二人の距離、ラストです。
すごく長いです…
因みにはっきり書かなかったけども、二人のプロフィール。
大沢元(はじめ)、31歳
松丘美幸、27歳
山の上の公園の、イルミネーション初日。
朝からよく晴れて、冷え込んでいた。
夕方、彼との待ち合わせは、最寄り駅の公園側出口、改札横。
待っていると、次々と人が出て来る。
待ち人と会えた人、待ちわびる人…さまざまな人がいた。
待ちわびた彼を見つけて、ばあっと顔が上気する女の子。
私も、彼が来たらあんな顔をするのかな。
彼と二人で歩いたら、彼氏と彼女に見えるのかな。
待ち合わせの時間が迫ってしまって、急いで駅の階段を降りた。
彼女との待ち合わせは、駅の改札横。
駅の階段は、イルミネーションを見るために電車を降りた人で、混み合っていた。
急いで走りたくても、走れない。
改札を出てパッと右側を見ると、改札を見ていた彼女と目が合ったので、大きく手を振った。
近づくと、結んでいた口元がほころび、ばあっと笑顔になる。
今日の彼女は、いつもと同じ、髪は緩くまとめて1つにしている。
いつもと違うのは、首もとのスヌードと同じ、ワインカラーのバレッタで髪を留めていることだった。
「待たせちゃってごめん」
「…そんな、待ってないです。走って来たんですか?大丈夫ですか?」
「大丈夫。いや、とにかく人が多くて。じゃ、行こうか」
「はい」
彼が改札から出てきた時、すぐに分かった。
前に見かけて好きだった、濃いグリーンのコートを着てたから。
仕事の時と違うのは、中が赤いパーカーだったこと。
急いでくれたのか、息を切らし気味で彼が近づいた時、髪に目が行ったのが分かった。
このバレッタは、研修期間中にたまたま通ったお店のウインドウで、欲しいんです、と営業途中の彼に見せたもの。
あれから、自分で買った。
でも、そんなこととっくに忘れてるよね…
山の上の公園、と言うだけあって、公園は山の中腹にある。
山と言っても、広々とした丘陵のような場所だ。
駅から途中までは幹線道路で広い。
けれど、公園入口の曲がり角からは、そこまで広くはないため、人がごった返していた。
「すごい人だね。ぶつかってない?大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫ですけど、さっきからぶつかってます」
横を歩いてるはずの彼女が、脇を通る人に押されがちで、すぐ遅れてしまう。
はぐれたらまずい。
半歩後ろになった彼女の手を掴み、引っ張ってから握った。
「こうしてれば、はぐれないから」
彼女が一瞬驚いた顔を見せたけれど、すぐぎゅっと握り返してついて来た。
ちらりと見えた、ワインカラーのバレッタ。
見覚えがある…
横に並んだ彼女に尋ねた。
「それ、買ったんだね。欲しいって言ってたのでしょ。今日の髪に合ってる」
公園入口で曲がってから、ものすごい人になった。
次々とぶつかられて、彼から遅れてしまう…
「ぶつかってない?大丈夫?」って聞かれたけど、これじゃ、人に流されそう。
流されかけて半歩下がったとき、彼の腕が伸びた。
私の腕を引っ張って、手を繋ぐ。
「こうしていれば、はぐれないから」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
彼と、手を繋いでる?
はっとしてから、ぎゅうっと握り返してついて行く。
はぐれないため-それは分かってる。
でも、今繋いでる手は、ずっとずっと繋がりたいと願ってた彼の手なんだ…
ドキドキと早い鼓動が、繋いだ手から伝わりそうだった。
「それ、買ったんだね」
「え?」
「欲しいって言ってたのでしょ。今日の髪に合ってる」
「今日の髪?」
「この、バレッタ。綺麗な色だね」
「あの、覚えててくれたんですか」
「うん、まあ…これ、俺の好きな色だから」
知ってる。
あなたが、赤やワインカラーが好きだってこと。
ずっと前から知ってる。
だから、あの時見せたの。
でも、覚えててくれたなんて。
目の奥がつん、としてきた。
いけない、涙が出そう。
こんなことで泣いてちゃダメ。
彼の前で泣いてばかりじゃない。
振り切るように顔を上げると、イルミネーションのある広場に着いた。
目の前に広がるきらきらした景色に、圧倒された。
「綺麗…」
思わず目を見開き、立ち止まって繋いでる手にぎゅっと力をこめた。
「あっちに、見渡せる場所があるよ」
彼の手に引かれ、展望スペースに向かった。
バレッタのことを尋ねたら、俺が覚えてたのに驚いたみたいだ。
ほんとは、以前見た時したら似合うだろうなあって思ってた。
今日見たら、やっぱり似合ってたな。
俺の好きな色…
だから?
俺の好きな色を、してきたのか。
似合うって言ったら、泣きそうに見えた。
口をきゅっと結んでる時は、泣くのを我慢する時の癖。
研修の時に気がついたけど、彼女には言わなかった。
広場に着くと、目の前に広がるのはきらきらとした花畑。
左右にも奥にも、広大な光の海。
案内板を見て彼女を、展望スペースに誘った。
人が多かったから、展望スペースに行くまでにだいぶ時間がかかった。
スペースと言う名前には似合わない、だだっ広いそこは、イルミネーション広場を見下ろせるくらい、高くなっていた。
広場の歩道には人が集まっていたけれど、ここはさらに遠いのに、思っていたより人がいた。
イルミネーションが一望出来るからか…カップルだらけだったけれど。
「こっち、空いてる」
彼に引っ張られ、手すりのある場所の端に立った。
右側に大きな木があるから、眺望はいま一つだけど、それでもイルミネーション広場がよく見える。
「綺麗だねえ」
彼がふう、とため息をついた。
彼の横に立って、イルミネーションを眺める。
嘘みたい。
ちょうど3年前の今頃、異動して行った彼にメールした。
彼からの返事がショックで、どんよりしたクリスマスだったのを、覚えてる。
それが、今横に立って彼の横顔を見てるなんて。
…気づいたら、私はイルミネーションじゃなくて彼の方ばかり見ていた。
イルミネーションをみる俺を、彼女がずっと見てる。
それをずっと感じていて、今が気持ちを伝える時だと分かっていた。
でも、きっかけがなかなか訪れない。
「あの…」
「あの…」
二人同時に声を出して、思わず彼女を見た。
「ごめん…」
「いえ、私こそごめんなさい。あの、お先にどうぞ」
いくら優柔不断な俺でもこれはちゃんと話さないと。
「3年前に、きみにあんなことを言ったくせに、向こうにいる間一番気になってたのは、きみのことだったんだ」
彼女が、じっと俺の目を見て聞いていた。
「でも、思い出して浮かぶ姿は、涙ぐんでるきみで…それで繰り返し思うんだ、なぜあの時涙を拭ってやれなかったのかって」
彼女の目元が少し、潤んでいるように見えたけれど、口元をきゅっと結んでる。
「こんなこと、今さらだけど」
彼が、繋いでる手にぎゅっと力を込めた。
「あの時から、いやもっと前からきみが気になって…好きになってた」
「なのに、メールであんな返事なんかして」
「その上、何もなかったみたいな顔して戻って来て…」
「嫌な思いをさせたんじゃないか、傷つけたんじゃないかって…ずっと気になってたんだ」
「嫌な思いなんて…」
彼の言ってくれた言葉を聞いて、我慢してたつもりだったのに、もう目尻に涙が溜まっていた。
ダメ。ちゃんと彼に気持ちを伝えるまでは、泣いたらダメ…
「メールの返事は悲しかったけど、大沢さんが戻って来てまた会えて、私は嬉しかったんです。でも…」
「近づいて、また振られたらって思うと、こわくて…」
我慢出来なくなって、目尻からポロッと雫が落ちた。
「…振ったりなんか、しないよ」
彼が指で、涙を拭ってくれた。
「…いいんですか、ほんとに?」
「なんで聞くの?」
「こんな、ずっと追いかけて、すぐ泣いて…面倒じゃないかなって」
もう、止められない。
彼の手を握りしめて、頬に涙が伝った。
「こんな、ずっと追いかけてくれて、泣き顔が綺麗で。いつもきみのことを考えてしまう。だから、好きだって言ったんだよ」
言葉が出て来なくて、彼の腕に顔を寄せて、涙を堪えた。
「ごめんなさい…悲しくないのに、嬉しいのに止まらないの」
「我慢しなくていいよ、そのままで」
「そのまま…」
「やっと、同じ景色を見て繋がれたんだ。そのまま、繕わないまま、一緒にいよう」
「一緒、に?」
「うん、ずっと」
頷いて、そっと彼の肩にもたれた。