祈りを、うたにこめて

祈りうた(聖句つれづれ  死と罪の淵から)

聖句つれづれ 死と罪の淵から 


何の働きもない者が、不敬虔(ふけいけん)な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。
(新約聖書「ローマ人への手紙」、新改訳聖書)



洗礼

 先月の初め、三人の方が「洗礼」を受けました。その洗礼をとおして、わたしも、神の恵みをいただくことができました。洗礼式というのは、「式」という言葉がつく以上、儀式的な面をもっているわけですが、わたしには、洗礼式はいつも新鮮で感動的なものです。
 「洗礼」と題した詩を作ったことがあります。

 洗礼

水に浸かり あがる。
ただそれだけで 洗礼は終わる。
しずくとともに
涙のごときものがこぼれ
祈りの会堂に
賛美の声声が響く。
水につかり
上がる。
ただそれだけで
わたしの生涯に
はじめとおわりが
できる。

 洗礼の時というのは、受洗する方と一緒に神の恵みをいただける、そんな時です。―神がその愛で一人のひとのたましいを根底から揺すぶり、「これまでずっと善人だと思ってきたが、よくよくふり返ってみれば実は罪ある自分ではないか」と気づかせ、「これからの生き方をほんとうに悔い改めよう」と思う気持ちへ導かれる。そして、自分を恃(たの)み、ひとと比べて自分を誇ってしまう者、そういう者から、卑下するのでなく心からへりくだり、神を信じ、神に頼る者へと変え給うた、まさにその「奇跡」をあかしする時なのです。
 一人のひとが神を信じる、それ以上の「奇跡」はないと、わたしは思っています。
 その奇跡を、神がこの洗礼をとおしてまた見せてくださったのです。ですから、三人の方々には、「おめでとうございます」とお祝いすると同時に、「ありがとうございます」とお礼をいいたい気持ちなのです。



救いの証

 三十歳あまりのときのことになりますが、信仰が与えられて間もなく、教会で「あかし」をしたことがありました。「あかし」というのは、どのようにしてイエス・キリストと出会い、神を信じるようになったのか、ということを語ることです。

 *  
 
 わたしは、この八月に洗礼を受けさせていただいたばかりの者です。
 これからあかしをさせていただきますが、その前にひと言、教会員の皆さまにお礼を申し上げたいことがございます。
 それは、わたし、昨年の七月から今年の九月まで、病気のために会社を休んでおりましたが、この十月にふたたび職場に戻ることができました。それまでの一年三ヵ月、牧師先生をはじめ、教会の多くの方々が祈っていてくださいました。「祈りに支えられて」という言葉がありますが、文字どおり皆さまのお祈りに支えられて、ここまで来ることができました。この場をお借りして、お礼申し上げます。本とうにありがとうございました。
   
 わたしは、今年の三月十三日の朝、信仰を与えられました。
 この日はちょうど十三日の金曜日で、縁起にとらわれやすい臆病なわたしには、不吉な日であるはずのものでした。しかし、それが逆に、わたしには最も幸いな日となったのです。
 その朝、わたしは、会社に向かって電車に乗っておりました。当時、休職しているために頭が鈍ってしまわないように、との会社のご配慮で、週に二日か三日出社していたのですが、その日がちょうど出社日に当たっていたのです。
 このころ習慣として、朝の電車のなかでは聖書を読むことにしていました。下車駅までの四十分か四十五分、御言葉に触れ、学び、救われたいとおもっていたのです。「どうかわたしに、あなたの御言葉を分からせてください。どうか、へりくだった者に変え、わたしを救ってください。どうかわたしに、決定的な御言葉をお与えください」と、おかしな話ですが、まだ信じていない神さまにお祈りしながら読みました。
 その朝、なぜか急に「ローマ人への手紙」が読みたくなりました。その日までは別の箇所を読んできていましたので、続けてそれを読むはずでした。ところがとつぜん、「ローマ人への手紙』が読みたくなったのです。
 わたしは一瞬ためらい、しかし何かしら強い力に促されて、その箇所を読むことにしました。第一章から読み始めました。
 一節一節読んでいくのですが、その朝に限って、速度がひどく遅く感じられました。一行一行、いえ、一語一語、言葉がわたしに迫ってきて、先に進むことができない、という感じでした。不思議なことですが、わたしが聖書を読んでいるというのではなく、たれかがわたしの前に立って、一つひとつの言葉を指でさし示しながら読ませてくれているような気がしました。
 時間がゆっくりと、濃密に移ってゆくのが感じられました。
 そして、第四章に来ました。新約聖書「ローマ人への手紙」四章の五節です。
   
何の働きもない者が、不敬虔(ふけいけん)な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。
   
  「何の働きもない者」、それはまさにわたしでした。会社を休み、月々社会保険事務所から支給されるお金で生活しているわたし。自分の病のことだけでいち日が明け、暮れていくわたし。何の生産性も、社会性もないわたし。そんなわたしでも、ただ神を信じ、「わたしを助けてください」とお願いすれば、そうしさえすれば、神さまはそのわたしを受け入れてくださる、というのです。
 わたしはドキリとし、その御言葉の前に立ちすくみました。絶望と希望の間で揺らぎつつ、けれど待ちに待ったわたしにとっての「決定的な一語」が、ついに示されたのです。
 その御言葉は、休職中の無力なわたしを救ってくださっただけではありませんでした。というより、そんなわたしも含めて、「わたしという存在」そのものを丸ごと認め、「おまえは生きていてよいのだよ」と言ってくださったのです。二十歳のときから十年間、わたしが求めてきたものは、自分の生きる理由でした。生きていてよいという許しと、生き続けてゆく根拠でした。
 いち日生きることは、ひとつ罪を増し加えることだとおもっていました。自分は生きるに価しないばかりか、かえって害になる存在だとさえおもっていました。作家の太宰治は自分の罪について「生まれてきてすみません」という言葉で表現しましたが、その言葉に深く共感するところがありました。そんなわたしを、この御言葉が救ってくださったのです。
 この十年、ほとんど毎日死を思い、また実際に死に損なったことが一度ならずありましたが、今は、この御言葉に出会うためにこの十年が必要だったのだとおもっています。死なずに、生きてきてよかったとおもいます。
 昨年の五月、わたしは初めてこの教会を訪れました。そのときのわたしは、人生をほとんど諦めていました。わたしが変わること、わたしの人生が変わること、暗闇のなかでなく、光のなかを歩むようになること、そんなことは不可能だ、とおもっていました。そのわたしに、牧師が、「あなたには確かに不可能です。しかし、神さまには可能です。いえ、神さまだけが可能なのです」とおっしゃったのです。思えば、神さまに見いだされるまでのこの十ヵ月は、このときに言われた言葉を納得するためにあった気がします。わたしには不可能でした。しかし、神には可能なのでした。
  
 信仰が与えられてまだ七ヵ月です。これからどのような試練にあうかも分かりません。しかし、どのような苦しみにあおうとも、このことだけは信じます。「この信仰はわたしが選んでもったものではなく、神がわたしを見いだしてくださったのだ」ということを。
 三月十三日金曜日の朝、わたしの前に立たれ、「ここにお前のための言葉があるよ」と言ってくださった方、それはイエス・キリストご自身だったのです。



「自分教」信者のつぶやき

重い病気になったからって神ヲ信ジルことはないよ
事故で死にそうな目にあったからって神ヲ信ジルことはないよ
大事なひとがみんないなくなったからって
家も財産もみな失くしたからって 神ニスガルなんてことはしないよ

苦しいときこそ、かなしいときこそ歯をくいしばり
ナニクソ! って思わなくちゃ
負けてたまるか、かならず立ち上がってみせるぞって
弱ったときに自分を頼らなきゃいったい誰を頼れるっていうんだ!



御言葉の直撃

 ひとりの人が「自分教」を棄てて神に救われるまでにどのような道すじをたどるか、それは実にさまざまでしょう。わたしの場合、十年以上の間、「死と罪の淵」でもがき続けてきたのでした。しかも、きっといつかはその淵からぬけだせるという望みもなく、です。
 二十五歳のときに作った詩に、「雙六(すごろく)」と題した詩があります。

雙六


墓地は

坂の上に ある。

 人生は、長くつらい上り坂である。ニンゲンは、その坂を苦しんでのぼっていく。しかし、その苦しみは決して報われることがない。努力など意味がない。苦しみの果てに待っているのは、「死」だけである。すべては、「ハイ、一丁上がり!」でおしまいになる。人生というのは、ついに徒労に終わるしかない、滑稽なゲームなのだ。―そんな悲観的な暗い思いをこの詩にこめたのですが、この人生観が、それまでの自分とそれ以後の自分の、およそ十年を支配してきたのです。自分の命は自分で決裁する、そんな傲慢さも潜んでいました。苦しみでさえも自分だけを恃(たの)みとする「自分教」そのものでした。
 そんなわたしに対して、イエス・キリストは、御言葉によって「ノー」とおっしゃいました。「何の働きもない者が、不敬虔(ふけいけん)な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。」という御言葉によってです。
 それはまさに、「御言葉による直撃」でした。
 その強烈な「ノー!」によって、それまでのわたしを覆っていたもの、つまり、ニヒルな気分や思いが取り払われたのです。三十歳の春でした。
 通勤電車から降りたとき、ある言葉が思い浮かびました。それは、「ああ、これでやっと自分のことばかりではなく、ひとのことも少しは考えられるな…」というものでした。肩にのっていた「自分(エゴ)」という重荷をおろせた、「自分教」という「宗教」からやっと解放された、そんな気がしました。
 こんなふうに言うと、今のわたしがいかにもエゴでない、愛ある者に映るかもしれませんが、残念ながら、それは違います。今もやはり問題や失敗の多い者で、毎日が「助けてください。独りよがりの暴走や臆病ゆえの身勝手さを止めてください」という祈りなくしては過ごせないほどなのです。けれど、不思議にこのときだけはそんな思いになれたのです。十字架のもとに荷が下ろせた、そんな気がしたのです。


生きる目的
 今、わたしの人生には「目的」があります。
 職場での事故で全身打撲傷を負った体は、依然として疲れやすく、健康そのものとはいえないかもしれません。ストレスもたまりやすいので、心のつかえも起こりがちです。それでも、わたしの人生には目的がある、と言えるのです。なぜなら、わたしが最悪のときに―いつ死んでも不思議でなかったほどに体も心も病んでいたときに、イエス・キリストがわたしを抱き締めてくださったからです。
 ―お前はたしかにつまらない者で、これからも悩み苦しむことが多いだろう。これまでひとを苦しめてきた。かなしませてきた。傷つけてきた。その多くの「罪」をわたしは知っている。
 だが、お前は、それを悔いた。悔いて、申し訳ありませんと謝った。その罪の悔い改めをわたしはきいた。お前は独りよがりでお節介者だから、これからも失敗をたくさんするだろう。ほんとうの心配りができず、結果としてひとを傷つけてしまうこともあるだろう。だれかの役に立つことは少なく、迷惑をかけることのほうが、うんと多いだろう。
 しかし、それでもお前は「イエスさま!」と、わたしの名を呼んだ。そして、「イエス・キリストを信じます」と告白した。確かにそれをきいた。わたしは、その信仰告白を決して無にしない。わたしは、いつもお前の傍らにいる、そう約束する。つらければ、背負ってもあげよう。
 だから、お前は、これからわたしのために生きなさい。生き続けなさい。わたしに従い、わたしの良い知らせ(福音)を伝えるために、お前自身の生涯を用いなさい。顔を上げて。
―そう言ってくださったのだと、思っているからです。
 「わたしの恵みはあなたに十分です」という御言葉があります。「恐れるな。わたしがあなたをあがなったのだ」という御言葉があります。そして、「この希望は失望に終わることがありません」という御言葉があります。これらの祝福の御言葉・励ましの御言葉が、これからもわたしを支え、導いてくださる―そう信じます。

 最後にもうひとつ、詩を紹介させてください。「ねがい」と題した詩です。

    
ねがい

ちいさなわたしよ
ちいさな仕事を
ひっそりとしよう
― 一人の
ちいさな心に
種をまく
匂いやかな
種をまく
そんな仕事を
一生かけて
ひとつだけ しよう

 これが、神さまからいただいた、わたしの人生の「目的」です。




神は愛です。(聖書)
★いつも読んでくださり、ほんとうにありがとうございます。


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