楽天とともに敵対的企業買収で企業イメージを悪化させた典型は王子製紙である。このとき王子側を指揮した野村も傷付いた。
この事件は、野村の企業イメージを回復が困難なほど悪化させた。一般に企業買収では、外資証券が乗っ取り側、日本の証券が防衛側という戦いの構図がある。ところが野村は2006年8月の王子製紙による北越製紙買収事件(表明7/23 開始8/1 日本製紙の対抗取得判明8/3)では、王子側とともに社会的反発を見定めず国内企業同士の敵対的企業買収案件を押し進め王子とともに敗北した。
この案件では北越側のアドバイザーにクレディスイスが就任。日本の証券会社の野村がこともあろうに敵対的買収をしかけ、外資証券がその防衛策を練る展開になった。クレデイスイスが防衛側になった背景には、北越に最初依頼を受けた「みずほ証券」がみずほGの王子との関係への配慮から、助言役を逃げたことがあった。みずほは、自らの評価を上げる機会を失った。
この事件では王子が業界内の協調を無視して暴走。結果として業界内で孤立するに至った。その背景には、製紙業界の生産設備過剰問題があるが、王子による市場支配強化への反発は予想以上だった。需要者側である印刷業界も製紙業界で王子の寡占が強まることに警戒感を示した。2006年6月 日本印刷産業連合会は王子と北越の統合に反対する声明を発表した。誰もが王子を嫌いなのだ。
もともと製紙業界内に王子への反発があった。その背景は2004年の王子が家庭紙で市況対策を放棄したフル生産・フル販売騒動。そして王子が北越に対して新潟工場への新鋭設備導入をやめるように圧力をかけたのもその前後の話。王子のわがままな論理があった。加えて今回の買収騒ぎで王子は強い反発を受けた。嫌われる行動が王子の体質になっているのは大問題ではないか。
製紙業界の売上高(2006年3月期)では王子製紙がトップで1兆2138億円。日本製紙Gが1兆1521億円。大王製紙とレンゴーが3位で各4022,4021億円。5位が三菱製紙で2284億円、6位が北越で1536億円、中越パルプが1110億円となっている。紙の種類でシェアは違うが2005年の印刷情報紙のシェアでは、日本製紙28.8% 王子製紙23.3% 北越製紙8.4% 大王製紙8.4% 三菱製紙7.6%などとなっている。
この王子の動きに北越は三菱商事に第三者割当をして、三菱の出資比率を24%強に高めて抵抗した(三菱商事が筆頭株主に)。王子が差し止め訴訟をなぜかためらう間に、日本製紙が業界の秩序維持を明分に北越製紙株を市場で9%弱まで買付け、王子のTOBは失敗が確定した。その後、大王製紙(日本製紙とは仲が良くない)と北越製紙が相互出資へ。業界秩序を乱した王子は、需要家から反発を受けただけでなく業界で孤立するに至った。
王子そして、背後で敵対的TOBを操った野村は、敵対的TOBをしかけたことで企業イメージを自ら悪化させた。王子以外の製紙メーカーは反王子で結束した。敗北後、王子―野村の両社幹部はそれぞれ強気の発言を繰り返したが、両社の経営に大きな汚点を残したといえる。
製紙業界では、市場の成熟の中で各社が生き残りをかけて高効率の生産設備を導入、旧設備の廃棄が課題になっている。新鋭設備が設備過剰ー低収益につながっている。加えて2000年代後半、中国の需要もあり古紙、木材チップ、原油(工場稼動・物流のコストに影響)が高騰。さらに円安により原燃料コストが上昇。2006-2007年と利益は圧迫された。理屈では輸出であるが、単価が安い紙で利益を出すのはむつかしい。
しかしだからといって、強引な買収による生産調整は従業員や取引先企業の反発を招き企業イメージを悪化させるだけで得られるものは何もない。まして地域社会を敵に回した段階で、日本社会全体と敵対したに等しい。それを王子はあえて強行した。
なお原油や古紙の高騰もあり、2007年7月から9月にかけて製紙業界は原材料の値上がりを理由とする製品値上げをなんとか実現させた。なお2006年には利幅がうすくなった上質紙の値上げを実施しているが、2007年の値上げは全品目にわたり10%以上という本格的なもの。なお紙の値上げとともに需要家は軽量紙にシフト。従来紙の値段は重さではかっていたためであるが。そこで製紙業界では、軽量になるほど高い新たな価格体系を提案して、印刷会社と交渉に臨んでいる(07年10月)。
業界の構図は住友商事を背後とする日本製紙グループと最大手の王子製紙とが拮抗する状況。2007年8月には日本製紙が段ボール最大手のレンゴー(2004年のシェアはレンゴー24.5%王子製紙が24.4%トーモク6.9%日本製紙系5.3%など)と生産統合(2006年11月発表)、2007年10月には、三島製紙の完全子会社化(2008年2月)と国内生産拠点3箇所の閉鎖(2008年9月末)を発表。さらに2007年11月には台湾の製紙大手永豊餘造紙との業務提携を発表した。日本製紙側のOEM、輸出とされる。
日本製紙はレンゴーへの出資比率は5%。提携範囲も部分的で事業ごとの提携。北越とは印刷用紙。レンゴーとは段ボール関連。そして提携の背後に商社(住友商事)。住友とすれば紙パルプでの丸紅がダントツで2位伊藤忠。この体制を崩す好機。
王子は北越買収の後遺症に苦しんだが、2007年10月積年の課題であった中国現地生産に向けて中国政府の合弁会社設立認可がおりた。これは総投資額2000億円という大規模プロジェクト。工場の能力は当初80万トンで最終的な生産能力は120万トン。しかし2003年の計画発表から工場の着工に要した年数から、今後の中国ビジネスの展開に不安は残している。王子はもともと北越を買収することで国内の競争を緩和し、中国に進出する戦略だった。
結果として北越買収は王子包囲網を強めただけだった。国内で王子は2007年11月、三菱製紙との資本業務提携にこぎつけた。今回の三菱ー王子の提携は、ノーカーボン紙と感熱記録紙という分野を限った提携で双方側が出資(王子側が多い)。市場縮小にあるノーカーボンについては三菱側に集約。双方がOEM供給するというもの。反王子の三菱商事側と思われた三菱製紙が王子と提携したことは注目される。
三菱製紙は2000年には北越と業務資本提携したものの破談。その後、中越パルプと合併話を進めてこれも破談(2005年5月)し三菱商事の連携に頼った経緯がある。今回、三菱商事とも距離をとるとすればその変節ぶりはこれも歴史に残ろう。逆に言えばそれだけ三菱製紙は基盤が脆弱で、独立政策には困難が大きいということであろう。大きくはあっても業界で孤児となった王子製紙、独立にこだわって提携相手と破談を繰り返してきた三菱製紙。あまり明るい組み合わせではないかも。
敵対的TOB失敗後の製紙業界
王子(―野村)による北越製紙に対する敵対的TOBが失敗したのは2006年夏だった。この事件によって王子製紙と野村證券は「悪者」になった。そのイメージはなかなかしばらく改善されないだろう。王子製紙と野村證券がこの敵対的TOBによって失ったものは少なくないが、企業イメージの悪化が最大のもので両社は無形の貴重な財産を失ったといえる。
買収の背景には、慢性的設備過剰という製紙業界がある。そのことへの社会の認識が進んだことがこの騒動のプラス面だろう。
買収失敗の原因
王子が提示した800円台のTOBが、北越製紙の600円台の第三者割当増資に負けたのは、王子と野村が、今後の三菱商事あるいは三菱グループとのビジネスに配慮した結果との見方がある。資本市場の論理が貫徹されていないと。投資家の利益が犠牲になっていると(参照 上村達男・金児昭『株式会社はどこへゆくか』日本経済新聞出版社, 2007年, 15-16, 19-20.)。しかし私は王子ー野村が、北越の地元自治体を敵に回したときから勝負は決まっていたと考える。私見では、買収の強行が、地元自治体の支持を受けていないことが明らかになった段階で、王子ー野村は買収中止の筋書きをむしろ必要としていたのではないか。
2007年から2008年への展開
2007年には輸出の拡大によって、稼働率を維持しようとする動きが各社でみられた。2008年秋になって中国経済の減速が明確になってからは、各社とも減産によって値崩れを防ごうとしている。
その間、2007年から2008年にかけては、原油、木材チップ、古紙など製紙の原材料が高騰した。そこで製紙業界はコストの価格への転嫁を進めようとした。その途中で全く別個の問題が生じた。再生紙偽装問題である(2008年1月)。そのほとぼりを待つかのように2008年春以降、敵対的TOBによる騒動を忘れたかのように業界は一丸となって、価格の再引き上げに努めることになった。
ところが2008年夏頃から業界を取り巻く状況は再度変化を始める。原油の価格が下がり始めさらに2008年秋になると頼みの中国市場の減速がはっきりしてくる。古紙市場が下落を始めた。かくして製紙各社は減産に努めるようになる。この減産も、敵対的TOBでの騒動を忘れたかのような協調体制となっている。
以上のような協調的な動きは、TOB失敗がもたらしたひとつの財産かもしれない。TOBにより危機感が共有されたとはいえるからだ。
王子の北越へのTOBは、三菱商事が第3者割当で24.09%を取得したことで失敗が確定した。このことで三菱商事が製紙業界再編で役割を果たすのではとの観測もあった。その後、三菱は特殊東海HDへの持分も引き上げた(07年5月)。しかし三菱はここで動きを止めてしまっている。今一つ製紙業界に食い込んでいるのは、日本製紙とレンゴーに出資している住友商事であるが、住友商事もボール紙の分野を超えた業界再編の意欲はなさそうである。つまり製紙業界再編の核になるものが不在のまま時が経過している。ここにも敵対的TOBの後遺症がみられる。
その後製紙業界は景気後退で大手2社の2強体制が強まった。2009年3月。製紙7位の北越製紙が2009年10月をめどに10位の紀州製紙買収(株式交換方式)をすると発表した。不況のなかで生き残りをかけて生産設備の再編を進める動きとされた。紀州は書籍パンフなど高級紙、北越はチラシ、カタログなどにに注力。両社で ラインの整理をすすめるとした。
王子の中国工場の稼働(2010)
王子の中国南通工場(中国江蘇省 紙パルプ一貫工場 年生産能力40万トンの製紙設備 さらに70万トンのパルプ生産設備でパルプ設備は中国で最大 2007年着工)が2010年7月下旬に試運転をはじめ、2010年内の稼働のめどがたった。総額20億ドル(約1800億円)の大規模プロジェクトである。これに対して日本製紙は2009年に6億豪ドル約360億円で豪州製紙のオーストラリアンペーパー(豪州3位)を買収。2010年6月には中国の理分造紙公司(中国ダンボール原紙3位)に12%約420億円出資したとのこと。またレンゴーは2009年に中国にダンボールの新工場を稼働。大王製紙は2010年内にタイに紙おむつ工場を建設する(当初投資額30億円)。
国内紙市場が2000年をピークに減少にむかうなか、各社は輸出を含め海外シフトを急いでいる。しかしアジア各国には欧米メーカーがすでに進出しており、日本メーカーは後追いともされている。
証券市場論講義 証券市場論リンク
斎藤達弘 王子製紙による北越製紙への敵対的TOB新潟大学経済学部WP No.131
桂信太郎 製紙業界再編と王子、北越のTOB問題の考察日本生産管理学会論文誌13-2, 2007/02
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