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俳優と脚本 how to select a filmscript

好きな俳優の映画で楽しめないとがっかりすることがある。がっかりした例はJodie Foster(1962-)主演のFlightplan(2005)。監督のRobert Schwentke(1968-)がいけないのかJodieがいけないのか、最後まで楽しめなかった。私だけでなくとまどったファンが多かったようだ。Flightplanでは飛行機の中で娘の救出のため奔走する母親をJodieが演じるのだが犯人像が最後まで明確でないため、Jodieの戦いの意味が最後までわからなかった。実はJodieは David Fincher(1962-)監督のPanic Room(2002)で筋書きは違うが、屋敷の一室に閉じ込められて侵入者と戦う母子を演じている。二つの作品は多くの点で似ている。
 また思い出したのは今回の作品は飛行機という空間の中に閉じ込められることの多い現代を象徴する作品だということ。その点で飛行場を主題にしたTom Hanks(1956-)のTerminal(2004)を思い出したが、ともにその意味では現代的な作品といえる。問題は脚本の出来なのではないか。たとえばFlightplanでは技師に過ぎない主人公が、あまりに鮮やかに活躍する。また犯人像が最後まで不明確なままだ。Terminalでは主人公の履歴は隠されているので、主人公が才能を発揮しても納得してしまう。そして最後にその才能の種明かしがある。これはよくツボを心得た脚本ではないか。
 ある程度、高名な俳優は脚本を選べる、つまり出演映画を選べるわけだから出演作品の失敗にはJodieの脚本を見る目の問題も感じてしまう。そのような意味で俳優と出演映画をみることも興味深い。
 わたしから見てよく選んで出演していると思うのはHanksとかDustin HoffmanとかGary Sinise(1955-)Juria Roberts(1967-)である。
Julia Roberts(1967-)主演のErin Brockovich(2000配給ソニーP)は六価クロム(hexavalent chromium)による水質汚染という現代的な公害訴訟を描いているが、ニュース性や彼女の容貌の魅力もあって娯楽映画として成立している。六価クロムは防錆剤としてメッキ工程で幅広く使われたほか、皮なめし、顔料などとして用途は広かったが、強い毒性があり2006年から日本でも使用禁止になった。しかし身近なコンクリから溶出するのだが対策が取られていないとの説も議論されている。
日本では土壌汚染については2003年2月に土壌汚染対策法が施行され、有害物質を扱っていた工場などの土地の転用に際して、土地所有者に土壌汚染の調査義務が課せられた。また汚染が発見された場合は、土地所有者(または汚染原因者)に汚染除去が義務付けられた。浄化の技術が急速に開発されている。細菌や植物の力を借りるものから、化学反応や吸着剤を利用するものなど。また環境保険の仕組みを導入して、事後的に発生した浄化費用を保険で賄うことで事業リスクを減らそうとすることも始まっている。なおRobertsは前後して、Hugh Grant(1960-)と共演したNotting Hill(1999)や あるいは1950年代のアメリカの保守的な女子大学の姿を描いたMona Lisa Smile(2003)にもその清純な美貌を見せている。
いずれも娯楽作品だが、社会性もある作品で単に美貌で売るのではなく、出演作品を厳しく選び何かを社会に伝えようとする彼女の姿勢が伝わってくる。なおMona Lisa Smileで教師役のRobertsと激しくぶつかるJoane役を演じたのはJulia Stiles(1981-)。Stilesは少し影を感じさせるところが持ち味だ。StilesはSave the Last Dance(2001)の主演で注目された。
Hanksは演劇人として多才で独自の演劇論を語れる人物としても知られる。Forrest Gump(1994)Apollo 13(1995)Green Mile(1999)そして近作のThe Da Vinci Code(2006製作コロンビア配給ソニーP)などからも知性派の演劇人の片鱗が伺える。なかでもForrest GumpはContactも監督したZemeckisが監督したもの。   
 Dustin Hoffman(1937-)はすでに高齢だがRunaway Jury(2003)で正義派の弁護士役で登場した。銃規制の問題を扱ったこの映画の原作はJohn Grisham(1955-)のもの。Grishamは法学で学位を得たあと弁護士活動を行い、さらに下院議員を1期勤めたのちに1990年頃から執筆に専念という異色の経歴である。さすがに法廷描写はお手の物だった。Hoffmanに再びお目にかかったのはStranger than Fiction(2006)でのProf.Hilbertの役。小説家(Emma Thomson)の虚構が現実に進行するという脚本(Zach Helm)は極めて巧み。Hoffmanが台本を選んで出演していることが伺える作品だった。主人公の普通の人を演じたWill Ferrelの抑えた演技が光っていた。
Prof.Hilbertを見ておもいだしたのはRobin Wiilamsが出演したGood Will Hunting(1997)。ここでWillamsは、コミュニティカレッジに勤める心理学者の役で登場する。このWillamsと友人の著名な数学者のProf.Lambeau(Stellan Skargarad)が有名大学の教授というのが対比されていて、アメリカのコミュニティカレッジの意味をふと考えさせる映画だった。Prof.Hilbertのいる大学は、そのいずれのタイプの大学でもない、ちょうど中間レベルの大学にみえた。
 Siniseは、Mission to Mars(2000)で主役を勤めていた俳優である。SiniseはApollo 13(1995)で搭乗クルーから外されたが事故で帰還が危ぶまれたApollo 13を地上から救援に奔走する役回りで出演した。またその翌年のRansom(1996)では一転して、誘拐事件を裏で仕組む警察官つまり悪役を演じ、主演のMel Gibson(1956-)よりむしろ存在感があった。イリノイ州出身のSiniseは高校時代から仲間で演劇に熱中する少年だった。彼の出発点は1974年にシカゴの教会の地下室で始めた演劇活動だった。この活動がブロードウエイに進出する成功につながったとされている。
 もっともMission to Mars(2000)も異星人の絡みで評価が別れた映画だった。私自身は宇宙空間の描き方などにしても底知れない深い空間として描いていることに、Brian De Palma監督(1940-)のセンスを感じた(Palmaは大学で物理学を学んだという映画界では珍しく理系の人物。Tom Cruise(1962-)主演の Mission Impossible(1996)を監督している)。
 この映画の評価が別れたのは、この映画が火星上の人面石(face on Mars)を人工的な構造物、つまり異星人による建築物であるとの立場を示したことにある。この人面石(つまり人面に見える石)は1976年7月に探査衛星機からの撮影により発見されたが、NASAは1998年4月に再度の撮影画像の分析から人面の形状をしていないと断定している。ただしこの画像分析にも異論があり、NASAがこの人面石のほかにも火星表面上に人工的なつまり地球外生命体による構造物が見られる事実を隠しているとの指摘もある。Mission to Marsはこうした指摘を肯定する流れにあり、Contact(1997)などの思潮とも近い。頭からこうした異星人の存在といった考え方を受け入れない人にとってこの映画は耐えられない映画だったようでそこが評価が別れる一つの理由になってしまった。なおSiniseはその後もやはり異星人の地球侵入を示唆するForegotten(2004)に出演しているので、このような思潮に自身も近いのだろう。私自身は不思議大好きなので異星人登場のところはまったくOKなのだけれど。
ハリウッドの異星人趣味とクソまじめ人とが見解がぶつかり、映画評が割れた映画は多い。たとえばM.Night Shyamalan(1970-)監督脚本のThe Signs(2002)。インド出身のShyamalanはかつてThe sixth sense(1999)の脚本監督で注目を集めた(Bruce Wills 1955- and H.J.Osment 1988-)。Mel Gibson(1956-)とRory Culkin少年(1989-)を使ったSignsのテーマは真面目に異星人だった。なおRory CulkinはHome Alone(1990配給フォックス)に出演のMacaulay Culkin(1980-)とは兄弟。Culkin兄弟は7人おり、Macaulayは3人目、Roryは末っ子である。そしてSignsで物語を盛り上げる小道具として登場するのはcrop circle(mystery circle in Japanese english)。植物が幾何学的模様になぎ倒される現象で人間によるいたずらのほかは、プラズマ現象として説明できるとの説もあるが、映画では宇宙人説を取っている。しかしその設定では楽しめない人もいるようだ。
 この問題、つまり創られた大問題をどう考えるかはたとえば1986年に「発見された」与那国島の海底構造物をめぐる日本の国内論争と似ている。海底構造物は自然造形とするという議論をネット上にばらまいているのは地学系の若い学生たちのようだが、その議論の仕方は個人名を挙げた個人攻撃で品性に欠ける。反論したければ構造物について学問的に自然が造形できることを論証すればいいだけのことだ。私としては人工的な構造物や異星人の痕跡が発見されることを多いに期待するのだけれど。
丹波哲郎(1922-2006)の大霊界(1989)(1992)(1994)は、丹波氏の信仰の表明なのだけれど、かつ特撮は幼稚なものだったがわだかまりなく鑑賞された。なお丹波哲郎は新宿の成城高校を卒業後、中央大学法学部。1960年代に入り個性派として注目されやがて大御所的存在となった。祖父は明治・大正期の薬学者である丹波敬三(1854-1924)。丹波家は平安期に朝廷に仕えた記録の残る代々続いた医家とされる。2003年正月に公開された塩田明彦監督の『黄泉帰り』。こうした日本人が大好きな死後の世界のお話と異星人のお話は、つながっていると思うのだけれど。
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.

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