えびみそのタイ冒険

2020年末にタイに移住し、自分と向き合う毎日を送る45歳の青年"えびみそ"の物語。

#33 真心ストーリー

2021-12-05 09:32:00 | 真心
ある知人の話。

彼は、若い時にしばらく都会で働き、少し歳を取ってから地元の田舎に帰ってきた。

彼の都会での仕事は、とある若者向けショッピングモール内にあるファッション衣料品店のマネージャー。
ある有名なブランドショップの販売員である。

この業界は厳しい。

競争も激しいが、彼はマネージャーというポジションで、毎月の販売実績を厳しく銀座の本店から管理されていた。

競争は、もちろん同じようなショップの並ぶショッピングモール内、そして表通りの衣料雑貨店。それどころか、その地域一帯に及ぶ。

若い店員達は、始めのうちはオシャレな衣服やアイテムに囲まれ、駅前一等地にあるそのショッピングモールの華やかな雰囲気に目を輝かせて毎日やってくる。
しかし、そんな楽な仕事ではない。
給料は安く、ノルマも課せられる。
仕事の後は、遅くまで業績の確認や、店内の商品配置換え、反省会がある時もある。
このご時世、思ったように売れない背景もあり、給料も上がらない。
結局、夢のない仕事なのだ。
見かけだけ。

しかし、彼はなかなか才能があった。
始めのうちから何となく店に馴染み、お客と仲良くなり、何となく売れる。
彼の見た目も悪くなかった。
背も高く、穏やかで、いつも言葉少なに優しく微笑んでいるような印象だった。
あれよあれよと、マネージャーになって、お店を任されるようになった。

そして何年も過ぎた。

入ってきては、死んだ目をして辞めていく何百という若者たち。
ショップに見に来ようともしない、現実を知らない本店の営業マン達。

彼は小さくない業績を残し、そのショップを去った。

彼を慕う若い店員達は、彼のことを惜しみ、心から残念がっていた。
近所の居酒屋チェーン店で、ささやかな送別会を開いてくれ、みんなの顔を見ながらなんとなく、「田舎に帰ろう」と思った。

そして、
本当に久しぶりに地元の土を踏んだ。
お店では殆ど休みがなく、たまの休みは家事や雑事。
本当に帰る時間がなかったのだ。

彼の地元は、とある瀬戸内海の小さな島。

漁港と海の匂い、
野良猫、
そしてお年寄り達。

懐かしかった。
でも、そこには何もなかった。

島を歩いた。

平日、
田舎道は車が通ることもまばら。
隅々まで歩いて、
学校を見かけた。

学校があるのだ。

中学校だろうか、
高校だろうか。

若者がいるのだ。

当然のことかもしれないが、なぜか勝手に若者はみんな出ていってしまっていると思い込んでいた。

校庭には生徒の影は見えないが、学校はやっているように見える。

彼は、自宅に戻り、あることを始めた。

何か?

お店を開いた。

小さなTシャツ屋。

東京に長年のツテがあったので、商品を揃えることにはさほど苦労はない。

店舗は、父の知り合いの地元の漁師が昔使っていたボロボロの倉庫をただ同然で使わせてもらえることになった。
中を綺麗にして、壁紙を貼り、木材をどこからか大量にもらってきて、商品を並べる棚や、支払いカウンターの机を作った。
慣れない日曜大工では、塗料を買ってきて、それらに色も塗った。
あまり上手く行ったようには見えなかったが、なんとなく味があるようにも見えた。

場所ができると、商品が届き、それを並べると、なんとなくそれっぽくなった。
Tシャツも、東京から仕入れた、彼が厳選したアイテムばかりだった。
この島の収入でもお小遣いで若者達が買えるように、価格にも気を使った。

場所はあまり良い立地ではなかった。
最初のうちはお客も来なかった。

あの日学校を見かけてから、道端で時々制服を着た生徒たちを見かけることはあったが、彼らがどれくらいいるのか、そんなものに興味があるのかどうか、全く分からなかった。

ただ、のんびり待った。

彼には急ぐ必要はない。
東京では、殆どお金を使う時間がなかったので、貯蓄ならたくさんある。
久しぶりの実家暮らしで、東京にいた時のようなべらぼうな家賃を毎月支払う必要もない。
3度の食事も、母親がいつも父親に作っているものをもう一人前多く作るだけで、大した労力ではない。
彼は背は高かったが、とても痩せていて、もともとそんなに多く食べるほうではなかった。
ここには魚や山菜が山ほどある。

彼は毎日お店に通った。
10時にお店を開き、17時に閉めた。
毎日全く同じ時間にそのお店に座っていた。

店内の埃を払い、
Tシャツをたたみ直し、
誰も来なくても時々商品の配置換えをし、
店先を掃除した。
ついでに店の外の辺り一帯を掃いた。

誰も来なかったが、
そうしていると何だかとても落ち着いた。

Tシャツを眺め、
東京のお店の若い店員達を思い出し、
まだ見ぬ島の若者達を想像した。

時々、
店を閉めた後に、島の反対側の砂浜に出かけ、
しまなみに沈む夕陽を座って眺めた。

こんなにのんびりしたことはこれまで殆どなかった。
東京で働いていた時、
毎日、毎週、毎月、とても忙しくて、
のんびりするなんて考えたこともなかった。

ある時同じように夕陽を見て、
いつも使っている錆びた自転車でなんとなく店舗に戻ってみた。
いつもはそのまま家に帰るのだが、その日はただなんとなくお店に戻ったのだ。
たまにはそんな時もある。

すると、不思議なことがあった。

薄暗くなった店舗の前に、若者が3人、遠くから店を眺めていたのだ。

制服を着たままだった。
あの学校の生徒だろう。

こっちが先に気がついた。
お店に近づくと、向こうもこちらに気がついた。
彼は、東京の店舗で働いていたあの時と全く同じように、笑顔で若者達に声をかけた。

「見ていく?」

3人は、みんな男の子。
やはり中学生だった。

ー続くー



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