Entrance for Studies in Finance

為替リスク対策で企業経営が破たんする理由

企業の為替リスク=円高対策
輸出企業の為替予約(exchange forward contracts;exchange contracts;forward)
 収益と調達のアンバランスあれば是正
 円高による円の目減り避ける(現時点での相場で確定) 3ないし6ケ月先の予約が中心
 決済額の半分が目安 ドル価格取引 
 為替ヘッジ取引ともいう
想定レートより円高               →円安になるまで円転を待つ
 想定レートを引き上げる(想定と現実のかい離縮小)→円買い
 海外にためておかないで配当などで還流させる:円高リスク回避の側面
 為替ヘッジ 4―6割が多い

 通貨建ての変更
 ドル建て取引 円安局面で有利
 円建て取引 円高局面で有利(2012年下期で輸出決済通貨 ドルが51.5% 円が38.4%
ユーロが5.4%など) 輸入先に対して円建てを協議する
その他
 海外部品の使用
 外貨債権 債務の両建て化 
 外貨支払い増やす 海外で部材調達 外貨建て債務が増えれば債権での差損が債務での差益で相殺される
 外貨建て債務(外貨建て負債)増やす 安い金利の円より為替リスク抑えることを優先
中長期
 輸出ではなく海外生産増やす (年単位の時間がかかり即効性にかける 生産の海外移管 国内雇用の喪失 技術流出懸念 しかし反面では消費地に生産を移す)

 稼いだ外貨をどうするかという問題は残る
金融取引に伴う評価損・評価益
 外貨建ての外貨預金 外貨建ての現預金 などの評価損 → 営業外損

為替リスク対策が以上のレベルであれば、それが原因で企業が経営破たんに追い込まれることは考えにくい。ところが、ゼロコストオプション、クーポンスワップなど金融機関が企業に売り込んだ為替リスク対策の金融商品が問題を起こした。以下にこの問題の経緯とこの2つの商品の問題点を簡単にまとめておく。

問題の経緯
2004年12月 公正取引委員会 金融機関に対して優越的権利の乱用を戒める指針(金融機関の業務区分の緩和及び業務範囲の拡大に伴う不公正な取引方法について)を公表(平成16年度公正取引委員会年次報告書 第4章第3節所収
2005年8月 公正取引委員会 三井住友銀行に対して中小企業経営者に対し融資継続の条件として金利デリバ取引を強制した件で報告書を求める
2005年12月2日 公正取引委員会 三井住友銀行に対する勧告
2006年   日本公認会計士協会 金融商品会計のQ&A改正 長期為替予約など ヘッジ対象(ヘッジ会計)として認めず時価評価して損益計上することに。→為替動向で損益がぶれることに。
2007年以降 オプション取引は急減
2007年9月 金融商品取引法の全面施行
2007年金融商品取引法による販売業者への説明責任強化
2008年秋のリーマンショック前後以降 円高が進展 相場の予測変動率は低迷
2010年4月 通貨オプション取引が国会質疑で問題にされる 2010年4月20日 参議院財政金融委員会 質問者 大門実紀史(共産党)
2010年5月  帝国データバンクが通貨デリバによる倒産増加を指摘 オプション取引など
2010年11月 国会で為替デリバ(通貨オプション)による中小企業の経営危機が取り上げられる 2010年11月22日 参議院予算委員会 質問者 西田実仁(公明党) 
金融庁が事態調査へ(社会的には長期為替予約=クーポンスワップに論点移る)
2011年3月11日 金融庁 調査結果の公表 対象大手銀行と地方銀行121行。為替デリバ保有中小企業約1万9000社(2万近い中小企業)。利益3700億円。損失5100億円。差し引き1400億円。2005-2007年の円安局面でドル調達コストを抑える目的で契約広がる。

金融庁による銀行(大手行 地銀など約120行)に対する聞き取り調査で判明した数値
      2004年度以降 銀行が中小企業に販売した為替デリバテブ契約数約6万4000件
             約4割の4万件が2010年9月末に残存
             中小企業1万9000社で約4万件の契約 2010年9月末時点  

 本来 円高メリットを享受するはずの輸入企業が為替デリバ契約を結んでいたために資金繰り難 倒産に追い込まれている。この問題については、金融機関はそもそもリスクの十分な説明をしたのか。逆に企業側はリスクを十分考慮して契約をしたのか。金融機関は、融資の条件として契約を迫ったのではないか、等の疑問が残る。
 企業側の主張:望んでいないのに高リスクの商品を融資と抱き合わせで販売された。執拗に勧誘された。リスクの説明が不十分だったため損失を抱えたなど。契約の速やかな解除、損失負担の免除 解約に伴う違約金の免除などを求めている
企業に対する金融機関の横柄な姿勢は依然から問題視されている。
 公正取引委員会 金融機関に対して優越的権利の乱用を戒める指針を公表(2004年12月)
 公正取引委員会 三井住友銀行に対して中小企業経営者に対し融資継続の条件として金利デリバ取引を強制した件で報告書を求める(2005年8月)
公正取引委員会 三井住友銀行に対する勧告 2005年12月2日

全銀協 銀行とりひき相談所への為替デリバに関係する申し立て(相談)件数
 2008年度 2008年10月-2009年3月 3件
 2009年度 2009年4月‐2010年3月 36件
 2010年度 2010年4月-2010年12月 75件
 2010年度 2010年4月-2011年3月 172件
 2011年度 2011年4月-2011年6月 約110件

 今回問題の為替デリバの商品性 一定の価格で一定量の外貨を調達する契約を毎月繰り返すもの(長期為替予約 別名クーポンスワップそしてゼロコストオプション)。いずれも商品設計そのものに問題。
 長期為替予約の場合、企業側に毎月差損が発生(金融機関には利益だろうか?) 解約には多額の違約金が必要(事実上解約不能)
企業側が想定外の損失なら金融機関には想定外の利益が出ているはず。契約を盾に解約に応じなかったり、多額の違約金を請求する
 金融機関の側の行動も行き過ぎなのではないか。この契約そのものに、損失の拡大を抑制する仕組み、たとえば一定以上に円高が進んだら契約を解消できるなどリスク軽減の仕組みが、組み込まれていないことがそもそも問題。
 このような商品を設計し販売した金融機関はそもそも道徳的なモラルが欠如している。

包括的長期為替予約=クーポンスワップ問題
 私は長期為替予約の方にも問題を感じる。
 長期為替予約=クーポンスワップとしていいように思える。たとえば以下の商品説明では
山陰合同銀行の商品説明 為替予約 クーポンスワップ
 為替予約      1年以内
 クーポンスワップ  1年から10年以内 長期間 一定額の外貨を固定レートで反復して売買

エノテカという企業の投資家向け説明(2009年)
 短期為替予約
 長期為替予約=クーポンスワップ
となっている。 

長期為替予約(2006年5月)
クーポンスワップ(四国銀行)
 長期為替予約の説明 8年 10年 12年 などの事例が報道されているが実際には1年以上でさまざまな期間の契約が可能 為替予約 円→ドル 毎月一定額を固定レートで交換
 疑問になるのは、なぜ長期契約を結ぶのかである。長期だと想定以上に為替変動リスクが高くなるはずだが。
 輸入企業がドル資金の調達で利用する。契約当初はドル資金の調達を有利にできる。ところが円高の進行で、この契約の評価損が企業の会計を直撃する事態に陥った。
 2006年の金融商品会計Q&A(日本公認会計士協会)の改正により、この種の取引について、時価評価して損益計上することが求められるようになったことも大きい。
 なぜリスクの高い長期契約を結んだのか。このような契約を結ぶ企業のリスクについての安易な姿勢はお粗末で問題。他方、金融機関としては販売にあたりリスクの説明はした。そして相手も「プロ」でリスクは分かっていたはずという論理であろう。そうだとしても金融機関が、金融商品の販売で顧客企業を倒産に追い込むのは、かなり「おかしな」事態。金融機関自身もこのようなリスクの高い契約の販売を自粛するべきだ。また企業は、このような長期契約を本来するべきではない。

長期為替予約の提案を受けた人の話
提案例 10年間 毎月10万ドルを固定レート(110円のときに95円で)で購入し続ける すぐに円転してもかまわない

 契約時点より円高レートが適用されるので契約時点では利益押し上げ効果がある。
 しかし円高がさらに進行すれば契約期間中 不利なレートでドルを購入することと同じ 事業が長期間安定していることがこのような長期契約の前提 しかし経営環境の変化が激しいなか そもそもこのような長期契約は不適切であるはず。
 通常の為替予約よりさらに円高レートが適用 
 企業側は今回の経験から長期予約のリスクを学習。短期予約にシフトする方針。
 金融機関が長期為替予約のリスクを十分説明したかは疑問が残る。
青山商事による包括的長期為替予約契約の説明(2010年7月開示?) 
取引金額の2割ほどにヘッジ目的 2002年から2007年の間に6つの金融機関と契約 契約期間は10-12年 平均契約レートは102円 評価損は各期末時点で契約を解消した場合のもので実現損ではないこと
小売各社が長期為替予約を取りやめるとの日経報道(2010年12月15日) 
クーポンスワップの説明(三菱信託銀行HP:クーポンスワップが社会問題化したあと商品説明が抹消された)中途解約不可の説明があり、やむを得ず解約を認める場合も清算金を求めるとしていた
ゼロコストオプション契約への批判
2010年の1営業日あたり 平均 ドル円間のオプション取引高 4億5300万ドル 前年比5割減
2007年に最高額25億6000万ドル
通貨オプション取引の性格
通貨オプションを使うヘッジの説明(2006年) この説明は標準的だと考えるがコールオプションを買っておくと説明するので、オプション取引でなぜリスクから逃れられないかはっきりしない。リスクが発生するのは、並行してプットを銀行に売りプレミアムを企業が稼いでいるからである。そのために、円高(1ドル80円)に振れると企業は相場より円安(たとえば1ドル85円とか)の条件で外貨を買う立場に追い込まれる。
 これには1つは銀行が客に勧めたのは、教科書でみるゼロコストオプション(コールの買い+プットの売り)だという説明がある。ゼロコストオプションではオプション料を発生さえないため、コールの買いとプットの売りを組み合わせる。ゼロコストオプションの損益線は一定の範囲は損益ゼロでその範囲を超えると、利益・損失は無限に拡大する。確かに実際に企業の決算情報をみると、ゼロコストオプションを使用しているとするものが多く、損失がプットのところで計上されている。
 為替デリバと中小企業倒産問題(渡辺信一)
 問題はオプション料のバランスをとるために、プットの売りが過大になるのではないかである。契約時点で問題のプットのプレムアムが安ければプットの量が多くなることは十分想定できる
 最近目にした説明は、ゼロコストオプションという表現は使わず、為替予約レートを有利にするために企業は実需の3倍ほどのプットを銀行に売ったとする(参照「為替デリバティブ 単純な説明責任を超えたリスク管理が求められる」『金融財政事情』2011年2月7日, pp.54-55)。なお為替デリバによる中小企業倒産問題はこの記事の引用か。この説明でわかりにくいのはゼロコストオプションという表現を使っていないことと、「為替予約レートを円高にするために」という挿入句である。ゼロコストオプションでのプットの予約レートの説明だと言ってくれれば簡単に理解できるのだが。
 問題は、実需の範囲でコールを買ってヘッジをかけるところから企業が先に進む背景に、金融機関側の誤った誘導がなかったか、強制がなかったか、十分なリスク説明は尽くしたかといったといった点にある。

金融機関から出てきた対策
 損失補てんは金融商品取引法で禁止されている 損失補てんはできない その代わりに
 本業は健全だが損失大きい企業に資金繰りを支えるために新規融資実行
 満期前後の損失の全額処理を迫られている企業対象に償還時期を事実上先延ばしする融資を行う
 円高で利益の出る為替商品を契約してもらう軽減策
 これらの金融機関の対策は、取引自体を正常な取引として認めることを前提にしている。まず販売した商品自体が顧客の利益を損ねる商品であり、とくにリスクの軽減策が盛り込まれていない欠陥商品であること、その商品をリスクを十分認識していない相手に販売したこと、さらに契約にあたって、あたかも融資継続の条件であるように契約を迫ったこと(あるいは執拗に勧誘したこと)。これらの点で金融機関側の責任が認められるのであれば、損失額の軽減あるいは免除、解約違約金の軽減あるいは免除に応じるべきであろう。

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
originally appeared in Feb.9, 2011, August13, 2011 and January 8, 2012

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