Entrance for Studies in Finance

Case Study on Shiseido 資生堂

資生堂の業績が悪化している。この急変をだれが予想したろうか。直接には2012年秋以降の中国事業の販売落ち込みが原因とされるが。(これまで2ケタの伸びをしていたものが2ケタの減収へ)国内販売低迷へ対策も遅れているとされる。国内の高コスト体質(過大な人件費など販売管理費)も業績の改善を阻んでいる。

国内では百貨店での美容部員により対面販売により単価で5000円以上の商品を売るコスト高の手法から抜け出ていない。2014年11月からドラッグストア大手のココカラファインと組んでドラックストアで美容部員と対話形式で相談できる体制を整えるとのこと。資生堂は中國では通販専用モデルも立ち上げているとのこと。もともと百貨店での高価格帯とドラッグストアの低価格帯は大きく違うが、資生堂はこの低価格帯での商品の充実にも力を割かざるを得なくなっている。今後は価格帯の重点をどうするのだろうか。

こうした状況のもとで2014年4月に元日本コカコーラ会長の魚谷雅彦氏が資生堂の社長に就任した。前任の前田新造氏は会長専任となり株主総会後に相談役に退いた。役員経験のない外部出身者が社長に就任したが、魚谷氏は2013年4月にマーケテイング統括顧問に迎えられたばかりであったが、前田氏が役員指名諮問委員会に推薦。同委員会全会一致で社長指名がきまったとされる。その決め手は、資生堂再生にはマーケテイングが決め手との魚谷氏の意見が委員会で共感をえたためとされる。

魚谷氏は同志社の英文学科卒業後、ライオン歯磨に入社。米コロンビア大学でMBA取得してのちマーケテイングの専門家として活躍を続けてきた。94年に日本コカコーラ入社後、缶コーヒージョージアの立て直しで実績を上げた。爽健美茶、紅茶花伝などのヒットも魚谷氏によるものとのこと。その後、日本コカコーラの社長・会長を務めるとともに2007年からは並行してブランド戦略を立案するブランドヴィジョンを設立、多くの企業のブランド戦略を指導してきたとされる。
 2013年度国内売上高3733億円 2013年度の市場シェアは20.9%.2006年のpeakから減少気味。他方、海外売上高比率を4割から5割に高めるとしているが、そこで期待は中國ではなく東南アジアであるようだ。資生堂は中国の反日デモ、日本商品に対する不買運動の直撃を受けたとされ、本来は成長が期待された中国市場で、2013年の売上高は横ばいにとどまったとされる。2014年10月末には中国で過剰在庫の圧縮のため100億円強必要で、それが2015年3月末の経常利益を圧迫する見込みであると報道された。   

資生堂の中国への進出は1981年と古い。1991年には北京に合弁会社を設立。中国専用ブランドオプレを発売。1998年には上海に合弁会社を設立。オプレより安い価格帯のジーユーを売り出し、2006年には専門店向けにブランド、ウララを立ち上げている。中国を成長の牽引役とする2012年3月期まではうまく行っているように見えた。国内はマイナス成長だが、中国市場は2ケタ成長で売上高6824億円の中で海外売上高は3024億円44.3%を占めるまでになった。

資生堂は反日デモに見られる日本商品に対する不買運動の影響をまともに受けた。加えて国内では、化粧品の売り上げは落ち込みを続けた。国内の主要生産拠点である鎌倉工場を閉鎖(2014年末生産停止 2015年3月までに閉鎖)をにらんでベトナム工場への生産移管を目指すとのこと(閉鎖は2013年1月31日発表)。横浜市内の研究施設も閉鎖したほか、早期退職などのリストラも行った。同社として大規模なリストラは、舞鶴工場、板橋工場を閉鎖した2005-2006年以来であった。こうみると問題は中国であるかに見えるが実はそうではないようだ。

実際の背景は2010年に米化粧品大手のベアエッセンシャル買収(買収価格約1700億円)により有利子負債が一時2000億円近くまで拡大した影響である。2014年3月期はこの有利子負債縮小に取り組まざるを得なかった。こちらの買収劇のつけが、魚谷氏を制約するとすれば、中国の問題以上に、ベアエッセンシャル買収について過去の経営者の判断を検証する必要があるのかもしれない。2013年3月期の最終赤字の主因は、中国ではなくて2010年に1800億円で買収したベアエッセンシャルののれんの償却によるものである。また2010年のベアエッセンシャルの買収価格(約19億ドル 約1800億円)が高すぎた上に買収資金の殆どを社債と借入金に頼るというミスを犯し有利子負債比率は09年3月期の15%から13年3月期38%に跳ね上がり)経営にダメージを与えた。

資生堂は海外販売では日本の化粧品メーカーの中では成果を上げていると思われていたが(2012年3月期の売上高海外比率は44%)歯車が狂いだしたようだ。歯車を戻して2013年3月。末川社長の退任と前田会長の社長兼任に関する記者会見では退任理由は体調すなわち健康上の理由とされ、前田会長の経営責任については、歯切れの悪い会見に終始した。その後米エッセンシャルの業績不振が伝わると(2013年4月)、ようやく反省の発言がでてきて、全方位型の戦略で資源が分散したことに誤りがあり、今後は日本米国中国に集中するという(2013年2月 フランスロレアルとの間で子会社2社を2億3000万ドルで譲渡が合意された。時期的に見て2013年3月決算にプラスの影響があったのではないか。)。資生堂は先進企業と考えられ、これまでは同社は学ぶ対象とこれまでは考えられていた。2014年度の売上金額で同業他社と比較すると、資生堂7800億円、花王5880億円、ポーラ1980億円、コーセー1930億円。このような規模格差からくる慢心が、エッセンシャルでの失敗につながっているのではないか。

 2013年7月に表面化した カネボウ美白化粧品による白斑問題は化粧品に対する不信感や忌避につながる可能性がある。もちろん2006年にカネボウを買収して化粧品事業の育成をしてきた花王にとりこの事件は想定外の痛手であるはず。

資生堂 ブランド刷新の重責を担う新社長の発表(2013年12月)
 資生堂(中国に対しては1981年輸出開始 1991年に合弁で現地生産開始という長い歴史がある)は、対面販売のカウンセリング化粧品を軸に中国で価格帯別(販路別)のブランド戦略を展開(百貨店ではSHISEIDO 1994年以来の中国専用ブランド(百貨店向け)のオプレAupres 専門店向けに2006投入の中国専用ブランド、ウララ 2001投入の中国専用ブランド、ピュア&マイルドチャイナ)、このほか薬局向けブランドに2010年3月にDQを開始(新規販路開拓)。中国に対して専用ブランドを戦略をとったことは興味深い。
 2009年12月付け DQについての資生堂広報資料
2010年に入り、低価格帯、専科(2010年9月)、高価格帯、デイシラ(2010年11月)は、日本とアジアの共通ブランドとして投入。ブランドの内外共通化が明確になってきている。2013年夏には中国市場で、主にスーパーで低価格品(セルフ化粧品)の販売を開始。中国市場の立て直しをはかっている。
 景気の影響もあり国内化粧品市場は2009年に2008年に比べて大きく縮小した(国内出荷額は近年の1.5兆円前後が1.39兆円程度に縮小 前年比8%減 2008年以降得意とする高級品化粧品が失速。低価格帯では花王やロート製薬に客をとられた 花王に対して販売力で劣後した)。顧客は低価格で機能性の高い商品に流れた(例 1000円前後の化粧品・乳液であるロート製薬の肌研ハダラボが好調 資生堂でも2010年9月から新たに専科ブランドを日本とアジアで投入した)。化粧品各社ではブランド数の縮小による効率化、ブランド戦略の見直しが共通の課題になっている。
 主力ブランド刷新の重責を担うのは2014年4月に社長就任予定の魚谷雅彦氏。その発表は2013年12月だった。この人は日本コカコーラで副社長(1994-2001)、社長(2001-2006)、会長2006-2011を務めた人物。
 また2014年4月からの卸価格の見直しも発表された。これまで2007年に卸価格を65%から70%に引き上げるなどしていた販売戦略を見直し(70%→63%など)、店の取り分を増やして、販売促進にあてるなど、地域の専門店を強化するというもの。合わせて社内の売り上げ基準を、小売店出荷段階から小売店店頭での売却段階に変更。押し込み販売を減らす方針。
 しかし国内1万人という美容部員を抱える高コスト体質をみると、経費の思い切った削減など、資生堂はふつうの企業が行っていることをまず実行する必要があると思えるがどうだろうか。

 内外ブランドの共通化
 アジアでは中間層向け低価格品が有効とみてベトナム工場(2010年4月に稼動 2011年から本格稼働)で低価格品を生産。これを東南アジアなどに販売するとしている(2010年9月)。海外ではこれまでの富裕層向けに絞った販売戦略を見直している(ブランド「専科」)。資生堂については、国内の落ち込みを海外がカバーして減収を食い止めた(2010年前期)。人事制度も日本の企業としては国際化が進んでいるとされる。
 国内でもSHISEDOから高級ブランド化粧品をcle de peau beauteとして新設分離して展開(販路別ブランド管理)。高価格帯を強化しようとしている(2010年3月期 国内では高価格品が堅調である一方 中価格品は不振が背景)。国内富裕層向けブランド「ディシラ」をそのまま中国の有力店舗向けに輸出する形で行っている(2010年11月より)。など中国についても、ブランドの共通化が始まっているようにみえる。また、富裕層向けの高価格帯商品と、低価格帯の商品で顧客層の広がりを図る戦略は、かなり明確。
 日本の化粧品業界はトップが資生堂(マキアージュ TSUBAKI 2007投入の大型ブランド)、2位が花王(ソフィーナ ボーテ アジエンス ブローネ プリティ リーゼ ジョンフリーダ)に買収されたカネボウ化粧品(ケイト、コフレドール)、3位がコーセー(ジルスチュアート 雪肌精 シュープレム インフィニティ コスメデコルテ)、4位がポーラ・オルビス(B.A)。商品仕様の内外一体化を目指す会社が多い。その中で高価格帯に強みをもつ資生堂は、その強みをいかしている。それだけにその低価格帯での戦略がとくに注目される。

 なおSKⅡというのは米プロテクターアンドギャンブル(P&G)の主力商品。アジアを全体としてみると中価格帯に豊富なブランドをかかえるP&Gが強い。P&Gの年間売上高7.3兆円(SKⅡなど化粧品以外も入っているかも スキンケアのオレイ ヘアケアのヴィダルサスーン、パンテーン、菓子のプリングルズ、 紙おむつパンパース 洗剤アリエール 柔軟剤ダウニー 生理用品ウイスパー 歯磨きオーラルB、カミソリのジレット*など)、フランスロレアルが約2兆円に対し、資生堂の年間売上高は7000億円規模(2009年)。こうした国際企業と競争する上で、資生堂は高価格帯にこだわった従来の戦略の柔軟化をもとめられているのかもしれない。
 *2005年にP&Gはジレットを570億ドルという巨額を投じて買収した。ジレットには、いわゆるブレードのほか、電気カミソリのブラウン、電動ハブラスのブラウンオーラルb、電池のデュラセル、などのブランドがあり、買収当時、P&Gの売上高は約500億ドルに対して、ジレットの売上高は約100億ドルであった。

 2010年1月 資生堂は米自然派化粧品メーカーのベアエッセンシャル(カリフォルニア州)を19億ドル(1800億円)で買収すると発表した。資生堂の海外展開では、買収はブランドと販路の獲得で有効だと思われる。しかし国内化粧品企業による海外化粧品メーカー買収は事例が少ない。この巨額買収により資生堂の有利子負債は拡大(2013年9月末で1778億円)。かつ競争激化によるベアの業績不振は資生堂のお荷物になった。
 2001年の資生堂による米ヘアケア用品のジョイコ・ラボラトリーズ)。2005年の花王による英高級化粧品メーカーのボルトン・ブラウンを買収した事例がある。
 ベアエッセンシャル買収について(資生堂HPより)
 2013年10月 資生堂はフランスの化粧品子会社を同業大手ロレアルに売却を決めた。1986年に9億円で買収したカリタ社。2000年に数十億円で買収したデクレオール社。この2社を日本円で約300億円で売却するとのこと。
 新社長の登場により資生堂の経営がにわかに安定するとは思えないがどうだろうか。 

  Written by Hiroshi FUKUMITSU©2014 Original edition appeared in Aug.20, 2013.  Revised in Aug.20, 2014

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