えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

右腕の記憶②

2018-02-21 18:30:13 | 書き物
5月の最後の週末、仕事終わりで課のみんなと飲み会があった。
喋ることがそんなに得意じゃない私だけど、お酒の席は別。
慣れた仕事仲間だったら、尚更だ。
いつもの居酒屋の個室で、みんな盛り上がっていた。
『課の飲み会』だけれど、実質的な主役は入ったばかりの高橋くん。
あちこちで手を引かれ、お酒をすすめられ、話しかけられて。
そんな彼を見ながら、岩田さんと話していた。
「高橋くんて、人当たりはいいし、すっきり塩顔でメガネ男子だし、営業はそつなくこなすし…短気でもないし、穏やかだよね。なんだか、不思議な人じゃない?苦手なものとか、あるのかな。美樹ちゃん、何か知ってる?」
「苦手なものですか?聞いたことないですね。ご飯食べてても、好き嫌いは無さそうだし。」
「外廻りのとき、お互いのことはあんまり話さないの?」
「話さないです。私がそもそもそういうの苦手だし、高橋くんも自分のことは言わないですね。」
「いつも、飄々としてて慌てるの見たことない。やっばり、不思議な人だわ」



話が少し途切れて、お酒のお代わりを頼もうかと、辺りを見回した時。
高橋くんがいなくなったことに気づいた。
「岩田さん、私ちょっとお手洗い行ってきます」
「ん、行ってらっしやい」
個室を出て廊下を右に曲がると、お手洗いにつながるスイングドアがある。
近付きながら床を見ると、誰かが座り込んでいるのが見えた。
ドアを押して入ると、高橋くんがへたりこんでいる。
「高橋くん、ここにいたの?大丈夫?」
腕を取って引っ張ると、のろのろと口を開いた。
「あ…小山さん。大丈夫です…ちょっとふらふらするだけで。少し、飲み過ぎたみたいです」
ちゃんと喋れてる…ほんとにふらふらするだけなのかな。
でも、ここに座り込んでいる訳にも行かないだろう。
「ね、立てる?あっちに椅子があるから、移動しようか」
「立て、ます…」
壁に後ろ手をついて立ち上がった。
「じゃあ、個室の脇に椅子があったから、そこまで行こうか。いい?私が支えるから」
「はい」
高橋くんの腰の辺りを支え、個室の外にあるベンチチェアに掛けさせる。
たぶん、酔いすぎてしまった人用の、休む所なのだろう。
ベンチチェアの脇には、ティッシュケースも置いてある。
「待ってて。今水貰ってくる」
ぐったり座っているけど、歩けたし大丈夫そうかな…ずいぶんだるそうだけど。



水のコップを手に戻ると、高橋くんはベンチチェアの背もたれに寄りかかって、目を閉じていた。
「水、持って来たよ」
私の声に、ぱちっと目を開けた。
「あ、ありがとうございます」
水をごくごくの飲み干した彼は、ふうっと息をついてティッシュケースの脇にコップを置いた。
「もう、大丈夫です。すいませんでした、変な所を見せてしまって」
そう言いながらも、時々目を瞑り首の後ろを揉んでる。
まだ、頭もハッキリしないのかな…
「もうちょっと、ここで座っていたら?個室の中は空気悪いし」
少し黙ってから、彼が口を開いた。
「…じゃあ、小山さんも一緒にいて貰えますか」
「私?いいけど…」
横に座ると、彼はまた目を瞑った。
喋る訳でもないし、私がここにいていいんだろうか。
5分くらいたった時。
身体に重みを感じた。
彼の方を向くと、肩の上に彼の頭…
小さな、寝息も聞こえてくる。
温かい。
こんな温かいんだったら、もう具合は大丈夫かな。
でも、いつまでこうしてたらいいんだろう…
それにしても…こんなこと本人には言えないけど、寝顔可愛いなあ。
落ち着かなくてキョロキョロしたら、個室から岩田さんが出て来た。
私を見て急いで寄ってくる。
「高橋くん、こんなとこにいたの?具合悪いの?」
「お手洗いの前で、座り込んでいたんです。でももう、大丈夫みたい。寝ちゃってますけど」
「あらら…お酒、たくさん飲まされたのかな。高橋くんの苦手なもの、お酒だったのね。」
岩田さんが、ニッコリして私の隣に座った。
「そろそろお開きだし、高橋くんとタクシーで帰ったら?お店の前に呼んでおくから」
「え…私も一緒にですか?でも…いいのかな」
「いいんじゃない。酔ってふらついてる人を、1人で帰すのも何だし」
「じゃあ、そうしますね。」
「なんか、そうしてるとえらく可愛いじゃない」
「そうですね、まるで弟みたいな…弟いないけど」
「弟、ね。頼もしい弟だね。それはそうと、美樹ちゃん、右手の袖のボタン取れちゃってるよ」
「あ…ほんとだ。さっき高橋くんを支えた時かな…留められないから、折っておこうかな」
高橋くんの腰を支えてた右腕。
ボタンが取れて、捲れていた。
「美樹ちゃん…そこは、見えても気にならないの?」
「え?これですか?まあちょっとぐらい見えるぶんには、気にならないですよ」
「そうか、ならいいけど」
私右腕には、袖を捲ると見える、ケロイド状になったやけどの痕がある。
子供の頃、火事に巻き込まれてついたものだ。
シャツを脱げば分かるけれど、鎖骨の辺りから手首の下まで、けっこう範囲は広い。
そんなに気にしてはいないつもりだけど、腕は出さず長袖にして、かならず襟のあるものを着てる。
火事に遇った、10歳のころから。



タクシーに乗せる時、1度高橋くんを起こした。
でも、タクシーなんていいです、大丈夫ですと言って聞かなくて、困った…
最終的に、まだふらふらしてることを自覚して、乗ってくれたけれど。
乗ってしまえば、30分くらいで着く距離。
奥に座ると、申し訳なさそうに私を見た。
「小山さん、今日は色々すみません。介抱して貰った上にその…眠っちゃって」
こんな顔をすると、ますます何かやらかした弟みたい。
私は、可愛い弟を持った気分になって、微笑ましく彼を見た。
「気にしないでいいから。まだちょっとかかるから、また眠っても大丈夫だよ」
「すみません…」
目を瞑ると、あっという間に寝息が聞こえて来た。
また、肩に彼が寄りかかって来たけれと、ここは姉として目をつぶることにしよう。






右腕の記憶①

2018-02-21 00:09:25 | 書き物
ようやく書けた。
色んな設定で書いて、落ち着いたのがこれ。
やや長めです。




「4月1日付けで入社しました高橋敦です。よろしくお願いします」


今日から、途中入社の男の人が配属になった。
しかも、私の隣の席。
これから、営業の仕事で二人一組で廻る。
私は彼の、この職場に馴染むためのリード役という訳だ。



目の前で挨拶してくれた彼は、28歳と言われても信じがたいくらい、若く見えた。
場合によっては、大学生に見えるかも。
黙っていると、スーツを着てきたバイトのようだ。
銀縁のメガネのせいもあるのかもしれない。
口数も少なそうで、大人しそうで、控えめそうな…
そう、ばっかりで、本当の所は分からないけれど。
でも、初対面で打ち解けるのが苦手な私には、ちょうどいいかもしれない。
それにしても。
なぜ、私と組ませるのかな。
5歳も歳上で、ややこしいことにはならないと思われたから?
まさか、私の営業成績が買われた?
いや、それはないな。
文具の営業は好きではある。
でも、好きすぎてついマニアックなものを、売り込んでしまう。
それに乗ってくれる客先ばかりだったら、いいんだろうけど。
そろそろ、外廻りの時間だ。
初対面の人と外廻りって、ハードル高いけどとにかくやってみなければ。



彼が、隣の席に荷物を持ってやって来た。
紙袋に入った細かい物…見たところ、ノートやらファイルやらペンケースやらが、入ってるみたいだ。
デスクに紙袋をトン、と置いて、やおら私の方にくるっと身体を向ける。
椅子に座って様子を伺っていた私は、思わずビクッと、してしまった。
「小山さん」
「あっはいっ」
慌てて彼の方へ向き直る。
何で私の方が慌てているのか…
彼は落ち着きはらっているのに。
「今日から、よろしくお願いします。何かダメ出しがあったら、言ってください」
「あ、わかりました。こちらこそよろしくお願いします。それと、高橋くんて呼んでいいですか?」
私も挨拶を返すと、大人しそうな真面目顔がほんの一瞬緩んで、人懐こい笑顔になった。
「もちろんです」
あ、もうひとつ人懐こそう、が加わった。
「じゃあ、仕度出来たら行きましょうか」
「はい」



外廻りでの彼は、大人しい訳でもなくかと言って饒舌すぎもせず。
絶妙なバランスだった。
ここぞという時にはちゃんと押せるし、しつこくなく引くのも早い。
そして、肝心な所でさっき見た人懐こそうな笑顔が出るのだ。
これは…私よりよっぽど優秀な営業マンじゃないか。
客先で盛んにメモを取ったり、言われたことの飲み込みがものすごく早かったり。
どうしても自分の好みばかり売りこんでしまう私より、真っ当な営業だった。
ちょっと遅めの昼食を、蕎麦屋で取ったとき。
高橋くんに、率直な評価を伝えた。
「あの、ちょっといいですか?」
湯気が立っている天ぷらそばを前に、彼が神妙な顔つきで、持った箸を一旦置いた。
「なんでしょうか」
「ダメ出しして欲しいって言われましたけど、ダメなとこなんて、ありません」
「え?」
「どっちかって言ったら、私の方がダメ出しされるくらいです」
「そんな、小山さんにダメ出しとか、やめて下さい。褒められてありがたいけど…なんか恥ずかしいです」
あれ?今度はふにゃって笑った。
しまった。
自分まで釣られてふにゃっとした顔になってしまった。
急いで、真顔に戻す。
気づかれなかっただろうか、私の腑抜けた顔を。
「とにかく、文具の営業ってことに慣れて貰えば、特に問題ありませんよ。」
「ありがとうございます」
「じゃ、食べちゃいましょう」
「はい」
もう、しれっと普段の穏やかな普通の顔。
さっきのふにゃっとした顔は、何だったのか。




それから、午前中は高橋くんと外廻り、午後に戻ってからは事務仕事の毎日。
彼はどんどん文具関係の客先に慣れて行き、お客さんの方でも、細かく目端が効く彼を好ましく思ってくれているようだった。
一緒に外廻りをしながら、彼とよく喋った。
主に私からで世間話ばかりだけれど。
彼は、尋ねれば答えるけれど、自分のことをそんなに話さない。
私のことも、そこまで詮索しない。
でも、客先であったこととか、途中お昼を取るお店はどこがいいとか、最新のオシャレステーショナリーとか。
そんなことには、突っ込んでくれたり知識を披露してくれたり、喜んで乗ってくれた。
午後まで外廻りをしていて、疲れてコーヒーを飲んだりもした。
そんな時も、疲れてボーッとしてしまう私を、放っておいてくれる。
そんな日々が続いて、5月の半ばが過ぎた。



ある日の仕事帰り、先輩の岩田さんと会社近くのカフェで食事をした。
岩田さんは、5つ上の先輩。
気が合って話していると楽しくて、たまにご飯を食べたりお茶したり。
先輩だけれど、気のおけない友達でもあるのだ。
カフェの奥の席に座ると、岩田さんはひよこ豆と野菜のカレー、私はバターチキンカレーを頼んだ。
シーフードサラダをシェアして、二人でビールを飲む。
「美樹ちゃん、ここいいね。カジュアルで居心地が良くて。こういうお店、好きだな」
そのカフェは、パリのカフェみたいにテラス席のある、シンプルだけどお洒落なお店。
テラス席には、幌のような赤い屋根があって、テーブルも椅子も内装も焦げ茶色。
そして、内装のアクセントには赤が使われていて、テーブルクロスも赤。
洒落てるけど居心地のいい、お気に入りの店なんだ。
「ここ、よく来るの?」
「う~ん、たまにお昼に来ますね」
「お昼って…高橋くんと?」
「外廻り中に、たまに…実はここ、高橋くんに教わったんです」
「え~意外…なんだか女子っぽいなあ。彼女と来るとか?」
「1人で来て、ご飯食べますって言ってましたよ」
「1人で…彼は彼女いないのかな」
「さあ…」
高橋くんに、彼女がいるかなんて考えた事もなかった。
ここに初めて入ったとき、居心地いい店だねって言ったら、小山さんが気に入るかなと思って、と言われたんだった。
そんな風に言うなら、きっと彼女はいないのかも知れないな。
まあ、どうでもいいことだよね。



大満足で食べ終えて、ゆっくりコーヒーを飲んでいる時。
岩田さんが、わたしの顔を覗きこんで言った。
「美樹ちゃん、今日はいつもの愚痴話がないね」
「愚痴、ですか」
「そう、こんな風にご飯食べてると、あんな失敗しちゃった、こんなミスしちゃいましたって、自虐トークしてたじゃない」
「…そうだったかな」
そう言われてみれば。
1日のが終わると、電車に乗りながらいつもその日にあったことを、思い返してしまってた。
それが、あれがダメだった、これがダメだったって言う、ダメなとこばかり。
電車に揺られながら、ガックリする毎日だったんだ。
「結構…て言うよりかなり、高橋くんにカバーして貰ってるからかも。最近、あんまりやらかしてないんです」
「それは、仕事の相性がいいからじゃないの。お互いにカバーし合ってるんだよ。良かったね、高橋くんと組んで。それに、美樹ちゃん、自分で言うほどやらかしてないでしょ。思い込みだよ」
「思い込み…」
「そうそう、すぐ自分のせいにしちゃうんだから。そんなことないのにね」
「そうかな…そうだったらいいんですけど…」
「大丈夫、大丈夫。私が言うんだから」
「なんか…岩田さん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
岩田さんと別れてから、思い出していた。
仕事の相性とか、やらかしてる思い込みとか。
私、そんなに自虐的かな…
自覚なかったのかな。
とにかく、高橋くんと相性がいいと言われたのは嬉しかった。
なかなか、そういう人っていないものだから。
そこまで考えたら、あの生真面目な顔からの人懐こい笑顔が浮かんだ。
きっと、私がのほほんとしていられるくらい、彼が気を使ってくれてるんだろう。
彼にとっては負担な気遣いかもしれないけれど。
私には申し訳ないくらいありがたい人だ。
駅に向かいながら、知らず知らず頬が緩んでいた。