Entrance for Studies in Finance

排出権取引とエネルギー抑制技術

 2007-2008年の金融危機を挟んで温暖化ガス排出規制をめぐる状況は変わった。
 すでに2001年に途上国に削減を義務付けていないことを理由ニアメリカが離脱。米国と中国という2大排出国が参加していないことを理由に2010年、日本は京都議場書による目標の受け入れを拒否。あくまで自主的に目標を設定するように変わった。さらに2013年1月 安倍晋三首相は民主党政権が2009年に掲げた1990年比25%削減の見直しを指示。2020年までに2005年比で3.8%減とした(2013年11月)。これは現実的な変更とされ、産業界に歓迎されたが、温暖化防止にむけての国内の議論が弱まった印象は否めない。
 背景には異常気象の頻発などが一方ではあるものの、1998年ごろから世界の平均気温の上昇テンポはにぶっている(=ハイエスタス)ことがある。

しかし懸念すべき材料は多い。まず日本では東日本大震災の後原子力発電所が停止したことでCO2排出量が増えている。火力発電への依存度が上がっているためだが、そこで一部に原発の活用を主張する声もある。しかしおそらく多数意見は原発の比率を抑えて、火力発電について技術の改善を急ぐべきというものではないか。いや再生エネルギーの技術開発だという意見もありうるが、期待される再生エネルギーは現在のところは高コストで電力価格の上昇につながっている問題があり、ガスや石炭による発電技術の改善はやはり急がれる。
 LNGを燃料ニガスタービンを回しその排熱で蒸気タービンを回すガスタービンコンバインドサイクルGTCCが知られている(GEが開発)。
 福島県で今後建設される最新鋭石炭火力は石炭ガス化複合発電IGCCとよばれるもの。これはガスタービンで発電後、排熱を使って再度発電するもので、従来型に比べて得られる電力量が2割ほどふえるとのこと。
 効率の高い高温高圧ガスタービン(高効率ボイラー)の技術開発も進められている(現在は500度から550度で発電効率は40%ほど 既に存在する超超臨界は600度級で42% 開発が進んでいるのはその先で700度から750度で発電効率は46%以上とのこと)。効率も上がり二酸化炭素排出量も減らせるとのこと。ただし配管などもこの高温高圧に耐える素材が求められるとのこと。
 こうした技術開発は、中国の現状とも関係がある。中国から微粒子物質PM2.5が日本に来ている(もちろん中国の大都市では日本以上に深刻になっている)。中国では熱量が少ない硫黄分の多い質の悪い石炭が安いという理由で大量に使われている。脱硫装置を付けたり、高温で効率的に燃やす技術は知られていてもコストの問題で導入が進まない。とくに規制の弱いところからの越境汚染は中國でも問題になっている。こうした中国の環境問題の解決にも、石炭火力発電での技術開発を急ぐ必要がある。

排出権取引とは(以下2008年3月当時の記述)
2008年の金融危機に陥る前、排出権取引は盛んに取り上げられた。まだ企業に具体的な排出権の割り当て(すなわち排出してよい排出ガスの量)が通知されたわけではないが、2006年に導入された温暖化ガス排出量の報告制度が企業行動に大きな影響を与え、企業は排出権の購入に走っていた。実際に排出権の割り当て規制が決められたあとで行動しても間に合わないということ、排出権の価格が今後値上がりする可能性があることなどがこうした企業の行動を生んでいた。地道に温暖化ガスの削減をするより排出権を購入した方がコストは10分の1以上安いという現実問題もある。
 モデルになっているのは欧州連合EU型。企業ごとに排出量の上限(キャップ)を設け、その過不足を企業間で取引するというもの。キャップ&トレード型と呼ばれている。2005年度に欧州連合は各国政府を通じて1万1000ほどの大規模施設に対して実績に応じて、CO2排出量の割り当てをすでに行っており、これに違反した施設は、1トンについて40ユーロの罰金が科せられることになっていた。

日本の状況
 経団連は2008年2月になって排出権取引について、容認方針に向けて調整を始めた。経団連は、個別企業単位の排出権の割り当てについて、産業の競争力をそぐ、公平な割り当ては困難などとして(排出権価格が高騰する 規制を嫌う企業が国外にでてしまうなど)反対し、その代わりに二酸化炭素の排出量を1990年度以下に抑制するとの目標を1997年に定めて実施してきた。経団連では、業種別での割り当て方式を検討していた。
公平な割り当てが難しいのは誰もが一致するところ。ただむつかしいといっているだけでは議論は前に進まないのではないだろうか。経団連の方針転換の背景に一つは、EUが現在の無償での排出枠の割り当て方式を見直し、排出枠を公開入札で有償で売却する方式に2013年から段階的に移行するとしたことだ。企業単位の自主的な取り組み自主性を評価する経団連の考え方に近くなったのである。
 日本では2006年4月に改正地球温暖化対策推進法が施行され、工場や大規模商業施設など約1万3000ケ所の事業所を対象に毎年6月末までに前年度の温暖化ガス排出量の報告を義務付けられた。国はこれを集計して企業ごとの実績を公開することになっている。ただし事業者が所管大臣に競争力に支障が出るなどの理由で公開拒否を申請して認められることがある。(なお同様の報告制度としては1999年の省エネルギー法改正により導入されたエネルギーの使用状況の報告制度がある。この制度では、事業所を第1種と第2種の2つに分けて、使用量の大きな第1種事業所に対してエネルギー使用状況の定期報告義務や改善計画の提出を課している。第2種事業所に対しては記録義務と講習受講義務が課せられている。改正地球温暖化対策推進法における温暖化ガス排出量報告制度の対象は、この第1種第2種よりもさらに広範囲となっている。このような報告制度の導入によって、企業は温暖化ガスの排出量抑制に取り組むことになったと考えられる)。
 そして日本はクリーン開発メカニズムCDMを通じた排出枠を2010年末で1億3000万トンを保有していた(2011年追記)。

出発は1997年の京都議定書(Kyoto Protcol)
 この問題の出発点は1997年の京都会議(正式名称 第3回気候変動枠組条約締結国会議COP3)で定められた京都議定書(Kyoto Protcol)にある。その内容は1990年を基準年として2008-2012年の目標年の平均で1990年に比べて約5%(日本については6%)の温暖化ガス排出量削減が決められたことにある。
 そして今、アメリカやカナダ、イタリアで排出量が大幅増になっている一方、ヨーロッパの英独仏3国は目標達成がほぼ確実。ヨーロッパ内では中東欧諸国は経済成長の鈍化を招くとして国別目標に反発がある。国によって情勢が異なっている。
日本については1990年の温暖化ガス排出量はCO2換算で12.61億トンとされる。これを6%削減して11.85億トンが目標年の上限となった。
 京都議定書の発効は、アメリカがこれに反対していることもあり遅れていたがロシアが賛成したことで2005年2月に発効した。しかし発効を見越して各国の政府・企業は、行動をしてきたとはいえる。日本の2005年の排出量は13.64億トン。これと比較すると2008年に迫った目標年までに(増えている分と合わせて)13%あまり1.79億トンの削減が必要になっている。
 ポスト京都議定書後の枠組みについては、2007年12月にインドネシアバリで開かれたCOP13(国連気候変動枠組み条約締結国会議)で2009年末を交渉期限とする合意が成立した。また2007年ドイツのハイリンゲンダム・サミットでは、2050年に世界の温暖化ガスを現状より半減する合意がなされている。

排出権購入がなぜ削減の代わりになるのか
 排出量削減の方法としては、排出権を購入するという方法が認められている。排出権は、目標を上回る排出量の削減行うことで発生する。温暖化ガスは環境問題がすでに長年指摘されて規制が進んだ先進国に比べて、途上国で削減余地が大きいとされている。これを売買することで、途上国の環境規制を促す効果もあると考えられた。これは環境問題を市場メカニズムを使って解決する試みとしても注目された。
 具体的には申請により、先進国政府、途上国政府、国連が承認・国連に登録されたプロジェクト(クリーン開発メカニズムCDM:Clean Development Mechanism)について、先進国からの資金や技術援助に対して、見返りに発生した排出権が途上国から先進国に渡される。なお途上国が単独で進めるものはユニラテラルCDMと呼ばれる。
あるいはそこで発生する排出権が、市場で購入されることもある。排出権については2003年にシカゴ気候取引所(CCX)で取引が開始された。京都議定書の採択に熱心でないアメリカで、逆にこうした取り組みが先行したことは注目された。このような取引を公正に行うには排出権を権利として登録した上でにそれをやりとりする必要がある。イギリスのロンドンでも欧州気候取引所(ECX 本社アムステルダム CCXが100%出資)で2005年4月から売買が開始されている。そのほか欧州エネルギー取引所(本社ライプチヒ EUREXの子会社)では2004年10月からindexを公表し、取引開始に向けて準備を進めているとされる。このほかオーストラリアや北京など世界各国で取引開始の動きがあり、日本では国際協力銀行が取引所開設に動いているとされる。
 現在(2008年3月)の排出権の取引値段は1トンあたり15ドル(1900円程度といわれる。1ドル126円換算。円高になると安くなる。1ドル115円なら1725円。おおむね15ユーロから20ユーロの間を変動。2006年春に30ユーロ超えまで高騰、その後急落し15ユーロ前後で安定。2000-3000円とみてよいであろう)。問題は技術革新や省エネに比べて、排出権を購入する方がコスト的に安いので排出権を企業が競って手当てしていることにある。先進国では、温暖化ガス排出抑制の技術はすでに導入されているので、今後の削減についてはコストが急速に高くなるからだとされる。排出権購入は途上国の排出抑制に有効な方策であることは分かるが、先進国での取り組みにはマイナスではないかという疑いは残る。なお目標値との差については、結局、各国政府が最後は排出権を購入するとみられる。このため排出権購入がビジネスとし成立するとともに、目標達成年の接近とともに排出権の値段が上がる(余るとの予測が増えると下落する)ことも予想されている。
 そこで企業は、技術を新規開発することと比較したコスト面、それから排出権の将来の価格変動を考えて早めに手当てするという二つの点から、排出権の購入に進むようになった。この購入ニーズは世界各国に及んでいるので、排出権を資産として保有することや途上国で事業展開するときに、排出権が生ずるように事業を「行い排出権の転売収入を事業収益に加えることを企業の戦略として考えれるようになった。また企業は将来の企業戦略を考えるときに、展開余地として排出権を確保しておくことが必要になるという計算も行われるようになった。
 排出権については、私としては温暖化ガスの抑制方法としては疑問がある。排出権のやりとりで、取引そのものに排出抑制の働きはないからである。ただこの仕組みの積極面は、排出権が取引の対象となることで、排出権抑制を行うことが金銭的利益になり、抑制を怠ることが金銭的マイナスになるという点にある。ただ排出権の価格が技術開発のコストより著しく安いということでは、先進国において排出量の抑制が進まないのではないかという疑問は残る。排出権の価格が技術開発のコストの上昇にそって上昇するようになる工夫が必要なのではないか。
 また米国22.1%や中国18.3%、インド4.3%など排出量の大きな国の排出抑制(技術移転)が不可欠ということもいえる(2004年の数値。日本は4.6%。今後2015年には中イン米で世界の半分にまで増加)。

目標をどうするか
 ヨーロッパ連合EUでは、2007年1月に2020年に1990年との比較で温暖化ガスの排出量の20%削減という目標(中期目標としては2050年までに60-80%削減)を宣言するとともに、加盟各国に数値目標を割り当てた。この割当数値については、各国が事前に申請した数値との乖離が大きい場合があり、反発が生まれている。
 2007年5月日本の阿倍首相は、2050年までに温暖化ガスの排出量を現状との比較で比較で半減させるという提案(美しい星50)を行った。他方、ドイツのメルケル首相は1990年との比較で半減させるという提案を行った。2007年6月6日から8日にかけてドイツのハイリゲンダムで行われたサミット(先進各国首脳会談)でこの温暖化ガス削減問題(地球温暖化問題)は最大のテーマの一つとなり、「2009年までに国連の場で2013年以降の枠組みを作ること」が合意として共同宣言に盛り込まれた。この問題は2008年に予定される北海道洞爺湖サミットでも取り上げられることが予想される。
 2008年1月26日のダボス会議で日本の福田康夫首相は、つぎの総量目標の数値には言及しなかったが、国別総量目標を提案した。

 2007年7月三菱UFJ証券は10月をめどに温暖化ガスの排出権の売買と仲介に乗り出すと表明した。2007年8月には大和SMBCが個人向け商品を開発するとした。これは同社の排出権転売益を利率に反映する商品。2006年には最低投資金額を6000万円とする富裕層向け商品で実績。また大口の需要家向けの売買取次業務にも乗り出すとのこと。2007年10月には国際協力銀行が2007年11月から排出権をネットで中身を開示して、取引を促すサイトを11月にも開始するとした。同時に排出権を信託受益権とした小口を売買する市場も立ち上げる。また三菱UFJ信託銀行やみずほ信託銀行でも排出権を信託商品として小口販売する事業に乗り出した。背景には国連と日本とを結ぶ排出権取引システムが2007年11月中旬に稼動を始めたことがある。同じくこの2007年7月に日本での排出権取引仲介へ参入を表明したのはゴールドマンサックス証券。日本で先行するモルガンスタンレー証券を追う展開。
 日本国内での排出権取引について、企業の排出可能の上限を行政機関が設けるcap and tradeの考え方に、産業界の一部が強く抵抗しているため議論が頓挫している。個別企業への上限枠は生産の総量規制を連想させるようだ。しかし日清製粉は自社グループ内で、グループ子会社が削減の意欲を高めるように、2008年度から自社内でcap and tradeを導入するとしている。子会社間で排出権を金銭でやりとりすることで、排出権削減の取り組みが利益につながる仕組みにしようとしている。

切り札と考えられるCO2の分離・地中貯留
なおCO2問題では、CO2を排ガスから分離してパイプラインで地下あるいは海底約1キロに送り帯水層に封じ込める「地中貯留」する技術の開発が進められている。しかし地中に漏れ出す危険や、地中の微生物の生態系に悪影響を及ぼす懸念も指摘されているが。そして実際にヨーロッパではデンマーク・エスビバウの石炭火力発電所でCO2の分離・地中貯留(carbon dioxide capture and storage:CCS)実験が、またスペインなどが海底油田で貯留実験を進んでいる。これが実用化されれば、CO2を排出しない火力発電所が見られることになり、将来的には大気中のCO2量のコントロールが可能になるかもしれない。なおこの技術開発は日本国内でも進められており、CO2分離の低コスト化が課題。ただし地震が多い日本国内では貯留の適地が少ないのではとも考えられる。このほかCO2から合成樹脂(プラスチック)を作るということも研究、合成効率、合成樹脂の強度や耐熱性などが課題ではあるが関心をもたれている。

なおこのブログ内の以下のブログにも関連する記述がある。
原子力エネルギーへの懐疑と代替エネルギー
 必要な産業技術への関心

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author. 
original Mar.2008
revised Mar.2014
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