安倍首相、25日に会期末の記者会見
安保法案がついに成立してしまい、日本は集団的自衛権を行使できることとなった。
集団的自衛権を使う際の前提となる3つの条件の1つに、「存立危機事態」というのがある。
その定義は、以下のとおりである。
「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」
これ、平たく言えば、「米軍が攻撃されたことによって、日本が存立危機になった時」と書いてあるのだ。
つまりわが国が「存立危機事態」にある場合しか、集団的自衛権を行使できないということであり、この条件は、集団的自衛権を無限定に行使させないための「歯止め」とされている。
ほとんど日本が滅亡の危機に瀕している状態と言うべき「存立危機事態」の時しか行使できないというのだから、一見、非常に厳しい縛りのように思えるのだが、実際には、これは全く無意味な条件なのである。
(終わり)
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武力行使を伴わなかったイラクへの自衛隊派遣でさえ、本当はやるべきではなかった。あれはアメリカの侵略戦争のお手伝いでしかなかったのだ。 イラク戦争の時は、治安維持任務に当たっていたのはオランダ軍とオーストラリア軍で、自衛隊はそれに守られて人道復興支援のようなことだけしていたから、戦争に参加したような実感もないまま済んだが、今度はそうはいかない。自衛隊員が自ら武器を持ち、本当の戦争をしに行くのだ。 今回の自民・公明の合意とは、「集団的自衛権」行使によって、イラクでもどこでも、世界中に自衛隊が出て行って人を殺せるようにしよう、戦死者を出せるようにしようということに他ならないのだ。 自公が合意した以上、与党圧倒的多数の国会で、法改正がすんなり通ってしまうのはほぼ確実である。 これは日本の歴史上も重大な転換点であるのに、国民の関心も低く、大したことではないかのように、さほどの抵抗もなく、何の気なしに進んで行くのだ。全く信じられない話である。
もう完全に憲法など意味のないものになってしまった。 やはり安倍首相は憲法解釈の変更によって、憲法9条を形骸化することを目論んでいたのだろう。 わしは護憲派ではない。「憲法9条が平和をつくる」なんて信仰は持たないから、むしろ改憲派なのだが、憲法に多少の意義があるとするなら、「立憲主義」は守らねばならない。
「立憲主義」とは、「憲法は国家権力を縛るものである」という近代法の基本的考え方である。憲法は権力の暴走を縛るためにあるのだ。 だが安倍政権は、この立憲主義を破壊している。現憲法には9条があるのに、事実上、死文化させるという手法は、ワイマール憲法を死文化させたヒトラーと変わらないのだ。
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それでも危機感を持たない絶望的な国民を乗せて、これから日本はどこへ向かうのであろうか? |
↓の記事にて
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