☆『愛は「両極を超えただ在る」無努力変容の錬金術・TAO』!

2024-01-12 22:33:08 | みんなのブログ、恋愛、人生相談、精神世界、超心理学、スピリチュアル
☆質問・長年いい友人として付き合っていた男友達を異性として
好きになりました。

 やはり男女の間で友情は成立しませんか。




 叡空・人は自分ではない他者と自分との間に線を引いている。
このため二元、両極性に縛られる。

 エゴは人を自我と他我、内と外、善と悪、男と女など分裂した世界に結びつけるからだ。本来の『一つで在ること』や完全性を感じられない。

 両極性に縛られた意識は、すべてを
二つの相反したものに分けてしまうことで苦を産む。

 特に感性センター、ハートより本能·身体センターが強くはたらく若い時には。中庸のない世界からは葛藤が生じる。

  反対のものは、両立しないから片方を肯定し、
必ずもう一方を否定することになる。これが友達か恋人かの「選択をエゴが迫る」ことだ。

 片方を否定することは『一方を除外すること』を意味する。

 こうして人は愛を確実に観失っていく。
愛とは『欠けたもののない一つ』だから。

 人は現象、世界を二つの極に分けて見る。

しかし、その背後には、分離した極が
区別されずに存在するすべてを包含する『一つの愛が在る』。

 この『愛』を大いなるもの、サムシンググレートという。

一切がこのなかに在り『愛』の外にはいかなるものも存在しない。

『一つ在る愛』、大いなる存在である単一性のなかには、変化も変遷もない。

 あなたは、どうして彼と「ただいる」ことができないのか。

 愛は時や空間に支配されない永遠だ。
しかし、言葉による描写や分析、執着が愛を逃す罠となる。

 友情は、美しい愛の一つの種だ。

それは多くを相手に求めず、依存しない
「ただある、与え合う関係」だから。

友情とは偏りのない『恋愛を通さない愛の道』となる。

あなたの友情から恋が芽生えたのなら
『ただ沈黙のなかで微笑み』なさい。
ハートの『祈りを笑顔』で伝えるのだ。

 結果を求めず、恋する人に捧げる花束が、
あなたの沈黙の眼差しと笑顔だから。

 それこそが、大いなる存在の祝福、永遠の愛と一つ在る
『恋愛相対瞑想』となるだろう。合掌