Entrance for Studies in Finance

空港買収論議にみる市場主義の破綻

Hiroshi Fukumitsu

 国土交通省が提出を予定していた空港整備法改正案のなかから外資規制の項目が削除された(08/03/03)。これは外資による空港関連会社の株式保有比率を議決権ベースで3分の1未満に抑えるというもの。
 すでに羽田空港のビル運営会社である日本空港ビルディングでは豪投資銀行マッコーリー系の空港投資専門ファンドの保有比率が19.89%に達している。2009年度に上場を目指している成田国際空港株式会社についても上場すれば同様の懸念がでてくる。
 ところがこれに対して閣議でも対日投資促進戦略に逆行するなどの声が出て規制導入が見送られた。
 しかしこのような規制導入反対論は理解しがたい。というのもどの国でもすべての企業に対して外国資本による株式取得を無原則には認めてはいないからである。海外の実態をみると外資規制にともかく反対だという議論は、日本だけに通用する議論だろう。
 このとき閣議で反対したのは、大田弘子(この人は本間正明元大阪大学教授に近く、竹中平蔵氏とも近い。小泉ー竹中路線を担いだ「学者」の一人といえる)、渡辺喜美(2009年1月に自民党を離党 2009年8月再選)、岸田文雄(2009年8月再選)の3人。しかも大田と渡辺は閣議後の記者会見で自らの主張を開陳する暴挙に出た。このような行動は本来、閣内不一致を触れ回る行為として厳しく指弾されてしかるべきものだ。しかし危険を覚悟であえて彼らがそうした行動をとるところに、ドグマによる政治の危険性が見える。政治とは本来、妥協によるものなのに、ドグマのドグマである所以は、妥協をしらず、その教条のために身を捨てた行動を取る点にある。このような目立つために捨て身のタイプのひと(この3人は実は強い態度を取れる背景がある。大田は議員ではなく民間人で言論で学会さらに政界を言論を武器に這い上がってきた人物で、売り物の信念を曲げて黙っているほど大人しい人ではない。渡辺、岸田は地元選挙区の地盤は安泰の世襲議員で信念のためなら突出を厭わない性格だ)を、本来は責任のある地位につけてはいけないのである。
 外国資本の国内投資自由という原則を守り、空港を外国資本から守る方法はあるのだろうか。ある。それは国や公共団体の出資割合を一定以上とすることである。ではなぜそれができないかといえば、空港を完全民営化する(国の保有分を100%処分する)という閣議決定に縛られているからである。
 国がたとえば2分の1以上の株式を保有した上で、その残りを内外の投資家が制限なく投資できるように発想をあらためるべきである。

 なお今回の外資規制の考え方には、放送法・電波法という先例がある。放送法・電波法では放送局について外資保有比率を20%未満に制限している。2007年12月の改正放送法ではこの確認があらためてなされただけでなく、新たに認められた放送持ち株会社については、外資保有比率20%未満規制に加えて、特定株主の議決権比率を3分の1未満に制限することがさらに加えられた。これを受けて、フジテレビやTBSなどが放送持ち株会社への移行を準備中だとされる(2008年3月)。
 この問題をめぐっては、放送会社を内外の買収から守ることを行きすぎだと批判する声もある。おそらく社会的に意見の分かれるところであろうが、私自身はこのような規制に賛成である。

折も折、経済産業省は、Jパワーに対して外資(TCI)からでていた買い増し要求(9.9%→20%)に対して、外国為替及び外国貿易法による事前届出に対してなお慎重に議論する考えを示した(08/03/03)。さらに4月7日には北畑隆生次官が買い増し要求が<電力の安定供給や原子力の平和利用に影響がでる恐れがあり、公の秩序を妨げる恐れがある>と発言。買い増し要求の変更・中止の勧告を示唆した。
 これは10%未満にとどめるとの意思を示したものである。なおこの規制の対象となる業種は、電力のほか、武器、航空機、原子力、通信、工作機械など20業種以上。財務省と担当省庁が審査して、必要と判断した場合は投資計画の変更・中止を命令できる。外資規制についてひとつの考え方としては、この規制対象業種に空港を加え10%のところで絞めるというものである。
 政府は関税・外国為替等審議会でのファンドの側の説明を聞いて審議会が「公の秩序を妨げる恐れがある」との意見をまとめたことを受けて、4月16日に買い増し中止をTCIに勧告した。背景には、TCIの要望に沿った自己資本率10%や資産利益率4%といった経営目標を実現することが原発計画・修繕計画の見直しにつながるとのJパワー側の説明を政府に受け入れた側面があった。TCI側は、おそらく戦略的に揺さぶりをかけようと原発計画の国有運営にする案を表明、政府の不安をわざと煽ったのである。そしてついに勧告を拒否したTCIに対して、日本政府は5月13日に買い増し中止命令を出した。この間のTCI側の傲慢な姿勢をみていると、この政府の命令は当然といえる。

市場主義のドグマからの決別を
 どの国でも外国資本による企業買収や株式取得をすべての産業分野にわたり無原則に認めているわけではない。先端技術や軍事技術などを持った基幹産業。軍事・航空・宇宙関連の企業。電力・ガス会社などエネルギー産業。こうした領域では政府が、重要資産の売却などで拒否権を発動できる黄金株を保有して買収を拒否できるようにしたり(イタリアやフランス)、買収者の出資割合が旧上昇することに政府が拒否権をもてるようにする動き(ドイツ)がある。
 世界のどの国でも外資規制があることを指摘されて困った市場主義者たちは、外資を呼び込むためには日本の規制は一段ゆるくてよいと主張し始めた。これほど適当に言い方を変える愚かな議論はみたことがない。
 よく言われることだが「他国を買収するときには市場中心の株主主権論を主張し」外から攻められるときは、地域社会の論理で地元企業を守るのが欧米のしたたかな実際の姿(参照 上村達男・金児昭『株式会社はどこへ行くのか』2007, 23-25)。それに比べて、市場主義の政治家の単純さは度を越している。国益を考えない点では間抜けといってよい。
 そもそもファンドは国益増進や企業との長期的な関係を目指しているわけではなく、自らの短期的な利益がすべての目的である。長期的なエネルギー供給を考えた投資・研究にとって、このようなファンドが大株主となることは妨げになる可能性が高い。

無責任な市場主義者たち
 残念なのは市場主義的な人々が、外資規制をすれば、対日投資促進という議論に反することになると議論を続けていることだ。これは市場主義的なドグマにとらわれた議論であり、日本のエネルギー政策の未来に対して極めて無責任な態度と言える。
 市場主義的なドグマで進められた完全民営化路線を徹底批判することが、外資に対する株式取得規制の出発点でなければならない。

文献
「各国で顕在化する外資規制」『ジェトロセンサー』2006/08
「外資誘致と外資規制」『調査と情報』07/11/18
「法令による主な外資規制」大和総研08/02/18
「自民党を二分する外資規制の是非」『ダイヤモンド』08/02/23

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.

福光寛のWEB大学院講義:財務管理論講義目次
2011年度前期講義Basics of Financial Management
perspectives for the future:internationalization
(円高と日本企業)
円高と日本企業
(需要減少と日本企業)
日本企業の国際化について
accounting system
会計的利益 粉飾決算について
pro forma earnings and big bath
株価評価損の減損処理
financial analysis
財務分析financial ratios analysis
Business Studies Ratios
平成18年度法人企業統計調査
キャッシュフロー計算書cash flow statement, FCF, EVA
corporate finance
企業金融理論corporate finance
デットファイナンス 資本構成比率の決定
life stages and funding strategy
ノンリコース融資
財務上の特約について
購入、リースそして賃貸leasing
エイクティ・ファイナンスequity financing
ハイブリッド・ファイナンスhybrid financing
有事モードについて
有事モードから平時モードへの転換
tax system
企業活動と税制 法人税・移転価格税制
管首相 法人実効税率5%引き下げを指示(2010年12月13日)
CMS(cash management system) 資金の内製化と見える化 SCS supply chain systemとの比較

後期講義
株主資本主義について
ストックオプション stock options

production management and outsourcing
生産性改善の非財務的側面(BPO KPOについて)
大野耐一の言葉
品質工学:田口玄一氏
6σと6σレベル
台湾のEMS企業について foundry OEM ODM
セル生産、アウトソーシング
アウトソースの見直し:船井電機、ミスミ、JT
データセンターsaasとcloud computing
risk management
リスクのコントロールとファイナンス
risk management InfoClipz
VaRへの信頼喪失と金融機関のリスクマネジメント
2つのストレステストと市場の反響
事業会社のリスクマネジメント
risk hedging and derivatives
仕組み債
内部統制ルール(internal control rule)の導入
迅速な情報開示(適時情報開示)と虚偽記載の禁止
新潟県中越沖地震によるリケン柏崎工場の被災(2007年7月16日)。カンバン方式
中国鴻海での連続自殺とホンダでの賃上げスト(2010年5月)。ルイスの転換点
三菱化学鹿島営業所の火災(2007年12月21日)。企業と原料の途絶。BCP(事業継続計画)
securitization
金融仲介と証券化financial intermediaries and securitisation
securitization and structured finance
purpose of the securitization
行き詰まる米住宅ローン証券化
mergers and acquisitions 
企業買収、買収ファンドをどう見るか、買収防衛策
MBO (management buyouts)
買収資金の調達:ソフトバンクとシティ 融資枠 株式交換 三角合併
M&A会計ルールの統一
パナソニックによる三洋電機買収
空港買収規制について
企業価値評価valuationについて
PFI
turnaround
insolvency:GMによる破産法11条申請
日本航空再建策あるいは救済策の焦点
perspectives for the future:future technology
必要な産業技術への関心
トヨタとテスラとの提携(2010年5月)とリコール問題の再燃(2010年7月)
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