5月の最後の週末、仕事終わりで課のみんなと飲み会があった。
喋ることがそんなに得意じゃない私だけど、お酒の席は別。
慣れた仕事仲間だったら、尚更だ。
いつもの居酒屋の個室で、みんな盛り上がっていた。
『課の飲み会』だけれど、実質的な主役は入ったばかりの高橋くん。
あちこちで手を引かれ、お酒をすすめられ、話しかけられて。
そんな彼を見ながら、岩田さんと話していた。
「高橋くんて、人当たりはいいし、すっきり塩顔でメガネ男子だし、営業はそつなくこなすし…短気でもないし、穏やかだよね。なんだか、不思議な人じゃない?苦手なものとか、あるのかな。美樹ちゃん、何か知ってる?」
「苦手なものですか?聞いたことないですね。ご飯食べてても、好き嫌いは無さそうだし。」
「外廻りのとき、お互いのことはあんまり話さないの?」
「話さないです。私がそもそもそういうの苦手だし、高橋くんも自分のことは言わないですね。」
「いつも、飄々としてて慌てるの見たことない。やっばり、不思議な人だわ」
話が少し途切れて、お酒のお代わりを頼もうかと、辺りを見回した時。
高橋くんがいなくなったことに気づいた。
「岩田さん、私ちょっとお手洗い行ってきます」
「ん、行ってらっしやい」
個室を出て廊下を右に曲がると、お手洗いにつながるスイングドアがある。
近付きながら床を見ると、誰かが座り込んでいるのが見えた。
ドアを押して入ると、高橋くんがへたりこんでいる。
「高橋くん、ここにいたの?大丈夫?」
腕を取って引っ張ると、のろのろと口を開いた。
「あ…小山さん。大丈夫です…ちょっとふらふらするだけで。少し、飲み過ぎたみたいです」
ちゃんと喋れてる…ほんとにふらふらするだけなのかな。
でも、ここに座り込んでいる訳にも行かないだろう。
「ね、立てる?あっちに椅子があるから、移動しようか」
「立て、ます…」
壁に後ろ手をついて立ち上がった。
「じゃあ、個室の脇に椅子があったから、そこまで行こうか。いい?私が支えるから」
「はい」
高橋くんの腰の辺りを支え、個室の外にあるベンチチェアに掛けさせる。
たぶん、酔いすぎてしまった人用の、休む所なのだろう。
ベンチチェアの脇には、ティッシュケースも置いてある。
「待ってて。今水貰ってくる」
ぐったり座っているけど、歩けたし大丈夫そうかな…ずいぶんだるそうだけど。
水のコップを手に戻ると、高橋くんはベンチチェアの背もたれに寄りかかって、目を閉じていた。
「水、持って来たよ」
私の声に、ぱちっと目を開けた。
「あ、ありがとうございます」
水をごくごくの飲み干した彼は、ふうっと息をついてティッシュケースの脇にコップを置いた。
「もう、大丈夫です。すいませんでした、変な所を見せてしまって」
そう言いながらも、時々目を瞑り首の後ろを揉んでる。
まだ、頭もハッキリしないのかな…
「もうちょっと、ここで座っていたら?個室の中は空気悪いし」
少し黙ってから、彼が口を開いた。
「…じゃあ、小山さんも一緒にいて貰えますか」
「私?いいけど…」
横に座ると、彼はまた目を瞑った。
喋る訳でもないし、私がここにいていいんだろうか。
5分くらいたった時。
身体に重みを感じた。
彼の方を向くと、肩の上に彼の頭…
小さな、寝息も聞こえてくる。
温かい。
こんな温かいんだったら、もう具合は大丈夫かな。
でも、いつまでこうしてたらいいんだろう…
それにしても…こんなこと本人には言えないけど、寝顔可愛いなあ。
落ち着かなくてキョロキョロしたら、個室から岩田さんが出て来た。
私を見て急いで寄ってくる。
「高橋くん、こんなとこにいたの?具合悪いの?」
「お手洗いの前で、座り込んでいたんです。でももう、大丈夫みたい。寝ちゃってますけど」
「あらら…お酒、たくさん飲まされたのかな。高橋くんの苦手なもの、お酒だったのね。」
岩田さんが、ニッコリして私の隣に座った。
「そろそろお開きだし、高橋くんとタクシーで帰ったら?お店の前に呼んでおくから」
「え…私も一緒にですか?でも…いいのかな」
「いいんじゃない。酔ってふらついてる人を、1人で帰すのも何だし」
「じゃあ、そうしますね。」
「なんか、そうしてるとえらく可愛いじゃない」
「そうですね、まるで弟みたいな…弟いないけど」
「弟、ね。頼もしい弟だね。それはそうと、美樹ちゃん、右手の袖のボタン取れちゃってるよ」
「あ…ほんとだ。さっき高橋くんを支えた時かな…留められないから、折っておこうかな」
高橋くんの腰を支えてた右腕。
ボタンが取れて、捲れていた。
「美樹ちゃん…そこは、見えても気にならないの?」
「え?これですか?まあちょっとぐらい見えるぶんには、気にならないですよ」
「そうか、ならいいけど」
私右腕には、袖を捲ると見える、ケロイド状になったやけどの痕がある。
子供の頃、火事に巻き込まれてついたものだ。
シャツを脱げば分かるけれど、鎖骨の辺りから手首の下まで、けっこう範囲は広い。
そんなに気にしてはいないつもりだけど、腕は出さず長袖にして、かならず襟のあるものを着てる。
火事に遇った、10歳のころから。
タクシーに乗せる時、1度高橋くんを起こした。
でも、タクシーなんていいです、大丈夫ですと言って聞かなくて、困った…
最終的に、まだふらふらしてることを自覚して、乗ってくれたけれど。
乗ってしまえば、30分くらいで着く距離。
奥に座ると、申し訳なさそうに私を見た。
「小山さん、今日は色々すみません。介抱して貰った上にその…眠っちゃって」
こんな顔をすると、ますます何かやらかした弟みたい。
私は、可愛い弟を持った気分になって、微笑ましく彼を見た。
「気にしないでいいから。まだちょっとかかるから、また眠っても大丈夫だよ」
「すみません…」
目を瞑ると、あっという間に寝息が聞こえて来た。
また、肩に彼が寄りかかって来たけれと、ここは姉として目をつぶることにしよう。
喋ることがそんなに得意じゃない私だけど、お酒の席は別。
慣れた仕事仲間だったら、尚更だ。
いつもの居酒屋の個室で、みんな盛り上がっていた。
『課の飲み会』だけれど、実質的な主役は入ったばかりの高橋くん。
あちこちで手を引かれ、お酒をすすめられ、話しかけられて。
そんな彼を見ながら、岩田さんと話していた。
「高橋くんて、人当たりはいいし、すっきり塩顔でメガネ男子だし、営業はそつなくこなすし…短気でもないし、穏やかだよね。なんだか、不思議な人じゃない?苦手なものとか、あるのかな。美樹ちゃん、何か知ってる?」
「苦手なものですか?聞いたことないですね。ご飯食べてても、好き嫌いは無さそうだし。」
「外廻りのとき、お互いのことはあんまり話さないの?」
「話さないです。私がそもそもそういうの苦手だし、高橋くんも自分のことは言わないですね。」
「いつも、飄々としてて慌てるの見たことない。やっばり、不思議な人だわ」
話が少し途切れて、お酒のお代わりを頼もうかと、辺りを見回した時。
高橋くんがいなくなったことに気づいた。
「岩田さん、私ちょっとお手洗い行ってきます」
「ん、行ってらっしやい」
個室を出て廊下を右に曲がると、お手洗いにつながるスイングドアがある。
近付きながら床を見ると、誰かが座り込んでいるのが見えた。
ドアを押して入ると、高橋くんがへたりこんでいる。
「高橋くん、ここにいたの?大丈夫?」
腕を取って引っ張ると、のろのろと口を開いた。
「あ…小山さん。大丈夫です…ちょっとふらふらするだけで。少し、飲み過ぎたみたいです」
ちゃんと喋れてる…ほんとにふらふらするだけなのかな。
でも、ここに座り込んでいる訳にも行かないだろう。
「ね、立てる?あっちに椅子があるから、移動しようか」
「立て、ます…」
壁に後ろ手をついて立ち上がった。
「じゃあ、個室の脇に椅子があったから、そこまで行こうか。いい?私が支えるから」
「はい」
高橋くんの腰の辺りを支え、個室の外にあるベンチチェアに掛けさせる。
たぶん、酔いすぎてしまった人用の、休む所なのだろう。
ベンチチェアの脇には、ティッシュケースも置いてある。
「待ってて。今水貰ってくる」
ぐったり座っているけど、歩けたし大丈夫そうかな…ずいぶんだるそうだけど。
水のコップを手に戻ると、高橋くんはベンチチェアの背もたれに寄りかかって、目を閉じていた。
「水、持って来たよ」
私の声に、ぱちっと目を開けた。
「あ、ありがとうございます」
水をごくごくの飲み干した彼は、ふうっと息をついてティッシュケースの脇にコップを置いた。
「もう、大丈夫です。すいませんでした、変な所を見せてしまって」
そう言いながらも、時々目を瞑り首の後ろを揉んでる。
まだ、頭もハッキリしないのかな…
「もうちょっと、ここで座っていたら?個室の中は空気悪いし」
少し黙ってから、彼が口を開いた。
「…じゃあ、小山さんも一緒にいて貰えますか」
「私?いいけど…」
横に座ると、彼はまた目を瞑った。
喋る訳でもないし、私がここにいていいんだろうか。
5分くらいたった時。
身体に重みを感じた。
彼の方を向くと、肩の上に彼の頭…
小さな、寝息も聞こえてくる。
温かい。
こんな温かいんだったら、もう具合は大丈夫かな。
でも、いつまでこうしてたらいいんだろう…
それにしても…こんなこと本人には言えないけど、寝顔可愛いなあ。
落ち着かなくてキョロキョロしたら、個室から岩田さんが出て来た。
私を見て急いで寄ってくる。
「高橋くん、こんなとこにいたの?具合悪いの?」
「お手洗いの前で、座り込んでいたんです。でももう、大丈夫みたい。寝ちゃってますけど」
「あらら…お酒、たくさん飲まされたのかな。高橋くんの苦手なもの、お酒だったのね。」
岩田さんが、ニッコリして私の隣に座った。
「そろそろお開きだし、高橋くんとタクシーで帰ったら?お店の前に呼んでおくから」
「え…私も一緒にですか?でも…いいのかな」
「いいんじゃない。酔ってふらついてる人を、1人で帰すのも何だし」
「じゃあ、そうしますね。」
「なんか、そうしてるとえらく可愛いじゃない」
「そうですね、まるで弟みたいな…弟いないけど」
「弟、ね。頼もしい弟だね。それはそうと、美樹ちゃん、右手の袖のボタン取れちゃってるよ」
「あ…ほんとだ。さっき高橋くんを支えた時かな…留められないから、折っておこうかな」
高橋くんの腰を支えてた右腕。
ボタンが取れて、捲れていた。
「美樹ちゃん…そこは、見えても気にならないの?」
「え?これですか?まあちょっとぐらい見えるぶんには、気にならないですよ」
「そうか、ならいいけど」
私右腕には、袖を捲ると見える、ケロイド状になったやけどの痕がある。
子供の頃、火事に巻き込まれてついたものだ。
シャツを脱げば分かるけれど、鎖骨の辺りから手首の下まで、けっこう範囲は広い。
そんなに気にしてはいないつもりだけど、腕は出さず長袖にして、かならず襟のあるものを着てる。
火事に遇った、10歳のころから。
タクシーに乗せる時、1度高橋くんを起こした。
でも、タクシーなんていいです、大丈夫ですと言って聞かなくて、困った…
最終的に、まだふらふらしてることを自覚して、乗ってくれたけれど。
乗ってしまえば、30分くらいで着く距離。
奥に座ると、申し訳なさそうに私を見た。
「小山さん、今日は色々すみません。介抱して貰った上にその…眠っちゃって」
こんな顔をすると、ますます何かやらかした弟みたい。
私は、可愛い弟を持った気分になって、微笑ましく彼を見た。
「気にしないでいいから。まだちょっとかかるから、また眠っても大丈夫だよ」
「すみません…」
目を瞑ると、あっという間に寝息が聞こえて来た。
また、肩に彼が寄りかかって来たけれと、ここは姉として目をつぶることにしよう。