えて、
生活する… これが、
機能不全家庭というもので、
毒親育ちの置かれた環境だ。
親として成長しようと
しない親の思考は自他の
境界線がはっきり引く
ことができない。
少なくとも、碧音の親は、
子供の思考のままだった。
不当なことをされたら
自分より弱い奴に
八つ当たりすればいい
これは、どう考えても
親として成長しようとする
人間の考えではない。
そう考えるのと同時に、
哀れな人間でもある。
なぜなら、子供の思考のまま、
大人になれないまま、
人生を終了させた。
両親二人に思うことが
あるとすれば、この二人は、
自分たちの人生の中で、
一体、何を学び、どんな
成長をしたのだろうか?
という疑問だけだ。
今は、何の感情もない。
完全に無関心である。
最近、よく見かける言葉。
自分がされて嫌なことは
相手にもしない
ほんとに、相手を尊重
してることになるのか?
って、見かけるたびに
考えてしまう。
自分と相手の考えや価値観が
似てれば、これでいい。
でも、真逆の場合は?
自分は嫌ではないけど、相手は嫌。
こういう場合、ほんとに、尊重
してることにはならないのでは?
と考えてしまうことがよくある。
これは、碧音自身、少数派の
考えの持ち主だからだろう。
大体、そんなことくらいとか
神経質などと言われる。
そして、私の言った言葉に
傷ついた!!と言って責める
人もいるのである。
性質が悪い人は、私の母親と
同じように【可哀想な自分】を
演じることで周りに責め立て
させようとする人である。
ホント、めんどくささしか
感じない。
守ってくれそうな人に、
自分の言いたいことを言わせる。
言いたいことがあるなら、
自分の口で、自分の言葉で
自分の気持ちを言えよ!!って
言いたくなってしまう。
でも、そういう人は、私の母を
含めて、自分の言葉を持たない。
だから、代弁してくれる人が
必要なのだろう。
なぜなら、その方が楽だから。
私から責められるのは代弁者。
自分は仲良しのフリが
いくらでもできる。
正直、私は、自分の言葉を
持たない人が嫌いである。
誰かの言葉を借りないと
何も言えないなんて、
いい年した大人が情けない。
誰かの言葉の【誰か】とは、
有名人やインフルエンサーのこと。
言葉を丸パクリしてドヤ顔してる
人見ると、マイナス1,000℃
くらい気持ちが急速冷凍される。
どれだけ仲良かったとしてもだ。
そのくらい、そういう人が嫌い。
ここで、もう一度、先程の言葉
自分がされて嫌なことは
相手にもしない
自分がされて嫌なことを、
他人にやらせてる場合って、
どうなの?って話になる。
自分はやってないことに
なるので、自分は尊重してる
という言い分が成り立ちます。
いろんな意味でズルいし、卑怯。
周りの人たちは、自分が操られ
てるなんて1ミリも思ってない。
何人も代弁者がいれば、その数だけ、
それぞれの正義がある。
ここで一貫性というものが、一切、
なくなってくる。
所謂、感情論を叩きつけてくる。
私には、そういうことをする
人達が、相手を尊重してる
ようには全く見えないのだ。
全く違う価値観や考えが持つ
から、被害者を守りたいから
と言って、感情論で責めて
いいわけではない。
正直、そういう人に遭遇すると
辟易するし、相手にしたくない。
それでも、彼らは、相手を尊重
してるつもりなのだろう。
私には、ただの偽善者にしか
見えない。
綺麗ごと大好きな日本人らしい
と考える私も、相当、ひねくれてる
のかもしれない。
昨日、気付いたこと。
前歯が少し欠けてる(汗)
実は、11月に入ってから、
ストレスによる嚙み締め、
歯ぎしりで顎関節症になった。
昔、同じ症状になり、当時、
試したマッサージや表情筋の
エクササイズで、何とか、元に
戻したのですが…
顔の痛みが治まらない
こめかみに頭痛がする
体の節々が痛い
熱を測ると36.7℃。
平熱が37℃の人はいい。
でも、私の平熱は36.1℃。
何気に微熱出てる(汗)
そんなわけで漢方の風邪薬
飲んでみたら、何とか、復活…
したつもりだった。
11月は、これを二回繰り返した。
症状は治まってきたと思ってたら、
いきなり、歯が欠けてることに気付く。
たぶん、寝てるときの噛み締めや
歯ぎしりが続いてるのだろう。
それにしても、噛み締めは奥歯の
すり減りが早い。
そして、以前、噛み締めすぎて、
奥歯が割れたことがある。
まさか、今度は、前歯が欠けるとは…
トホホである。
原因は分かっている。
ご近所の大声での喧嘩だ。
その喧嘩の仕方が両親の喧嘩と
ソックリなのだ。
一日中、怒鳴り合いが続く。
言うこときかせようと脅し、
支配しようとする夫、
感情的に叫び、怒りをぶつけ、
時には、ごめんなさい、だから、
〇〇をさせてくださいと不幸な
自分を演じることで夫を支配
しようとする妻。
本当に、私の両親と同じパターン。
こんなことが毎日続くようになり、
だんだん、体調不良を感じるように
なってきた。
何となく、良くないなぁ… とは
思っていたけど、忍耐力だけは、
超人並みに身に付いてる碧音。
表面的には、普通に動ける。
でも、顎関節症に胃痛、そして、
歯が欠けるほどの歯ぎしり。
体の中で一番固い部分が
欠けるとは…(汗)
私は、いつも、こうだ。
体に異常が出て、自分が
強いストレスを感じてる
ことを自覚するのだ。
フラッシュバックとまでは
いっていないが、過覚醒は
起こしているのだろう。
ちなみに、今は、胃腸の調子を
戻すために断食したことで、
胃痛は何とか治まった。
一人暮らしで、今は平和に
暮らしていても、周りで喧嘩が
勃発するだけで、こんな症状が
出るとは… と思うけど、両親が
いた頃は、自宅にいると動悸、
めまい、冷や汗が出て自宅に
いることができなかった。
しかも、夜中の2,3時に喧嘩が
始まっていたため、夜中に近所の
公園で飼ってたわんこと一緒に
時間を潰していた。
朝の8時頃帰っても、まだ、
喧嘩してたなぁ…(汗)
ご近所の喧嘩を聞きながら、
そんなことを思い出した。
これも歯ぎしりの原因に
なったのかもしれない。
それにしても、虐待親は、
なぜ、あんなに元気なんだ?
と、いつも思っていた。
でも、よく考えれば、元気で
当然である。
だって…
気に入らないことがあれば…
サンドバックになる子供が
いつも、家にいるのだから、
ストレスたまるはずがない
だから、私の親は喧嘩できる
ほどの元気があったのだろう。
その分、私は、エネルギーを
奪われ続けていたというわけだ。
疲れるはずだ… と、改めて、
思った今日この頃である。