ただ聞くだけ―二〇二二年十月・告知
1
耳をうたがう
そんな言葉があった
こころの奥で絶叫しながら
告げられたひとの声を聞いている
平凡な日々がガラガラと音立てて崩れる
そんな言葉があった
体の芯が凍えていくのを感じながら
顔のこわばりを見せまいとしている
腕のぬくもりがこんなに伝ってくるのに
告げられたひとがずっと遠くで何か言っている
2
待っているがいい
告げられたひとのかぼそい声
揺らぐこころ
わたしのちいさな耳よ
わたしの安心がほしくて
聞きたいことばを求めてしまうあさましい耳よ
勇敢であれ いっしょに震えることにおびえるな
告げられたひとが待つ時間 こころが
言葉になるまでの時間 その長さに
3
告げられたひとの隣に座っている
ただそれだけ
告げられたひとが口をひらいたら
ただ聞くだけ
わたしの口よ
慰める言葉をすぐ探そうとするな
励ますことばをすぐ選ぼうとするな
ただ聞くだけ
わかったフリだけはするな
ただ聞くだけ② ―二〇二三年七月
1
朝
不安と憂鬱がまだこころを塞(ふさ)ぐ という
床のなかで手を組み 握りしめ
ずっと祈る という
今日へ出ていくまでに時間がかかる という
わたしはガスレンジに火をつける
フライパンに人参と長芋と卵とウインナー
食パンを焼き 待っている
病んだひとが勇敢に今日を始めるときを
2
この夏はなんとむごい夏だろう!
熱い空気が 朝の窓から病んだひとの血管を襲う
体がだるい という
食べ物がのどにしみるよう 下腹が痛む という
とがらすことが減ってきたわたしの耳
反響させることが少なくなってきた心のひだ
きっとこの暑さのせいだ とこたえる
気にしないほうがいいよ、あんまり と励ます
病んだひとの声の張り具合―大きさ、つよさ、高さ、陰りのすくなさ
それらをそっと計測しながら
★いつも読んでくださり、ほんとうに有難うございます。
たんぽぽの 何とかなるさ 飛んでれば
励まし合うために作った句です。時間は過ぎ、それとともに「病の受容」も少しずつ増えてきたようです。「治る」ということばに希望を置きながら、祈り合う日々です。