寓話 替え
1
携帯電話が水に落ち 電源が切れた
一瞬の事
ついさっきまで
使っていたのに
つながっていたのに
携帯ショップの店員が表情をかえずに告げる
─コノ携帯ハ壊レマシタ モウ使エマセン
使エマセン
使エマセン
─新シイノニ 替エテクダサイ
替エハ イッパイ 有リマスカラ
2
通勤電車がとつぜん止まり 車内アナウンスが響いた
─今ジンシンジコガ 起キマシタ
電車ハココデ止マリマス
止マリマス
止マリマス
─オ急ギノトコロ
ゴ迷惑ヲ オカケシマス
ついさっきまで
歩いていたのに
息を吸っていたのに
吐いていたのに
電車の車掌はこうアナウンスしたかったのか 本当は
─今ヒトガ死ニマシタ モウ動キマセン
動キマセン
動キマセン
─トンデモナイ事ガ 起コッテシマイマシタ
皆サン
ドウカ 死ナナイデクダサイ
電車ニ乗ッテ
無事ニ帰ッテクダサイ
アナタニ替エハアリマセン
アナタニ 替エナド アリマセン
あなたに替えなどありません
「相棒」というテレビ番組で、主役の刑事が犯人に向かっていった言葉、それが強くひびいた。彼はこういったのだ。「どんな理由があろうと、ひとには人を殺していい理由などありませんよっ!」
現在の状況に閉塞感(へいそくかん)がただよっているようだ。大声で叫びたい怒り、どこまでも沈んでいってしまいたい憂(うれ)い、歯噛(はが)みするばかりの哀しみなど、こころが素裸のまま嵐にさらされている。
自殺したいひとが、「人を巻き込んで死のうと思った。殺すのは誰でも良かったのだ」と云う。そんな事件が続いている。むごい事件の記憶が、わたしの血のなかにしみこんでいく。
「どんな理由があろうと、あなたにはあなたを殺していい理由などありませんよっ! まして、人を道連れにしようなんて」ーそうわたしの心が叫ぶ。
ーあなたに替えなどありません。だから、どうか生きてください。
おなじく、あなたの子どもにも、あなたの隣のひとにも、替えなどないの
です。だから、どうか殺さないでください。
●ご訪問
ありがとうございます。
「寓話」は、2021年8月に書きました。そのときより今の方が苦しい状況に思われます。「いのちに替えは無い」ことを、もう一度書きたいと思いました。