恩師のご著書「真理を求める愚か者の独り言」より
第四章 「思い変え」こそ幸せの扉を開ける鍵
◆人の愚行によって自分の心の平安を失った時、
その人よりも自分が愚かとなる◆
この世に生きている限り苦労はついて回るのですが、
お釈迦様はこれを四苦八苦と言われました。
生きる苦しみ、老いる苦しみ、病む苦しみ、死ぬ苦しみ。
これが四苦ですが、八苦というのは、これにさらに四つの苦しみを加えたものです。
愛する者と別れなくてはならない苦しみ、「愛別離苦」。
嫌な相手と出会う苦しみ「怨憎会苦」。
求めてもちっとも得られない苦しみ「求不得苦」。
肉体の身をもったがための苦しみ「五蘊常苦」。
五蘊というのは、肉体(色)と、五感(受)と、五感により与えられたものを受けて
思う心の動き(想)と、思ってなす行為(行)と、行って識ること(識)です。
これら五つの集まりが五蘊と言われています。
この中で「怨憎会苦」というのは、嫌な人に出会って心に生ずる怨みや憎しみによって、
自らの心が苦しみを受けることです。
自分のことを理解してくれず無理難題を言って来る人、やたらと自分を馬鹿にしたり
高圧的に接して来る人、嫉妬から足を引っ張る人、迷惑をかけて来る人、どうも虫が好かず
苛々させる人、恋敵など、あげたらきりがありません。
要は、自分にとって都合のわるい人はみんな嫌いな人です。
そういう相手に対して腹が立つ時は、私たちは必ず自分を正当化しようとします。
あいつがわるい。間違っている。わかっていない。
その中には自分のほうがわるいのに、それに気がつかないで、相手をわるく思っている
場合もあります。
よく反省してみたら、自分のほうがかえって相手に迷惑をかけていたということもあります。
ただ、第三者の誰が見ても、絶対に相手がわるいということがあります。
そういう時は、なおさら腹が立つものです。
自分がひどく理不尽な苦しみに遭っているような被害者意識にも陥ります。
~ 感謝・合掌 ~