えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

右腕の記憶④

2018-02-24 01:17:43 | 書き物


営業部の部屋に入ると、高橋くんはPCを開けて何やら作業をしていた。
「お疲れさまです」
声を掛けると、少し緩んだ口元を上げる。
「お疲れさまです」
「はいこれ、コンビニので、申し訳ないんだけど。新作のプリンだって。」
「あ、ありがとうございます」
自分の椅子にすわり、ふう、と一息つくと高橋くんが物言いたげに、こちらを向いた。
「何が言いたいか分かるから、先に言っちゃうけど。元カレとはかる~くご飯食べて別れたので、こっちに来ました!」
高橋くんの顔が、反応していいものかどうか、困ってる。
「聞いていいのか分からないんですけど、元カレ…と待ち合わせだったんですか」
「まあ、正確に言うと会ってご飯食べて、1人になったら元カレになってたってことなんだけど」
「え?どういうことか、よく…」
「だから~別れ話してきたってことよ」
「あぁ…すぐ分からなくて、すいません…」
申し訳なさそうな顔をされると、こっちが申し訳なくなってしまう。
「気にしないで~そんな悲壮なものじゃないの」
「だったら、いいんですけど…」
高橋くんがものすごく気にしてる顔、してる。
「だって、彼がぜーぜん連絡取って来なかったのも、私が可愛く会いたいの、とか言えなかったからだし」
「大人女子なファッションが好きな彼に、ぜんっぜん合わせようしなかったし」
「甘えられるのが好きなのに、素直に甘えられなかったし」
…私は、なんで今になってこんなことを言ってるんだろう。
彼と別れてすぐは、どうでもよくなってたんだものって、サバサバしてたのに。
鳴りを潜めていた自虐ぐせなの?
高橋くんは早口で捲し立てる私を、真顔でじっと見てる…
言葉が急に出なくなって、息が苦しい時みたいに口を開いた。
「それに、、、」
高橋くんが静かに、って言うように私の唇の前に人差し指を出した。
「もう、言わなくていいから」
優しく言ってふわっと笑う。
「小山さんの元カレがどんな人か知らないけど」
「今、言ったこと全然ダメなことじゃない」
「自分のことをそんなにダメって言わないで」
まるで、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
頭の中に、自分をぺしゃんこにする言葉が渦巻いてたのに、それはすーっと引いて行った。
「ゆっくり、深呼吸して」

深呼吸をして、高橋くんを見るといつもの人懐こい笑顔。
「落ち着きました?」
「うん…なんか色々ありがとう」
「なんですか、色々って」
「色々は、色々よ。あのね、別に悲しい訳でも泣きたい訳でもないの。ただ、好きな人だったはずなのに、どうでもよくなっちゃたなんて…何がいけなかったのか、つい考えちゃって」
「そんなこと、小山さんのせいばっかりじゃないし、お互い様ですよ」
「…うん、言われてみれぱそうかって思えるんだけど、ね」
「ほら、新作のプリン食べて、この後の作業に備えましょう。こんな時は甘いものですよ」
「うん、食べようプリン。美味しそう」
仕事以外のことをだいぶ喋ってしまって、なんだか気恥ずかしい。
それと、さっきの高橋くんの急に出て来た敬語じゃない言葉、しーってやった指…
あれは、少し高橋くんの素を見せてくれたのかもしれない。
意外だけど、垣間見えた高橋くんの素は可愛い男の子じゃなくて、大人の男の人だった。
よく考えると、高橋くんのことをほとんど知らないんだな。
この間、同郷だってことは分かったけど。
「このプリン、なめらかで美味しい~」
スプーンでひとさじ食べたら、ぷるんとした食感が何とも言えなくて、思わず声を上げた。
「小山さん」
高橋くんも口角が上がってる。
だって、高橋くんが好きそうと思ったから、買って来たんだもの。
「え?何?高橋くんも、このプリン好きな味だよね?」
「好きですけど…それより、美味しそうに食べてる小山さんが、可愛いです」
「ちょっと!恥ずかしいからやめて。からかってるんでしょ」
「からかってる…けど、可愛いは嘘じゃないですよ」
めずらしくあはは、と笑ってる。
あっという間に食べ終えた頃、荷物到着の電話が入った。
「良かったね、少し早くて」
「有難いですね。」
二人でバタバタと、受取に向かった。

作業が終わったのは、ちょうど深夜0時過ぎ。
この時間に到着するはずだった荷物が、早く着いたので終わりも早かった。
会社のビルの下に降りてから、タクシーで帰ることにした。
電車はもう、終わってしまったから。
飲み会の時と同じように、タクシーの後ろに並んで座る。
違うのは、高橋くんが眠っていないこと。
「飲み会の帰り、また寄りかかってましたよね…あの日は、甘えっぱなしですみませでした」
「うん、あの日はだいぶ甘えられた気がする。姉ってこんな感じなのかって、勝手に納得してた」
「…子供の頃、近所に大好きだったおねえさんがいたんです」
「幼なじみってこと?」
「う~ん…そんな感じかな…ほんとのお姉ちゃんみたいに面倒みてくれて、遊んでくれて。僕はそのお姉ちゃんが大好きで、いつも追っかけていたんです」
「へえ…そのお姉ちゃんは、今も高橋くんの実家の近くにいるの?」
「引っ越していなくなっちゃいました。まだチビの頃、僕に何も言わずに」
「じゃあ、その人がいまどこにいるか知らないの」
「知らないんです。でも…小山さんがそのお姉ちゃんに、ちょっと似てるんです」
「え?ほんとに?」
「そうなんです。見かけって言うより、雰囲気ですけど。だから、勝手にそのお姉ちゃんに、また会えたような気がしてて」
「そうなんだ。でも、実際は高橋くんの方が、私の面倒を見てくれてるよね。立場が逆だわ~」
「この間介抱してくれたじゃないですか」
「あぁ、そうだったっけ。お酒、前からダメなの?」
「ダメです。ビール中ジョッキ1杯であんなになります」
「え~そんなで?じゃあ今度、トレーニングしてみる?」
「止めておきます…」
幼なじみのお姉ちゃんのようだと言われ、その気になって高橋くんをからかって楽しんだ。
でも 、それと同時にグラスに水滴が1滴ポタッと落ちたみたいに、私の中に違和感が広がった。
うっすらとしかない、火事の時の私の記憶。
その中に、激しく泣いている小さな男の子かいるのだ。
その子は大人になだめられても泣き止まず、ずっと「みきちゃん」と、叫んでいた。
その子がなぜ火事現場にいたのか、なんで泣いていたのか。
それは、まったく覚えていないのだけど。
高橋くんのお姉ちゃんのことを聞いて、なぜだか高橋くんとその男の子が重なった…
まさか、ね。
そうなら高橋くんから言うはずじゃない。
横にいる高橋くんをそっと伺うと、私の手元を黙って見ていた。