Entrance for Studies in Finance

企業金融理論corporate finance

企業金融理論

Hiroshi Fukumitsu

 本日は企業金融理論corporate financeについてお話します。

sole trader

partnership

incorporated firm

 

private limited firm

 

public limited firm

 企業金融理論の中で従来もっとも熱心に議論されたのは資本構成capital structure、つまり使用総資本に占める債務(他人資本)の比率の問題でした。ここで使用総資本というのは調達資金全体という意味。その使用総資本の内容を問うのが資本構成の問題です。あるいは自己資本に対する債務(他人資本)の倍率、別名、債務レバレッジの問題でした。この議論は来週のエクイティファイナンスの議論にも関わります。以下のお話はこれらの点を理論的にどのように説明するかに関わります。詳しくみてゆきましょう。

1.資本構成比率(capital structure)
 ここで資本とは使用総資本のことです。そして資本構成比率とは、債務と自己資本の総資本に占める構成比率のことです。
 この比率の決定にあたって前提になるのは、企業経営の目的は、株主にとっての企業価値(わかりやすく考えれば株価)**の最大化にあるという考え方です。もちろん、このようにいうことは過度の単純化を含みますが、企業価値を最大化する比率が存在するという考え方はtrade off theoryを前提にしています。
 しかし果たして企業経営者が、このような企業価値最大化という観点で行動しているかは疑問があります。企業はむしろ債務が嫌いなのではないかとも思えるのです。企業経営者は銀行借入であれ、増資であれ、経営の行動を制約されることを嫌い、できるだけ手元資金の水準を高くして行動しようとするものではないかと思います。現実に多く見られる無借金経営や、高いCF水準の企業を理解するには、企業について異なる仮説が必要です。学問的な外観をもちながら標準的な「理論」は、企業買収者の側からみた企業観で、経営者を不信の目でとらえる、かなりイデオロギー(思想)過剰な「お話」であるように私は考えています。加えてこのような金融理論は、現実には存在しない「完全市場」を仮定して議論を進めるなど、かなり「無理」もあります。それでも、標準的なお話を理解することは大事です。
 trade off theoryとは債務の増加にはプラス面にマイナス面が随伴している、マイナス面は最初は小さいがやがて大きくなってプラス面を超えてしまうという考えかたです。ここでの債務について一方でプラス面があり、他方でマイナス面がありますが、やがてプラスの効果はマイナスの効果で減殺されてしまいます。
 **企業価値を株価のようにいうのはもちろん単純化した言い方で、厳密にいえば企業価値=債権者価値+株主価値 とされ、株主価値(単純化すれば時価総額)を発行株数で割ると株価がでてきます。この式は以下のように変形されます。
 債権者価値=企業価値ー株主価値
 株主価値=企業価値ー債権者価値
 保田隆明『企業ファイナンス入門講座』ダイヤモンド社, 2008年, pp.102-103.  

債務の魅力(プラス面) 
 すでにレバレッジ効果については説明していますがあとで再論します。もう一つは資本コスト効果があります。これは債務が要求するコストが、自己資本が要求するコスト(期待収益率)に比べて低いために、債務比率を上げるほど(債務と自己資本とを合わせた)資本コストが下がるというものです。しかしそれには一定の債務比率の範囲までという限界があります。

 資本コスト効果
 債務の増加には、資本コスト(加重平均資本コスト)を下げる面があります。資本コストとは、資本を提供する側が期待している収益の大きさです。資本コストが下がるということは、企業経営者が完全に自由にできるキャッシュはそれだけ大きくなります。
総資本A=負債D+自己資本E とします。負債のコストをi 自己資本のコストをrとします。そのとき
 資本コストWACC=i(D/A)+r(E/A) はi<r のとき負債比率D/Aが大きいほど小さくなります(負債の収益である利子の支払いは債権債務契約の中で保護されており、自己資本に対する収益に比べてリスクは小さいので自己資本の収益率より小さい大きさでよいと仮定していますので、一般的にはi<rとなります)。
A=E+Dという関係を前提に以下のように変形します。
WACC=i(D/A)+r(A-D)/A=r+(i-r)(D/A)=r-(r-i)(D/A)
 さてこの式で 0<i<r ですが D/A負債比率の増加とともに rとiがどのように変化するかを考えます。このiは負債コストですが、市場で決定されるリスクフリー金利で個別資本のリスクプレミアムを付加したものと考えられます。そしてそのリスクプレミアムに大きく影響するのは債務比率です。
 iが少しずつ増えますので当初はWACCは減少。しかしやがてあるところで反転します。(あるところから反転するのは倒産コストが表面化するからですが、後述します)。 
 なおWACCとは加重平均資本コストweighted average cost of capitalのことです。waccは現在価値を決める割引率にも使われます。この値が小さいほどDCF法(discounted cash flow method)で計算された現在価値は大きくなります。(現在価値, DCF法などについての私の説明は、「現代の証券市場」の企業価値評価valuationのところで行います。)
 rについては個別資本ごとに、投資家の側から見て期待する収益率の大きさが存在すると考えられます。それを説明するのがCAPMという式ですが、この自己資本コストrを導くCAPM capital asset pricing modelに多くの問題があります。capmはつぎのような算式で示されます。
 Ri = Rf + βi×Rm
なおここでRiは個別証券の収益率。Rfはリスクフリーレート。Rmは市場平均収益率。βiは個別証券収益率の市場平均収益率からの乖離の程度。実はcapmには多くの疑問がでています。これはベースとなるデータの信頼性に専門家の間にすら異論があるからです。沢山の関連文献がありますがたとえば次の資料をみてください。
 cf.Rober F.Brunner and others, Case Studies in Finance, 6th.ed., McGrawHill, 2009, 185-195.
 CAPMという式が成立するかにも疑問がでています。しかしむつかしい議論に頼らなくても、負担するリスクの違いから、自己資本の期待収益率は、負債のコストより大きいと仮定できます。負債比率の意義を考える上ではそれで十分だといえます。
なお自己資本コストにはいかのような報告もあります。
 [自己]資本コスト 配当利回り+株価の年平上昇率 
 David Campbell and others, Business Studies, Butterworthe-Heinemann:1999, pp.53-73, esp., p.60 

 節税効果もあります。
節税効果tax benefits;tax relief;tax saving;tax shield effect
利払い額分だけ課税対象所得が減るので利払い額×税額だけ、負債は課税額を減らす効果があるというものです。  i×t このような効果は税金が高い国ほど大きくなります
節税額を考慮した債務コスト i-i×t=i×(1-t)
                  =i(1-t)
節税額を考慮した加重平均コストはつぎのように表現されます。
 WACC=i(1-t)(D/A)+r(E/A) 
 つまり節税効果it(D/A)は負債比率D/Aが大きいほど大きくなります。

 レバレッジ効果leverage effect 
 債務のレバレッジ効果について再論します。自己資本利益率ROE=R/Eの改善という視点です。 
資産利益率ROAが正の値であるかぎり、D/E(債務レバレッジ倍率)が大きいほど自己資本利益率ROEが大きいという命題を債務のレバレッジ効果といいます。これはつぎのように証明できます。
 R/E = (R/A)×(A/E)
= (R/A)×(E+D)/E
= R/A + (R/A)×(D/E)
ROE=R0A×(A/E)=ROA×(E+D)/E=ROA(1+ D/E)
(E+D)/E あるいは D/E は財務レバレッジ(係数)と呼ばれることがある。この比率が大きいほど負債比率も高い。
 この式をleverage effect equationとよぶことがあります。

 (cf.レバレッジはアメリカ風の言い方。イギリス風ではgearingといいます。L/E あるいはL/(L+E)です。Philip Ramsden, Finance for Non-financial Managers, McGrawhill:2003, pp.14,73)
 なお債務の逆レバレッジ効果reverse leverage effectとは、ROAがマイナスのときは全く逆の効果が生ずることを指しています。マイナスの数字が拡大する。レバレッジ効果を謳歌していた企業が、一転して逆レバレッジに苦しむことは十分ありうることなのです。 
 ところでD/E の増加によりROEの振幅が大きくなるというのがleverage effectの含意ですが、通常はROAが正であるところだけを見て、債務レバレッジ倍率が高いほど自己資本利益率は改善されると見ます。
 
しかし債務にはマイナス面もあります。 すなわち債務を増やすと固定費に含まれる利払い費用が増加します。総費用が上昇して損益分岐点売上高も上昇します。債務を増やすほど、倒産リスクdefault riskが上昇しているともいえます。このリスクは債務の増加とともに逓増します(徐々に増えます)のでこれを逓増リスクincreasing riskともいいます。前提となるROAが正という条件が成立しなくなるということでもあります。
 この倒産リスクの拡大は、貸付を行う企業・金融機関にとっては、債務不履行のリスクだといえます。当然ですが、倒産リスクの上昇に対して貸付条件の変更で債権者は自分の側を守ろうとします。分かりやすいのは金利水準の引き上げです(そのほか担保や保証の積み増し、貸付額を減らす、貸付期間を短縮化するなど)。
 返済能力を失ってしまった企業は、財務的困窮financial distress状態にあるとされます。そして実際に倒産したときに、貸付側には倒産コストが発生します。
以下の記述の理論的な部分はつぎの2つの本を参照しています。
Stephen Ross, Randolph Westerfield, Jeffrey Jaffe, Modern Financial Mnagement, McGraw-Hill Irwin, 2007.
Carol Alexander and Elizabeth Sheedy, The Professional Risk Managers' Guide to Finance Theory and Application, McGraw-Hill Irwin, 2008. 

倒産コストbankruptcy costの内容
倒産には2つの状態があります。まったく債務超過になった状況での倒産と、精算すればある程度の資産が残っている状況での倒産です。
 倒産はしかしタダではできません。まず清算及び再建に伴う法律的・管理的コストがあります。これを直接費用(direct cost)としますと、間接費用(indirect cost)としては、事業継続能力の喪失あるいは事業能力への信頼の喪失、投資の余裕がなくなることによる投資機会の喪失、利払い負担の増加による企業価値の喪失などがあります。
 一般にtrade offというのは、相反する動きが生ずることをいいます。債務の増加にはこうしたtrade offの議論があてはまります。
 資本コストに注目しますと、自己資本100%のところから出発すると最初は、債務の方がコストが低いのですから、資本コストは低下してゆきます。また債務レバレッジ効果や、利払いの節税効果も出ているはずです。しかし債務比率があがると金利負担が次第に上昇。やがて倒産に至ります。その間、債務コストが資本収益率を上回る可能性が増えますし、やがては最後には債務を増やすと資本コストが上昇するようになります。つまり債務の増加には、資本コストの面あるいは企業価値の面から限界があるとみるべきでしょう。

2.債務のそのほかの魅力attractiveness of liabilities
 柔軟性flexibility
株式発行による自己資本調達に比べて柔軟性があるとされています。当座貸越や融資枠契約などでは企業側の判断や都合だけでの調達も可能です。 

 モニタリングによる効率の改善
これは議論の余地があるでしょうが、借入によってたとえば銀行によって監視されていることで、経営者の行動において規律が改善され、企業の株主価値が改善するという考え方です。
 同様に高い債務比率にある経営者は、経営の改善に向けて高い緊張感のもとにあるという言うこともできます。では逆にモニタリングを受けていない経営者はどのような行動に走りやすいと考えられるか。それをagency costsと名づけて例示してみましょう。 

agency costs; selfish investment strategyの例示
  ハイリスク投資への誘惑taking large risk
  行うべき収益改善投資の放棄underinvestment
  過剰な配当支払いの誘惑milking the property

 債務増加のシグナル効果
 最後に株価(企業価値と読み替える)に与える影響をみましょう。実はプラスに働くという考え方があります。債務の増加(そして設備投資の拡大)は経営者が強気の経営判断を示すものだという理解があります。つまり債務増加が、株価の過小評価のシグナルになるからです。それは収益見通しについて、投資家が知りえない情報をもっている経営者が強気の経営判断をしているそのシグナルだと理解されるからです。そこで債務の増加は、投資家を買いに走らせ株価にプラスの影響を与えることがあります。これを債務増加のシグナル効果と呼ぶことにします。
 このことから企業によっては投資家を欺く目的で、債務の増加に踏み切るものがいるとされます。砂川さんは企業が負債比率を高めるのは、「デフォルトしない強い自信の表れ」であり、「将来の業績に自信がある」とのシグナルを市場に発信しているのだと説いています。砂川伸幸『コーポレート・ファイナンス入門』日本経済新聞出版社, 2004年, p.138.また配当政策の変更にも投資家より企業の業績を知っている企業[経営者]が発信するシグナルの側面があるとします。前掲書, pp.152-153.
 逆に債務減少deleverageに企業経営者が動くのは、経営者が債務に耐えられないと赤旗を振っているともいえます。
Any sign of deleverage shown by a company is a red flag to investors who require growth in the companies they invest.(investopedia)

3.自己資本の魅力とは何かhow equity is charming
 つぎに企業経営の立場から自己資本の魅力とは何かを考えましょう。あるいはなぜ自己資本は必要なのでしょうか。
自己資本の魅力
 自己資本といっても株式を発行して調達した部分と利益の内部留保により調達した部分とがあります。このうち内部留保retained profit分は配当負担がありませんので、コストがかかっていないようにみえます。また株式で集めた部分については収益を必ず払わなければいけないわけではありません。債務のように利払いを約束したわけでも、償還を約束したわけでもありません。
 この株式の部分と内部留保の部分の違いはどこにあるのでしょうか。同じ自己資本であっても、この株式の部分だけが、会社に対する所有権にかかわっています。言い方を変えると、株式には株主という所有者がいます。内部留保は会社そのものに帰属している部分ですね。
これら自己資本に共通するのは、経営上のリスクを負担する資本だということです。その意味は2つあるのではないでしょうか。
 一つは残余利益residual profitの受け手として不安定な収益に甘んずるということです。そして実際に損失が発生した場合は対応する減失を受け入れるということです。だとすると自己資本の厚さは、リスク負担能力の高さ、経営の安定度を示すことになります。
 もう一つは安定性にあるのではないかと思います。それは償還が予定されない点に示されています。永続資本permanent capitalという言い方があります(ただし株式を通じて自己資本を出している投資家は、その株式を売ってその立場を譲渡することがあります)。またより積極的には株主が存在することで、追加的負担(追加的出資)に応じる可能性を示してもいます。そういうと、まるで株主が無限責任を負っているかのようですが、教科書的な有限責任論の世界とは異なり、現実の世界では経営の関与している支配的株主は、企業が危なくなると追加的出資に応じることがしばしばあります。自己資本を増やそうとする経営者の行動は株価にマイナスの作用を与えることもあります(以下のシグナル効果の説明参照)。
 
 参考 株式発行のシグナル効果
 経営者は経営実態について投資家より情報を持っていると仮定すると、株式を経営者が発行するのは、株価(企業価値と読み替える)が過大評価(割高)overvaluedになっているからだという仮説があります。そこで株式が発行されると、市場は従来の過大評価を修正するので株価が下がるというのです。
 だとすると株式の発行は、株価の過大評価修正のシグナルになり、それを契機に株価が下がるというのです。この考え方では、単純な比較では債券の発行(株価の過小評価を意味します)のほうが株価に与える影響からすればこのましいということです。
 なお私自身は株が追加で発行されれば、需給要因から考えて株価が下がるのは当然とみます。シグナルなのかもしれませんが、現実に需給でみて株式の供給が増えるのは株価の押し下げ要因ですよね。なぜそれをシグナル効果signaling effectと呼ぶのか。市場参加者の行動が重要だということでしょうか。
 株式発行がこのように株価割高を告げるものだとすると、自社株買いは株価の割安のサインになるとのことです。砂川さんは「業績の好調」であると判断したとき、企業は自社株を買います。だから自社株買いは、企業の株価が割安であるシグナルとみなせますと結んでいます。砂川伸幸, 前掲書, p.155.

4.cash flow の安定性と資金の選択という考え方
 では企業経営者は、債務と資本の実際の選択をどのように行うべきでしょうか。
伝統的な考え方は、企業価値を最大化するという意味で最適な負債比率が存在するというものです。ここではもう一つの考え方を紹介します。それは事業リスクの大きさが、負債比率の決定に大きな影響を与えるというものです。
 事業収益のリスク(不安定性)が高いほど、困窮及び破産コストdistress and bankruptcy costが大きいので、元利払いを約束する債務debtの比率は小さくなるというものです。逆にいえば、株式の保有者は不安定な所得の受け手になるわけです。他方、収益の不安定な企業は債務で大きく調達がしにくいということです。
 そのほか事業収益の不安定さのほか、債務比率に影響を与える要素として、節税効果の大きさ、有形資産の大きさなどが考えられます。
 
Cash Flowの違いから債務比率に違いが出ている
a) 現実の企業は低い債務比率を好み、しばしば無借金企業が存在する。
 b) 産業ごとに債務比率に違いがみられる。
 c) 多くの企業は目標とする債務比率をもっている。
    i)節税効果を反映して課税対象所得の大きい企業は債務比率が高い傾向がある。 
   ii)有形資産の大きい企業は破産時の追加コストが小さいので債務が大きい傾向がある。
   iii)営業所得が不安定でない企業ほど債務が多くなる傾向がある。

 使用する資金調達方法間の序列を説明する仮説には、ほかにペッキングオーダー仮説POT: pecking-order theoryがあります。POTでは、それは資金コストの差が外部資金調達の手段間に経営者からみた選好の優劣があるとします。この仮説では、まずは内部資金になります。内部資金は、支払いコストがかからないように見えますし、外部から経営者に干渉が及ぶリスクも小さいように見えます。(借入に頼る事業者の優位性というのは一つの発見でした。借入に頼る事業者は自己資本だけで事業を行う人に比べて、使用資本の多くについて利子率さえカバーするればよいので低価格で競うことができる。イギリスは事業者が低価格で満足して事業を開始できる借入資本取引という特別な仕掛けをもっていると、バジョットは借入に頼る事業者の競争力を指摘するとともに、イギリスの銀行業を称えています。Walter Bagehot, Lombard Street, New edition with an introduction by Hartley Withers, Smith, Elder & Co., 1910, p.16.)

5.財務上の特約covenantsについて代理コストagency cost問題の導入
社債の世界では社債の無担保化が進んだ結果、償還のよりどころとして財務上の特約をつけることが広がった。また融資の世界では、キャッシュフロー・ファイナンスが普及し与信管理が、重要になってきたことが、財務上の特約の普及につながったと指摘されています。
  債権者と債務者の関係は代理関係に例えられます。そこで債権者は債務者を従わせるために、さまざまなテクニック(監視や契約など)を使います。このように代理関係があるゆえに発生するコストを代理コストagency costといいます。このagency問題を緩和する方策として(agency costを引き下げる方法として)債務契約にコベナンツ条項を織り込むことが増えてきました。この条項の付与は債権者の立場からするリスク管理の問題の一つとしても理解できます。 
 ところでコベナンツは次の二つの行為に別けられます。
  positive covenants 何かをする約束
  negative covenants 行為の制限あるいは禁止
 コベナンツを改めて説明します。債務契約において債務者が守るべき約束の取り決め全体をindentureといい、その中の個々の項目をコベナンツcovenantと呼んでいます。日本語では財務制限条項とか財務上の特約と呼ばれます。この条項に違背する事態になると、期限前償還の強制など債務者の保護のための措置を実行することが債務者に義務つけられています()。

コベナンツ条項について

センサー機能

純資産維持条項、利益維持条項、配当制限条項、自己資本比率維持条項、追加債務負担制限条項など

劣後性回避機能

担保提供制限条項(ネガティブ・プレッジ条項)、担保切替条項

その外の企業活動制限

セールアンドリースバック制限条項
、主要会社・子会社の処分を制限する条項、子会社株式譲渡制限条項、合併制限条項など

 徳島勝幸「現代社債投資の実務 新版」2004,pp.102-103,107.
 コベナンツのうち一定の資産比率の維持を求めるものはリスク投資を制限する意味があります。資産内容の変更を制限するものも、リスクの増加を防ぐ意味がある。資産処分を制限するものは、資産の株主への移転や過小投資を防ぐ意味がある。借入を制限するものは、既存の債権者の権利の希薄化を防ぐ意味があります。なおコベナンツのうち、出資者の出資比率の変更を問題にする条項をとくにCoC(change of control)条項といいます。このような財務上の特約の有効性の差にも関心がもたれています。岡東務氏によりますと、財務上の特約の有効性には差があります。日本で発行された無担保社債および無担保転換社債を検討したところでは、利益維持条項と純資産維持条項の有効性は明らかに高く(実際に抵触例があり物上担保付社債に変更されて社債権者を保護した)、配当維持条項も有効性が高かった場合があるとのことです(岡東務「債券格付けにおける財務上の特約について」『証券経済学会年報』35号, 2000年5月,pp.23-35, esp.29, 34.)。
  コベナンツ・ファイナンスの普及を受けて、つぎのようなコベナンツを定型的融資契約書に組み込むことが提案されています。(1)事業CFの入出金集中義務。(2)融資対象事業の継続義務。(3)融資対象事業に関する法令順守など。(4)事業計画・実績報告義務。(5)業績が順調でない場合の報告義務。(入道正久「コベナンツ類型化の有用性」『金融財政事情』2010年6月28日, pp.34-37).コベナンツのことを入道さんは「キャッシュフローを担保する仕組み」と表現していますが、これはなかなか適切な表現かもしれません(入道正久「中堅・中小企業に安定的な長期資金調達の道を開く」『金融財政事情』2010年4月5日p.25)。

7.代理コスト問題も入れた債務比率問題のまとめ
 債務比率の決定に影響する要因はつぎのようにまとめることができます。
 1)節税効果 高減価償却・高研究開発費などの節税要因を十分にもつ企業は、債務の節税効果を高く評価しない可能性もある。
 2)利払い費用という圧迫的コスト 収益が不安定な企業、あるいは資産価値が大きく変動する企業は、高い債務比率を避けるかもしれない。大企業は、このコストが相対的に小さいので、債務を好むかもしれない。
 3)無形資産と成長の選択肢が大きい企業は、担保資産の処分は困難で、リスクの性格が変わりやすい。このような企業では債務のエージェンシーコストは大きいので債務比率は小さくなるかもしれない。
 4)成長機会のある企業は、融資枠のような便宜による債務への需要を有するだろう。

8. 配当政策
債務比率については、債務比率の違いが企業価値に影響を及ぼさないというMM命題あるいはMM理論があります。しかしMM命題は、情報が瞬時に平等にゆきわたり、取引コストも存在しない、「完全市場」を前提にしています。MM命題の世界では、同様に配当政策の違いも企業価値に影響を及ぼさないとされています。 

 配当のシグナル効果 しかし実際には配当政策には大きなシグナル効果があり、増益で増配すると大きな株価上昇(8%)が得られるほか、減益で減配は大きな株価下落(8%)。減益で配当を維持すると小さな株価下落(2%)で済んでいるとのことです。このような配当が与える影響の大きさは、企業が配当政策を重視する理由にもなっています。
 配当政策については企業側には手元キャッシュを厚くするため、内部留保を大きく取りたいという誘惑があります。これに対して英米流の企業金融論では、それが経営者の保身のための手元資金確保になることを警戒して対立しています。また自己資本が過剰だと、自己資本利益率が下がる。したがってそれは配当として分配されるべきだとします。
 配当とともに株主還元策として自社株買いがあります。日本の企業は、株主還元策として配当を中心に考える企業が多いとされています。自社株買いにも株価が割安というシグナル効果(自社株買いのシグナル効果)が知られています。
 内部留保をしてもそれが高い成長率につながる場合には、容認するという考え方もあります。その考え方ではDOEという指標が重視されます。日本の企業のDOEは2%程度(米国は5%前後)、ROEは6%程度(米国は16%程度 2012年4月現在)とされています。
 DOE = 配当/自己資本 = ROE×配当性向

Corrected and reposted in February 13, 2013.財務管理論講義 証券市場論講義

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Financial Management」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2024年
2023年
人気記事