えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

年上のあなたへ①受験

2018-08-11 21:45:20 | 書き物




『今日も予定通り行きます。準備して待っていて下さい』
中学生だからと、まだガラケーの私の携帯。
メール画面を閉じると、数学の参考書、ノート、筆記用具を出してテーブルに並べる。
今日は土曜日。
1週間に1度、家庭教師が来る日。
その、家庭教師というのは…
「こんにちは!竹内です。お邪魔します」
部屋から出て、2階の踊場から階段を覗く。
すると、『彼』が上がりながら上を見た。
「よう、元気だったか?」
ちょっとぶっきらぼうな口をきく、先生は25歳。
私より10歳年上。
夏期講習に行った塾の、臨時講師だった人。
今は普通の会社に勤めていて、1週間に1度だけ来てくれるのだ。
母の同級生の息子さんで、母が頼み込んだらしい。


「今日はここのページからな」
問題集のページを指し、私はその問題に取りかかる。
終わると、先生が採点と解説をしてくれる。
ローテーブルの辺と辺。
遠いようで近く、近いようで遠い。
たまに肘が触れることもあったし、先生が私の持ってるシャーペンを取る時、指に触れることもあった。
何気なくされたことでも、私にとってはいちいちドキドキすることだった。
だって私、初めの授業の時先生を好きになっちゃったんだもの。
志望校にはちゃんと合格したい。
でも、受験生じゃなくなったらもう先生に会えない。
身を入れたいけど、身が入らない。
そんな態度を、気づくと注意されてしまう。
「ほら、もっと集中しないと。解けないぞ」
伏せ気味の目元にまつ毛が影を作る。
切れ長の目に見とれてしまうのを誤魔化したくて、
「すいません、先生」
と、そっぽを向いて返事をした。
そっぽを向いたまま手を止めてると、ぐっと顔を寄せて来るからビクッとする。
「何、ビックリしてるの」
口はぶっきらぼうだけど、ふふ、と笑いながら言ってくれて優しい。
優しいのは嬉しいけど、心臓に悪いよ、先生。
胸の中だけで呟いて、問題に取り組んだ。
後少しで本番。
追い込みなんだから、余計なことは考えちゃダメ。
…分かってはいるんだけど。


「一息つこうか」
母がコーヒーとドーナツを持って来てくれて、休憩になった。
休憩になると、先生は必ずスマホをチェックする。
彼女からメッセージが入ってるからだ。
読みながら頬が緩んでるのを見ると、胸の奥がきゅってなる。
分かってるけど…私はただの生徒だって。
中3の子どもだって。
でも、中3だって誰かを好きになれるんだよ。
モヤモヤして、先生に八つ当たりした。
「あーあ、私も優ちゃんみたいなスマホ、早く欲しいな~。それで、彼氏からのメッセージ見てにやけるんだ。誰かさんみたいに」
ドーナツを一口食べてから、口を尖らせた私の鼻がぐーっと摘ままれた。
「高校に入ったらって言われてるんだろ。まず、合格しなきゃな。それから、俺が彼女のメール見てにやけて、何か問題あるか」
指が離れても、尖らせた口のまま黙った。
…狡いよ、こんなこと。
好きになったら、こんなことだって嬉しいのに。
あなたは私なんか、眼中に無いんでしょ。




優太



母の友人に頼まれて、仕方なく引き受けた数学の家庭教師。
生徒は中学3年生の女の子だった。
10も下の中学生か。
子供のお守りみたいなもんかと思い、半年くらいならと通う事にした。
土曜の午後、親がいるとは言えその子の部屋で二人きり。
10上でも、俺だって男。
心配じゃないのか。
それとも、よっぽど子供なのか。


初めて訪ねた日。
玄関で迎えてくれたその子、中村結ちゃん。
予想してたより大人びていたし、物怖じしない子だった。
部屋に通されると、
「ここにいる時は結でいいよ」
と、俺の目をまっすぐ見て言われて、内心焦った。
今の15歳ってもう、大人みたいだなと。
「先生のこと、優ちゃんって呼んでいい?」
しれっと聞いて来るから、尚更。
いやいや、それはマズイよ。
「勉強してる時は先生って呼びなさい」
「…はーい。じゃ、それ以外は優ちゃんて呼んでいいの」
「え?まあ、それは…でも、勉強以外で会わないだろ」
「…そうだけど」
大人びてるけど、この辺はまだ子供なのか。
とにかく、1週間に1回の先生稼業が始まった。


冬になり、受験の本番が近づくと、さすがにふざけたり無駄話をする余裕は無くなった。
ただ、何に気を取られているのか、集中が切れることがよくある。
受験勉強疲れか…
でも、元々は勘の良い子だから、集中してやれば成績はちゃんと付いてきた。
ここまでくれば、後は本番で力を発揮すればいいだけだ。
結果が出れば、俺の先生業も終わり。
ただ…ここ何回か、結からの視線をよく感じる。
目を向けると、見たことのない瞳をしている。
考えてみれば、中3と言ったって女の子。
受験生だって好きな人の1人や2人、いてもおかしくない。
そんな悩みがあるのか。
彼女からのメッセージに緩んだ顔を見せたから、不貞腐れたのか。
やっぱり、女の気持ちはよく分からない。
それが、中学生でもだ。
彼女によく鈍感だと怒られるからなあ…
結を見ると、ドーナツをぱくついてる。
もう、早く合格してもらって、お役御免になりたい。
こんな慣れないことから早く解放されたい気持ちと、結がどうなって行くのか気になる気持ち。
まるで、海の上のボートでゆらゆら揺れてるようだ。








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