・救荒食品Emergency food きゅうこうしょくひん
日常、最近では 、殆ど食用とすることはなく、雑草として一括(ひとくく)りにしたりして食糧が不足した時に単独ないし他の食品と混合して一時的に摂取していた作物、食品のことを一般に救荒食品、あるいは備荒食品と呼んでいます。一般の農作物が不作の時に、収穫のある山林、野山に自生する植物で、飢饉、食料不足の際に、米飯に混ぜたり、またその代わり副食とし食料にされていたものです。
享保の大飢饉(1733~34)、天明の飢饉(1783年)、天保の大飢饉(1831年)がありました。実際には飢饉による餓死者によるよりも、食料不足で普段は食用にしないものを摂取したことによる中毒死のほうが多かったといわれます。そこで、安全な食品の選択とその調理法の普及が必要とされていました。
中国の 明の時代の救荒本草(1406年)は、は野生、栽培品種を含め、草246種、樹木79種、穀類20種、果実37種、野菜32種の計414種の飢饉の際の食品植物を収載しています。 江戸時代に、青木昆陽(1698-1769)は「蕃薯考:ばんしょこう」、米沢藩(山形県)では、1783年(天明3年)に「飯粮集:はんろうしゅう」、 1802年(享保2年)には「かてもの」の執筆をしています。「かてもの」は、明治以後も引き継がれています。
領民のために当時知られていた救荒植物について解説してあります。天保(1838年)の大飢饉では、おおいに役立ったといわれています。私たちが現在山菜として利用し、先人の知恵が生かされているのです。
主な救荒食品を記載してみました。
アカザ、アサツキ、アザミ、アシ、アマドコロ、アマナ、イタドリ、イヌビュ、ウツボグサ、ウド、ウルイ、オオバコ、オケラ、オニノヤガラ、ガカイモ、カキ、カタクリ、カブ、カヤの実、カラスウリ、カンゾウ、キュウリ、ギシギシ、ギョウジャニンニク、クコ、葛芋、クヌギの実、栗、くるみ、クワの若葉、クワイ、コオニタビラコ、こごみ、コナラの実、コヒルガオ、コボウ、サイカチ、さつま芋、サトイモ、シオデ、シロウリ、シャク、ショウブ、スイカ、スイカズラ、スギナの若芽、スベリヒユ、ぜんまい、ソバ、ソバナ、ダイコン、タラノメ、タンポポ、チシャ、つくし、ツユクサ、トウガン、ドロブの若芽、ナルコユリ、ニラ、ネギ、ノコンギク、ノビル、ハシバミ、ハコベ、ハス、ハハコグサ(ゴギョウ)、ハンゴソウ、フキ、フジ、ブナの若葉・種実、ヘチマ、ベニバナ、ホウキギ、マクワウリ、マコモ、マタタビ、ミズナ、ミツバ、ヤマイモ、ヤマブキショウマ、ユウガオ、ユリの鱗茎、ヨメナ、ヨモギ、わらび、ワレモコウ
他にも、いもづる、大根葉、大豆粕、たにし、にな、へび、さなぎ、ざりがになど、彼岸花( ヒガンバナ科)の全体にアルカロイドを含み嘔吐・下痢を伴い中枢神経をマヒさせます。救荒作物として鱗茎にでんぷんを貯えていることから水にさらして毒抜きをして食用としたりしていました。
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(初版2020.12.12)