https://youtube.com/watch?v=p4WafEmYJ7s
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4,母さんはエンジェル、父さんは宇宙人
母さんは、町の小さな病院の看護師で副師長さんをしています。
高校を卒業し、すぐに准看護師見習いとして就職し、正看護師になってからもずっと勤め続けていることを、母さんは言わないけどとても自慢にしています。
「本当は東京に出て、大病院のナースになって、英語勉強して海外青年協力隊員になりたかった。そこでかっこいい正義感の強いドクターとめぐり逢って大恋愛の末結婚して、途上国の小さな村の医療に人生をかけるのが、母さんの夢だったんだ~。だからさ、藍には海外に行ってほしいのよ。母さんの夢をかなえてよ。母さんは、星野で頑張るからさ!」
星野ってのは、母さんの勤める「星野胃腸科病院」のこと。
母さんのこの口癖を私は全く気にも留めなかった。
母さんの夢はどこまで行っても、母さんのもの。
私のものじゃないことが、はっきりとわかっていたから。
母さんの口癖は続く。
「母さんがナースになったのは、おばあちゃんが母さんが子供のころから病弱だったからなの。おばあちゃんをなんとかしてあげたくてね」
「それで星野病院で頑張ってたら父さんが入院してきて、お互いに若かったから、藍が生れたの。それで母さんの夢は終わった…」
口癖の三段階は、いつも私のせいで終わる。
私が母さんの夢を取っちゃったんだ、って悲しい気持ちになる。
そして、最後は
「でも母さん星野で頑張るからさ!」
なんか、違うなっていつも思うのだけど、言い返せない理由がある。
それは父さんが宇宙人だから・・・。
父さんは、不思議な人です。
いつも家にいません。というか、一年に何度かしか帰ってこない。
毎年、クリスマスからお正月の時期には、お父さんが帰ってくるのか来ないのかハラハラスリリングです。普通の時でも突然帰ってくる父さんをどう迎えたら良いのか困ります。私はいつも緊張します。
帰ってくれば嬉しいけど、母さんと必ず言い合いになるから、それも含めてスリリングです。
そんな時はおばあちゃんとおばあちゃんの部屋でテレビのボリュームをあげてやり過ごします。でも、今年からはくうもその一員になったので心強いです。
父さんは悪い人ではないのだけれど、家に居られない同じ仕事に就けない人のようです。
お話がとても上手で、私が小さい頃はいつも寝る前にお布団の中でいろんなお話をしてくれました。
私は『セント・レオナルド寺院』というイギリスの昔話が大好きでした。
それから発明発見の才能があるみたいで、新しい考えや新しい機械や電化製品をちょくちょく買っては家に持ち込んでいました。楽しいクイズや不思議な話もたくさんしてくれて、人が集まると人気者でもありました。
子どもにとっては面白いお父さんでしたが、母さんには本当にため息の出る存在だったみたい。
だから、「藍が生れて、お母さんの夢は終わった・・・」
その口癖を否定できない私がいます。
母さんも父さんも大好き。
おばあちゃんも大好き。
みんなが悲しまずにいられますように・・・。
3.8歳のフィロソフィー
うちに白い犬が来て初めての春。
私は小学三年生になった。
それまで楽しかった学校生活が、がらりと音を立てて変わっていったのを覚えている。
普通の小学生だった私。目立ちもせず、おとなしすぎるわけでもなく、身近なお友達と楽しく遊んでいたのだけれど、何がいけなったのかわからない。ボタンを掛け違ったみたいに学校生活が上手くいかなくなった。
私は新しい学年とそのクラスになじむことが出来ずに、いつも一人でどこかにいることが多くなった。休み時間や自由時間は、こっそり誰にもわからないようにトイレとか、校舎の端っことか、倉庫の裏側とか・・・。それで良かったし、別に寂しくなく、逆に安心だった。騒がしい子どもたちに付いていけず、自然と離れていったという方が正しい。だから、誰が悪いわけでもない。
みんなも特に構わずほおっておいてくれたのだと思う。
ところが、担任の教師がそれを壊した。
私は気づかれずにいたと思っていても、教師は見ていて、私のいないところでクラス全員に心無い発言をしたのだ。
「藍は変わったやつだが、みんな仲良くしてやってくれ!」
そう、先生にとっては生徒をフォローしたつもりだろうが、
それをまた私に告げ口する女の子がいた。
「藍は変わったやつだって、言ってたよ~」
友達がニヤ着いた顔で言う。
そんな風に先生がみんなに言ったこと、そんな風に先生やみんなに思われていること。それがショックだった。
多分その頃から、家に帰っても暗い顔をして、体育座りをして泣いていたのだ。
休日も家から出ないで、ゴロゴロばかりしていた。
リビングの掃き出し窓とつながるデッキでは、くうが気持ちよさそうに昼寝をしていた。夏の始めの大らかな南風がカーテンを大きく揺らしている。それは波のようでもあり、何か言いたげな形のないメッセージのようだ。
私も風のように透明で何もせず、風のようにただ周りを吹き抜けて、何も考えずぼんやりしていたい。
友達っていないといけないのかな?
私はみんなと同じように遊ばなきゃいけないの?
この風や空や空気と同じようにゆっくりとありのままでいてはだめなの?
そんなことを考えていたように思う・・・。
そんな私の心もまた、風のように姿を変えどこかに消えていった。夏休みが始まる頃には、私はクラスメイトになじむようになり、みんなと同じように遊ぶようになり、お友達とたくさんの約束が出来て、家でも学校でも暗い顔でいることはなくなった。
覚えているのは、母さんがイチゴのケーキを作ってくれたこと。
料理の上手い母さんじゃないから、買ってきたスポンジケーキの上に買ってきた生クリームをたっぷり乗せて、その上にイチゴを大量に乗せてくれた。それを登校前の朝ごはんの時に出してくれたのだ。小3の私はそれが母さんの目いっぱいのエールだったことに気づかなかった。
「なんで朝からイチゴケーキ⁈」
母さんはちょっと困り気な笑い顔で、
「イチゴ好きでしょ?」
と。
私は怪訝な顔をしてイチゴを一つ二つ頬張った。
それが私の大きな転換点になった。
真っ赤なたくさんのイチゴと朝食のミスマッチ!!
赤は元気の色だ!
あの時、私はこの世でヒトとして生きることを自分の中で肯定したのだと思う。
母さんとくうの朝散歩。一緒にランドセルをしょって元気よく走る私。
友達がいるところからはバイバイ!
母さんとくうに背中を押されて、私はもう大丈夫。
あの無神経な担任教師のセリフとは裏腹に、煩わしいことを一言も言わなかった母さんに心から感謝している。
小3でも生きることに戸惑う時があるのだと、そして、人は一瞬一瞬「生きる」ことを繰り返し繰り返し決めながら生きるものだということを、私は今も噛みしめている。
母さんがイチゴケーキを作ったのは後にも先にもあれ一回。
しかも、朝に出すなんて!
やってくれるよね。
( ;∀;)
2,宇宙に一匹の白い犬
白い犬は思ったよりも大きくて、人間に例えれば小学校一年生くらい。
「名前どうする?」
「クリスマスに来たからクリちゃんは?」
まだ飼うかどうか決めかねていたこともあり、名前はあっさり『クリ』になった。
結局なし崩し的にくりは我が家の犬になっていった。
そうして、クリから『くう』になったというわけ。
大変だったのは母さん。
朝晩の《お散歩》が始まった。
元気もののオスの子犬は、走る走る、引っ張る引っ張る。
しつけの「し」の字も知らない母さんは、元気なくうにすっかり引きずり回されて、空き地ではくうと思いっきり走って、あり得ない転び方をしていた。(母さんは散歩中に右足の小指の骨を折ったこともあるし、いきなり引っ張られて左肩関節を外したこともある。)
でも、母さんはくうとの散歩のとき、笑顔が子供みたいだった。
散歩から帰った後の母さんの顔が綺麗だった。
くうはご近所のアイドルにもなっていった。
住宅地の道路に面した我が家の小さなデッキに犬小屋を置き、そこがくうの居場所になったので前の道を通りがかる犬好きの人の心の癒しにくうはとても貢献した。
くうは可愛がってくれる人に吠えることはなかったし、なじみの人が来ると必ず起き上がって挨拶し、撫でられていた。
通勤や買い物や散歩の行きかえりに必ず訪れる人も何人もいた。
そうそう。
くうは生まれつき左目の周りに黒のアイラインがなくて肌色だった。
よく「あれ、左目悪いの?」「あら?目が・・・」と言われた。ただの見た目のことであって目が悪いわけではない。そんな風に気にする人の言葉が私の心に軽く刺さった。
そして私も、左目にも綺麗に黒のアイラインが入っていたらもっと可愛かったのね、くうは出来損ないないんだって思った。
ある日、茶色の雑種の老犬を散歩させてるおじさんが通りかかった。
おじさんはくうを「いい犬だなぁ、立派立派!」とほめてくれた。
私はおじさんに目のことを気付かれる前に自分から、でも「目の周りがね…」と残念そうに言った。
すると、おじさんは
「それがこの犬のユニークな個性じゃろうが!」
と大きな声で笑い飛ばした。
おじさんの言葉は私の杞憂を吹き飛ばした。
そうだ!くうはこの宇宙にたった一匹の素晴らしい犬。
左目のノーアイラインはくうがくうであることの証なんだ!って却って誇らしくなった。
おじさんのお蔭で私はもっとくうを好きになった。
くうは左目がノーアイラインでも、1000%の愛嬌で通りかかる人たちに絶大な人気となっていく。
もちろんくう自身は、目がどうだとか、散歩中に母さんが足を骨折しようがなんのお構いもなしに、まさにマイペースそしてあるがままだった。
序章
私がいつか夜空に見た翼のある光の存在は私にメッセージをくれた。
「光の世界は本当に完璧で幸せに満ちている。
そして、地上はそれよりも何倍も幸福である。
けれど、地上の人間はそれに気づいていない。
気づかないようにさせる意地悪な存在がいて、
何千年何万年もあなたたちの幸福を奪ってきた。
しかし、もうその時は終わり、
あなたたちは地上に天国を作り始めている…」
あの光の存在は、そう言って空という大きな海を泳いで消えていった・・・
第一章
1,クリスマスイブの白い犬
それは、クリスマスイブの朝だった。
空気がきりっと引き締まった、晴れて冷え込んだ朝だった。
電話のベルが鳴る。
電話は母さんの姉さんからで、
「白い子犬がね、タイヨースーパーの入り口にあるパン屋のクリームパンを盗み食いしたのよ。それで警備員さんにつかまって、明日には保健所に連れていかれるって!ねえ、お前のとこで飼ってくれない?」
母さんは電話口で困っていた。
「うちには猫が3匹いるから犬は飼わないって決めてるの。どうしよう。その犬可哀そうだけど、うちでは飼えない。まあ、とりあえず保護しにいくよ。だって、今日はクリスマスイブだよ。こんな日に保健所に連れていかれちゃうなんて可哀そうすぎる!」
母さんは、家から一時間くらいかかるおばさんの勤めているタイヨーに車を飛ばした。広い駐車場をぐるっと回りスーパーの裏手、警備員室の横に本当に白い子犬がつながれていた。もう三か月くらいの大きさで、ぱっとみはレトリバーみたいだった。母さんが近づくとなつっこいその子犬は1000%の喜びようで、母さんの顔をびしょびしょになるくらいなめて、尻尾が千切れるくらいふっていた。
母さんは、心の中で(あー、この子は誰にでも愛嬌のある子だな)と苦笑して、
「お待たせ、さあ、行くよ」
って子犬を車に乗せた。
この子犬が、このお話の主人公。雑種犬の白い犬『くう』ちゃんです。
そして、このお話の語り手である私は母さんの娘の藍。
くうちゃんが家に来たときは、小学校二年生8歳の女の子。
お話を語っている私はなんと26歳の社会人。
この18年間の『くう』と『母さん』と私『藍』が地上天国を作る物語です。
どこにでもある日常の生活の中にスペクタクルやミラクルやサスペンス、ラブストーリーもちょいちょい顔を出します。
どうぞ。お楽しみに・・・。