櫻井郁也ダンスブログ Dance and Art by Sakurai Ikuya/CROSS SECTION

◉新作ダンス公演2024年7/13〜14 ◉コンテンポラリーダンス、舞踏、オイリュトミー

パゾリーニのキリスト

2017-09-23 | アート・音楽・その他
『奇跡の丘』なんて邦題を誰がつけたのだろうそのまま『マタイ福音書』でいいじゃないか、と思わず思ってしまうこの有名な映画を、僕は今頃になって、なんと初めて見た。

ほとんど全てのシーンで風が吹いている。
ほとんど石と砂の世界には、ほとんどの瞬間、蝿が迷い込んでいる。

題材は聖書だが映し出されているのは人間であり、宗教の映画である以上に社会の映画であり、何よりもこれは砂と風と乾燥と蝿と無数の身体のオンパレードなのだった。

すごい。

パゾリーニが映画なのか、哲学なのか、犯罪なのか、それはわからない決めたくもない、しかし、好きでもないのに見ずにはいられない、これは確かだ。そして、パゾリーニは滅茶苦茶な苦味とだだっ広い思考感覚が刺激的で、はたちすぎだったか、テオレマで大興奮したあと、あの”Salo”を含めて幾つも見た。見たのに、この『奇跡の丘』だけは、なぜか避けていた。鬼門か。

無神論者による聖書映画と言われてもいるが、実のところどうなのか、と疑っていた。傑作と言われている、偉い賞をとっている、さらにキリスト〜っていう、その感じが、なんだか二の足を踏む。折角映画を楽しむのにお説教臭いのは嫌だしなあ、と。

だが、字幕音楽の選曲の見事さのあと、最初のカット、つまりマリアのクローズアップで、さらにその数分後の二度目のクローズアップのかすかな微笑で、かなりの衝撃を受けていた。なんとも色気があるのです。

一々挙げてもキリがないが次々に連なるワンカットワンカットが一枚一枚の絵画であり一葉一葉の写真であり削りとられた言葉の一つ一つのつぶやきが詩であり。

磔刑のシーンの非常な強さはほかに見たことがないが、
ここで再び現れるマリアのクローズアップは忘れない。
スターバートマーテル。
哀しき母。
それは年老いた「母」そのもので、それは「生」そのものの顔でもあるように感じる。
感じながら老母の顔は、冒頭の若いマリアのコケティッシュな微笑ともダブる。
監督のお母様のスザンナ・パゾリーニがこの役を演じる。

サロメの舞とヨハネの死のシーンには特別な力を感じる。
ごく短いシーンだが、美しさと怖さが目をくらませる。
パゾリーニのサロメは妖艶ではなく、むしろ清楚だ。この舞は映画全体の境い目にもなっているように感じた。

これはマタイ福音書の映画化なのだけれど、いま私は聖書の物語というより、闘いの物語を、あるいは、社会の物語を見ている。そんな感じがする。やはりそこがさすがパゾリーニなんだろう。

観る、というより、見る、見つめる。
音も言葉もあるが包み込まれはしない。


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