風のいろは 何いろ?

手を休めずに種をまきなさい。
どの種が芽を出すか、わからないからです。
(リビングバイブル:伝道者の書 11-6)

お盆が終わった~

2014-08-21 | 信仰
昨年 12月に母が亡くなり、クリスチャンでありながら
長女ということで(離婚しているし父は早くに他界しているし)
私が喪主となり、仏式の葬儀関連一式を遂行してきた。
なぜ仏式にしたかというと、母はまだキリスト教信仰を
もっていなかったし、もし私が先に死んだ時、私の葬儀などを
仏式でしてほしくなかったので
(生前母と話していて 「キリスト教でやっちゃかもよ」というと
 「死んだら何でもかまね」と言っていたのですが)
母の意思を尊重する形で 妥協しました。
周囲の人には 私の心の葛藤、苦しみは 全く理解できなかったと思います。
御焼香、お骨拾いなどは 避けさせていただきました。
司会の方が、「喪主様はキリスト教を信仰しておられ云々」と
初めにひとこと説明してくださり、それはそれで
周囲の方への 信仰告白となったのですが
それでも 100% 仏式の習わしを拒否する訳にもいかず
ほんの少しは 手伝う形になりました。
それはそれで、正直後々まで 自分的には後悔していますが…。
ああ、なんという中途半端な信仰心でしょう・・・・。
天のお父様(神様)に対して 胸がちくっとします。。。。


さて・・・お通夜、葬儀の後は 49日、お彼岸、施餓鬼、お盆…と
行事が 目白おしでした。
集会の兄弟姉妹方に相談しながら 折り合いをつけながら
進めていきました。 やっと・・・お盆まで終わり
後は 一周忌(キリスト教では記念会というそうです)のみです。
たぶん 3回忌とかはしないつもりです。
別の形ではするでしょうし、3回忌に お寺さんにお礼(お布施?)を
するものなら 事情を言って(お寺さんはご存じだけれど)
お礼だけ包み、行事的には お経をあげるとか・・・いいかなと思っています。

お彼岸の頃には 妹も まだまだ世間の習わしを気にしていましたが
月日が流れ、私のやり方(?)にも慣れてきたのか
お盆には 妹も しきたりをあまり気にしないで
「(私が良ければ)これでいいんじゃない?」と反対せず。
それとも 反対しても いう事きかないとあきらめたか???
いや・・・たぶん、一般家庭でも 昔ほどのしきたりに
従っては お盆をやってはいないらしいからだろう。
(ナスや胡瓜で牛・馬を作るとか、棚を作るとか、
 仏壇に できあいのカラフルお菓子をあげるだとか)


あーーー 大きな節目まで来られて ほっとひといきついています。


↓ 以下 白い文字で入力されています。。。


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私の事をあまりご存じない方は 私が母が急逝したことを
哀しんでおらず、冷たい娘だとお感じかもしれませんし
そんな雰囲気を感じる日記に 違和感を覚えられるかもしれませんが
実は 私の中には 11歳ごろから 母に対して確執があり
しかも跡取り娘として ずーーーーーーっと一緒に暮らしてきて
大好きだった父亡きあとも ずーーーーーーーーっと
あーだこーだ争いながら、25年以上 暮らしてきた経緯があるのです。
母と 一つ屋根の下に暮らすことは 私にとって
非常に苦しい 辛いことでした。。。
母は 母なりの愛情で包んでくれたのですが
束縛や過干渉… 窮屈さ… が どうしても私の生活から離れず
時々 遠いところで生きていきたいと 何度も思いました。。。

母が亡くなった時 涙が出ました。
それは 哀しい、寂しいというより、
突然でショックだったのと、優しくできないままで
終わってしまったことへの 懺悔のような気持ちからでした。
ごめんね・・・という・・・。


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