キムタク主演の南極大陸を見た。
何を隠そうキムタクファン。えへへ。
エンディングを歌うのは中島みゆき。
南極。
厳しい寒さ。
キムタクの話は置いておいて、中島みゆきの話をしよう。
北海道、積丹半島の付け根に小さな町がある。
町の名前は「岩内」。
この岩内に小さな灯台がる。
その灯台は赤い色した灯台であった。
灯台というと普通は白い灯台をイメージするが、
まだ初夏の季節にその灯台は灯台らしからぬ色をしていた。
「冬になれば、このへんは雪が多かんべ。白い灯台ならばさ、見えなかろ」
たしかそんなことを民宿のおやじに聞かされたと思う。
東京生まれの私は、冬の岩内を知らなかった。
まだ、時代は昭和だった頃だ。
岩内は歌手中島みゆきが幼少時代に住んでいたところであった。
中島みゆきを語る上で、ここ岩内は重要な場所であった。
それは半世紀以上も前にさかのぼる。
「冬ともなれば、ここはね。陸の孤島と化すのよ。みんな雪で埋まるから。そりゃ、冬の厳しさといったら、、、」
少女はまず、猛威を振るう自然と闘わないといけなかった。
吹雪く雪、日本海の荒波をまともに受ける港、家の戸すべてから容赦なく入ってくる凍てつく風と凍るような寒さ。
少女にとって生きることとは、まず自然と対面することから始まったのである。
人によっては、九死に一生を得た人も少なくないだろう。
私も高校生のとき、死んでいてもおかしくはなかった交通事故に遭遇したことがある。
どう考えても死んでいた。
しかし、どういうわけか生きていた。
生きていたというよりは生かされたという感じが近いかもしれない。
死にたい、死にたいと願う人も多いと思う。
死んでしまうのはあっというまである。
あっと思った瞬間に人は死んでいるものだ。
苦痛など存在しない。
私もあっまでは覚えている。
その先にあるものは、生か死かだけであった。
やむを得ない事情で死を選ぶのも自由である。
死にたくないとどんなに願ってもやがて自然と死は訪れる。
「厳しい自然の中で、なにかを考える余裕なんてなかったわ」
彼女は赤い灯台をどんな思いで見ていたのだろう。
長く伸びた堤防は継ぎ足しされて、日本海の厳しさを物語っていた。
牧歌的で質素なこの岩内で多感な彼女はなにを見てなにを感じて成長したのだろうか。
ドラマ南極大陸は犬とのふれあい中心に描かれる。
すべては犬との絆がメインだ。
自然の恐怖。餓死への恐怖。
エンディングで歌う中島みゆき。
私はこの北海道生まれの歌手の幼少期を思い出す。
穏やかだった。
私は赤灯台まで行ってみることにした。
長く長く堤防の先端に赤灯台はある。
「赤灯台よおまえは知っているんだろう。昔、おまえのそばで少女が話しかけたはずだ。覚えているだろう。名前をみゆきといったんだ。ここからは町が小さく見えるな。寂しいか。昔はもっと近かっただろう。でも、おまえがいないとみんなが困るから、おまえがこの町を守ってるんだぜ。いい海だな。ずっといたいけど、もう少し海を見ていたいけど、そろそろオレ帰るよ。じゃましたな。オレが来たこともたまには思い出してくれよ」
赤灯台にさよならを告げ堤防から引き揚げたとき天候が急に荒れた。
それまで青空だった空も灰色に雲を垂れ込み、
穏やかだった海は波立ち勢いよく堤防に打ち付けていた。
「赤灯台よ、もう少し遅かったら、オレはこの長い堤防を戻ってくることはできなかったな。鎮めててくれたのかい。オレが堤防を渡りきるまで」
荒れ狂う日本海の海は容赦がない。堤防は海に波によって霞んでみえた。もはや人が渡れる状態ではなかった。小さくなった赤灯台はびくともせず、まっすぐとそこに立っていた。