恩師「長尾弘」先生御著書・御講演

愛しき我が子よ幸せに生きよ健やかに生きよ。
自らを浄め自らを高め自らの神我に目覚めよ。

恩師「長尾弘」先生御垂訓

2014-08-01 03:46:23 | 日記

      恩師の御著書「真理を求める愚か者の独り言」より


           第一章、 或る愚か者の生涯


          ◆親孝行ができたと思うこと◆


先の続き・・・

いい学校に入り、豊かな暮らしをするために子供の頃から塾に行かされ、
親子の対話、
家庭での躾等についてはほとんど熱心ではないのが昨日今日の社会の有り様です。
そこで、親孝行というとせいぜいいい学校に入るとか、いいところに勤めてお金持ちになったり、
出世したりして、親にいい思いをさせてあげるくらいしか思いつかないのも無理からぬことです。
しかし、本来の親孝行とは親のエゴを満たすことでも、
自分の欲のままに生きて何かこの世で成功することだけでもありません。
そうではなく、正しい生き方を貫いた時に、人のためになり、同時に世の中のためになる
ように生かせていただくことが一番の親孝行です。
せっかく生んでも、その子が悪いことをして世間に迷惑をかけたならば、
親は子を生まなければよかったと思います。
また、いくら偉いお役人になっても、有名になっても、その末路が哀れだったらどうでしょう。
悪いことがばれてしまったり、自殺したり、人に殺されたりなどしたら、
それまでの地位や名誉もなんにもなりません。

もちろん、本人がいくらエリートとして成功しても、また商売が繁盛しても、
心の中に不満や寂しさを抱えて悶々としていたとしたら、その顔を見て親は、
「この子はこの頃ちっとも幸せそうではないな」と、子供の頃の元気で屈託のない顔が
まなこの裏に焼き付いているだけに、余計に寂しいことと思います。
先ず、心を正しく生きて自らが心の底から幸せになること、
本当にうれしそうな笑顔を親にも見せられるようになることです。
もちろん、物心両面においてですが、
そうなるために私たちは神の御心にかなった生き方をしなくてはならないと思います。
地位がなくとも、そんなにお金がなくても、子が幸せそうなら、親は生んでよかったと思います。
それが真の親孝行だと思います。
ところで、心が幸せであるとは他人の幸せも喜べるような、
また人や世の中のためにもなれるような心になっていることです。
心に陰りがあってはなりなせん。
太陽のように明るい心になるためには心にお荷物や未解決の問題があってはなれません。
なんの波風も立たない人生ではなく、
困難な問題が来ても、いつも乗り切っていけるだけの自信が持てることです。
その自信とは、やはりいつも神様と共に道を歩んでいるのだという確信から来ると思います。


             ~ 感謝・合掌 ~