どうも。安定のDontenです。
今回は、あまり詳しくないことですが、少々はなしをば。
クリスマスはキリスト教の行事ですが、西暦では、もともと正月がキリストの誕生日だったようです。
↓wikipediaより抜粋・一部脚色。
『クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝う記念日であるが、イエスの誕生日は知られていない。
この祭りは西方で始まり、12月25日に行われた。
また、クリスマスに付随する習俗の多くは、キリスト教の教義とは無関係であり、キリスト教が布教されるにあたって土着の習俗を飲み込んでいったことを物語る。
たとえばクリスマスツリーを飾る習慣は15世紀に南ドイツで現れ、イギリスに渡り、そこからキリスト教社会に広がったもの。
サンタクロースは聖ニコラスの伝説や、イギリスの Father Christmass の伝承などを使ってニューヨークの百貨店が19世紀に作り上げ、世界中に広まったキャラクターである。
クリスマスリースなどはフランスなどで飾られている。』
キリストの誕生日が少しずれたのは、諸説があるからだとか、ないとか。
また、キリスト教の国ではクリスマスは家族で過ごして新年のパーティは友人たちと過ごすようですよ。
文献が見つからなかったけど、こう言われているようです。
うん。去年の記事には、第2の誕生とか書いたけど、第2の誕生はイースターのことで3月~5月だった。
↓wikipediaより抜粋。
『復活祭(ふっかつさい)とは、キリスト教の典礼暦における最も重要な祝い日で、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念する。「復活の主日」、あるいは英語で「イースター(en:Easter)」とも言われる。
復活祭は基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日である。2011年の復活祭は西方教会も東方教会も同日であり4月24日であるが、年によっては東西教会で復活祭を祝う日は異なる事も多い。
一方、復活祭を表す英語「イースター(Easter)」およびドイツ語「オーステルン(Ostern)」はゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」の名前、あるいはゲルマン人の用いた春の月名「エオストレモナト(Eostremonat)」に由来しているといわれる。
実際、復活祭の習慣の中には、このゲルマン人の祭りに由来すると思われるものがあり、復活祭に色をつけた卵を配るイースター・エッグや多産の象徴であるウサギ(イースターバニー)が復活祭のシンボルである。 あるいは、卵は殻をやぶって雛が生まれることから復活を表し、うさぎは(特に岩うさぎ)その目が、月を思い起こさせ、月は欠けて見えなくなっても、また新月から三日月、そして満月となることからやはり復活を表すものとして、キリストの復活のシンボルとされている。』
一方、アジアなど宗教が違うところでは、どのように新年を迎えていたのでしょうか?
↓正月の歴史。wikipediaより引用。
『中国の”正月”は太陰暦の1月を指す。
古代ローマでは1年は10か月で March が初月、1st March が正月(新年初日)であった。
紀元前713年頃、ヌマ・ポンピリウスにより January と February が加えられ、1 January が正月(年の暦は、January から December、現代英語を含むラテン語派生系言語の7月から12月は、ラテン語:(例として英語では)September, 7番目、October, 8番目、November, 9番目、December, 10番目、の意味))になったが、執政官には紀元前153年まで使われなかった。
紀元前45年、ユリウス・カエサルがユリウス暦(閏年が無い)を導入、1 January がグレゴリオ暦同様、正月(新年初日)になった。
クリスマス様式の暦では、12月25日が正月で、ドイツとイングランドで13世紀迄使われており、スペインでは14 - 16世紀に導入された。
受胎告知(3月25日)を新年とする暦は、ルーマニアドブロジャ 生まれの僧侶、ディオニュシウス・エクシグウス により西暦525年に導入され、中世ヨーロッパの多くの地域で用いられていた。グレートブリテン王国では、1752年1月1日まで採用されていた(スコットランドを除く、スコットランドは1600年1月1日に、割礼祭様式の暦(1 January を正月とする)を用いていた)。後にイギリスはユリウス暦からグレゴリオ暦となるが、現在でもイギリスの税制年度は4月6日(3月25日+12日;11日はユリウス暦から、グレゴリオ暦への差日分、+1日は1900年の閏日)を新年としている。
wikipediaとは関係ない話ですが、女性が妊娠してから子供生まれるまで約10か月かかるという話をいま思い出しました。なんか納得。
イースター(復活祭)の土曜日(または聖金曜日)を正月とする暦は、フランスで11世紀 - 16世紀に使われていた イースターは移動祝日で、同じ日付は隔年ごとに来る。
古代のローマ暦の 1 March を正月とする暦は、ヴェネツィア共和国で1797年まで、ロシアで988年 - 15世紀の終わりまで用いられていた、ロシアでは15世紀の終わりから1700年の西暦導入まで、9月1日が正月だった(ロシアではそれ以前、神話的世界の創造から年を数えていた)。
カトリック教会の典礼暦では待降節初日が一年の始まりとされてきた。
フランス共和暦(1793年 - 1805年まで用いられた)では、秋分(通常9月22日)を正月(新年初日)とした。
中国では「正月」は太陰暦の1月を指す。日本での正月は中国では「正月初一」または「大年初一」いわゆる春節である。』
日本や中国では旧暦、つまり太陰暦や季節の区切りで決めていたようです。
つまり、「1月すべてが正月」だったわけです。
↓wikipediaより抜粋。
『「正月」とは、本来旧暦1月の別名である。改暦後は新暦1月を意味することもある。
現在は「三が日」または「松の内」と混同して使用することが多いが、1月31日までが正月である。
松の内は元々は1月15日までだったが、現在は一部地域では1月7日までに短縮している。』
日本では、次のような習慣があります
↓wikipediaより引用
『正月には前年お世話になった人や知人などに年賀状を送る習慣があり、お年玉つき年賀はがきの抽選日までを正月とする習慣も多い。元来は年の初めに「お年始」として家に挨拶に行ったり人が訪ねて来たりするはずのものが簡素化されたものとも言える。1990年代末頃から携帯電話が普及したこともあり、年賀状でなくメールなどで済まされることが多くなってきている。また、新年最初に会った人とは、「あけましておめでとう(ございます)」という挨拶が交わされる場合が多い。これは、英語圏の「ハッピー・ニューイヤー(Happy New Year)」が主に年末に言われるのとは異なり、新年になってからでなければ言われない。年末に、来年になるまで会わないだろう人とは、「よいお年を」という挨拶がよく交わされる。
かつては夏の盆と対応して、半年ごとに先祖を祀る行事であった。しかし、仏教の影響が強くなるにつれ、盆は仏教行事の盂蘭盆と習合して先祖供養の行事とし、対する正月は年神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」として位置付けられるようになった。
数え年では1月1日に歳を1つ加えていたことから、正月は無事に歳を重ねられたことを祝うものでもあった。満年齢を使うようになってからはそのような意味合いはなくなり、単に年が変わったこと(新年)を祝う行事となっている。
喪に服している場合は正月を行わない風習があり、この場合、事前に喪中欠礼の葉書を送った上で、年賀状を送ったり受けたりすることもなくなる。』
wikipediaで調べたら、こんな感じでした!
正月や新年を祝う様式は文化や宗教によって違いますが、新年を祝う気持ちは万国共通のようです。
ではでは、よいお年を!
とかいいながら、年内にまた更新したりして。
旧カテゴリー:推定2012回目の誕生日
今回は、あまり詳しくないことですが、少々はなしをば。
クリスマスはキリスト教の行事ですが、西暦では、もともと正月がキリストの誕生日だったようです。
↓wikipediaより抜粋・一部脚色。
『クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝う記念日であるが、イエスの誕生日は知られていない。
この祭りは西方で始まり、12月25日に行われた。
また、クリスマスに付随する習俗の多くは、キリスト教の教義とは無関係であり、キリスト教が布教されるにあたって土着の習俗を飲み込んでいったことを物語る。
たとえばクリスマスツリーを飾る習慣は15世紀に南ドイツで現れ、イギリスに渡り、そこからキリスト教社会に広がったもの。
サンタクロースは聖ニコラスの伝説や、イギリスの Father Christmass の伝承などを使ってニューヨークの百貨店が19世紀に作り上げ、世界中に広まったキャラクターである。
クリスマスリースなどはフランスなどで飾られている。』
キリストの誕生日が少しずれたのは、諸説があるからだとか、ないとか。
また、キリスト教の国ではクリスマスは家族で過ごして新年のパーティは友人たちと過ごすようですよ。
文献が見つからなかったけど、こう言われているようです。
うん。去年の記事には、第2の誕生とか書いたけど、第2の誕生はイースターのことで3月~5月だった。
↓wikipediaより抜粋。
『復活祭(ふっかつさい)とは、キリスト教の典礼暦における最も重要な祝い日で、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念する。「復活の主日」、あるいは英語で「イースター(en:Easter)」とも言われる。
復活祭は基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日である。2011年の復活祭は西方教会も東方教会も同日であり4月24日であるが、年によっては東西教会で復活祭を祝う日は異なる事も多い。
一方、復活祭を表す英語「イースター(Easter)」およびドイツ語「オーステルン(Ostern)」はゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」の名前、あるいはゲルマン人の用いた春の月名「エオストレモナト(Eostremonat)」に由来しているといわれる。
実際、復活祭の習慣の中には、このゲルマン人の祭りに由来すると思われるものがあり、復活祭に色をつけた卵を配るイースター・エッグや多産の象徴であるウサギ(イースターバニー)が復活祭のシンボルである。 あるいは、卵は殻をやぶって雛が生まれることから復活を表し、うさぎは(特に岩うさぎ)その目が、月を思い起こさせ、月は欠けて見えなくなっても、また新月から三日月、そして満月となることからやはり復活を表すものとして、キリストの復活のシンボルとされている。』
一方、アジアなど宗教が違うところでは、どのように新年を迎えていたのでしょうか?
↓正月の歴史。wikipediaより引用。
『中国の”正月”は太陰暦の1月を指す。
古代ローマでは1年は10か月で March が初月、1st March が正月(新年初日)であった。
紀元前713年頃、ヌマ・ポンピリウスにより January と February が加えられ、1 January が正月(年の暦は、January から December、現代英語を含むラテン語派生系言語の7月から12月は、ラテン語:(例として英語では)September, 7番目、October, 8番目、November, 9番目、December, 10番目、の意味))になったが、執政官には紀元前153年まで使われなかった。
紀元前45年、ユリウス・カエサルがユリウス暦(閏年が無い)を導入、1 January がグレゴリオ暦同様、正月(新年初日)になった。
クリスマス様式の暦では、12月25日が正月で、ドイツとイングランドで13世紀迄使われており、スペインでは14 - 16世紀に導入された。
受胎告知(3月25日)を新年とする暦は、ルーマニアドブロジャ 生まれの僧侶、ディオニュシウス・エクシグウス により西暦525年に導入され、中世ヨーロッパの多くの地域で用いられていた。グレートブリテン王国では、1752年1月1日まで採用されていた(スコットランドを除く、スコットランドは1600年1月1日に、割礼祭様式の暦(1 January を正月とする)を用いていた)。後にイギリスはユリウス暦からグレゴリオ暦となるが、現在でもイギリスの税制年度は4月6日(3月25日+12日;11日はユリウス暦から、グレゴリオ暦への差日分、+1日は1900年の閏日)を新年としている。
wikipediaとは関係ない話ですが、女性が妊娠してから子供生まれるまで約10か月かかるという話をいま思い出しました。なんか納得。
イースター(復活祭)の土曜日(または聖金曜日)を正月とする暦は、フランスで11世紀 - 16世紀に使われていた イースターは移動祝日で、同じ日付は隔年ごとに来る。
古代のローマ暦の 1 March を正月とする暦は、ヴェネツィア共和国で1797年まで、ロシアで988年 - 15世紀の終わりまで用いられていた、ロシアでは15世紀の終わりから1700年の西暦導入まで、9月1日が正月だった(ロシアではそれ以前、神話的世界の創造から年を数えていた)。
カトリック教会の典礼暦では待降節初日が一年の始まりとされてきた。
フランス共和暦(1793年 - 1805年まで用いられた)では、秋分(通常9月22日)を正月(新年初日)とした。
中国では「正月」は太陰暦の1月を指す。日本での正月は中国では「正月初一」または「大年初一」いわゆる春節である。』
日本や中国では旧暦、つまり太陰暦や季節の区切りで決めていたようです。
つまり、「1月すべてが正月」だったわけです。
↓wikipediaより抜粋。
『「正月」とは、本来旧暦1月の別名である。改暦後は新暦1月を意味することもある。
現在は「三が日」または「松の内」と混同して使用することが多いが、1月31日までが正月である。
松の内は元々は1月15日までだったが、現在は一部地域では1月7日までに短縮している。』
日本では、次のような習慣があります
↓wikipediaより引用
『正月には前年お世話になった人や知人などに年賀状を送る習慣があり、お年玉つき年賀はがきの抽選日までを正月とする習慣も多い。元来は年の初めに「お年始」として家に挨拶に行ったり人が訪ねて来たりするはずのものが簡素化されたものとも言える。1990年代末頃から携帯電話が普及したこともあり、年賀状でなくメールなどで済まされることが多くなってきている。また、新年最初に会った人とは、「あけましておめでとう(ございます)」という挨拶が交わされる場合が多い。これは、英語圏の「ハッピー・ニューイヤー(Happy New Year)」が主に年末に言われるのとは異なり、新年になってからでなければ言われない。年末に、来年になるまで会わないだろう人とは、「よいお年を」という挨拶がよく交わされる。
かつては夏の盆と対応して、半年ごとに先祖を祀る行事であった。しかし、仏教の影響が強くなるにつれ、盆は仏教行事の盂蘭盆と習合して先祖供養の行事とし、対する正月は年神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」として位置付けられるようになった。
数え年では1月1日に歳を1つ加えていたことから、正月は無事に歳を重ねられたことを祝うものでもあった。満年齢を使うようになってからはそのような意味合いはなくなり、単に年が変わったこと(新年)を祝う行事となっている。
喪に服している場合は正月を行わない風習があり、この場合、事前に喪中欠礼の葉書を送った上で、年賀状を送ったり受けたりすることもなくなる。』
wikipediaで調べたら、こんな感じでした!
正月や新年を祝う様式は文化や宗教によって違いますが、新年を祝う気持ちは万国共通のようです。
ではでは、よいお年を!
とかいいながら、年内にまた更新したりして。
旧カテゴリー:推定2012回目の誕生日