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鼓曲萬来

天鼓録 猩々

 

上総の国の猖々寺の住職のもとへ或朝、一人の老師が尋ねて来た時の話だそうで

老師は住職の顔色を伺いつつ「住職の腕お借り申したい」と言ったそうなんです

 

住職は法事で忙しいので、と断るのですが、

あまりの熱心さにとうとう折れて老師に尋ねました

「解りました、それでは何処へ行って、何をすればいいのですか」と

 

老師が言うには「何処に赴く事も無いんです、何もする事はございません..

ただその腕をお貸し願えれば有り難い」

住職はますます意味が解らなくなって老師に聞き返しました



「是は何かの問答ですか」と問えばいいえと言う、

「それではまさか此の腕切り取るおつもりか」と言えば、

老師は「滅相もございません」と答えるのです

 

住職もほとほと呆れて、「解りました、それじゃ此の腕貸しましょう、

で、いつ迄貸せばよいのですか?」と聞くと、

老師は住職が差出した腕を恭しくさわりながら、こう言いました「一晩だけ..。」

そしてお寺を出て行きました。



さて老師が去った後、住職は手紙を書く用件を思い出して筆を動かそうとするのですが

腕は微動だにしません、此れはなんとした事かと焦ってみたものの、

一の字も書けなくなってしまいました。


何か重い病に掛ったのかなと腕をみれば、

なんと其処には剛毛が生えているではありませんか...

住職は面喰らって早々に床に付く事にしました...。



さて翌朝になって、境内で住職の名を呼ぶ者がいます..

急いで外に出てみると、そこにはなんと古い狸が立っているではありませんか...


そして「昨日お借りした腕を返しに参りました」と言って

住職の腕に恭しく触ると、住職の腕は元に戻ったのです。

         

住職は猖々と結縁するのは稀な事と思い、

寺に招き入れ、訳を正すと老狸は静かに語りはじめました。


「我等一族、世間では太鼓の名手と言われますが、

打てるといえば腹鼓くらいで

ところが昨夜、千載一隅の時を得て、正真正銘の鼓を打つ機会に恵まれたのです。

しかし残念な事に此の腕、腹鼓は打てるのですが、畜生の身故、鼓には触れられません

それならばと徳高き住職の腕お借りしてその望みを果たそうとした訳でございます」と

 

さらに老狸はこう言いました、

「お陰で我等一族その悲願を叶える事が出来ました、

本当に有り難うございました。

その御礼に、此れより月夜の晩には

必ず境内にて御恩返しに鼓囃子を打ってお礼にかえさせて頂きます」と...。

 

その噂は、巷にひろがって、猖々寺の月夜の晩には狸囃子が境内に鳴り響き、

天下の名刹となって、数多の民衆が挙って詣でるようになったそうな

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