祈りを、うたにこめて

祈りうた(父子  子を「つかまえる」2)

子を「つかまえる」2



子離れはたぶん
親離れよりむずかしい

子はおむつ替えを忘れているだろう
親は子が二十歳になっても覚えている
尿でズシリと重たくなったおむつ
その匂いを 
尻の丸さを

子どものことが丸ごとわかる
そう思っていたのは幼稚園に上がるまで
それからあとは知らないことが増すばかり
それでも親は
下りのエスカレーターに乗りたがる
子は澄まし顔で上りに乗っているのに
ああ!



●ご訪問ありがとうございます。
 「子を『つかまえる』」を書いたのが、今年の一月でした。親たる自分は成長しなかったなと、呆れます。子どもたちとて行きつ戻りつしているのですが、目は前を向いています。親のように、記憶の沼底に昔のわが子の可愛い姿を探してなどいません。
 詩の最後の「ああ!」は、ほかに言葉がみつからなかったための嘆息です。




子を「つかまえる」

 親はいつまで子どもをつかまえていられるだろう。心配はずっと続くが、「つかまえる」ということで考えると、短い時間のように思う。
 息子が小一か小二のときのことだった。
 近所の遊び友達の中にちょっと苦手な子がいた。家に来ては我が物顔でふるまう子だと、息子は言っていた。
 その日、息子はたまたま家に居た私に「もし○○ちゃんたちが来たら、いないって言ってね」と頼んできた。私は承知した。とそのとき、その子を含んだ数人が、玄関の呼び鈴を鳴らしたのである。
 私は玄関口で、息子に言われた通りに告げた。けれど、その子らは納得しない。さっき家に入るのを見かけたとか何とかいう。私は困った。
 すると、後ろに隠れていた息子がいきなり顔を出して、「入んなよ」と、何事もなかったように家に招き入れたのだ。しょうがないなあ、という、妙におとなびた顔つきだった。
 私は唖然(あぜん)とした。ついさっき結構真剣な顔で頼み込んできたではないか。
 ―何十年も前のことを覚えているのは、たぶんこのとき、息子のなかに親がもう分からない心が生まれているのだと、初めて受け止めた体験だったからだろう。
 私自身、母に自分のことを全部話すということをしなくなったのは、小一のときのことだった。母べったりの子どもであったのに、である。
 その後も母は大事な存在であり続け、亡くなった今も心に大きく座を占めている存在である。けれど、まるごと分かられることを良しとすることは、できなかった。
 乳幼児の二十四時間を、母親はまるごとつかんでいるだろう。けれど、やがて、子どもは母の圏外に出ていく。つかまえて腕のなかに抱え込むことができなくなる時がくる。さみしいことだが。
  そうであるなら、いや、そうであればこそ、今を精いっぱいいとおしむこと、それが、親にゆるされることかと思うのである。
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