Entrance for Studies in Finance

世界で進むインフラと環境のための鉄道整備

国内 N700系の大量投入
 JRでは国内新幹線は2007年7月に営業開始したN700系の大量導入を進めている。現在の10編成を2011年度までに96編成にして、時間短縮を進め、国内幹線輸送で航空会社との顧客獲得競争に勝利するとしている。国内で日本航空の足元を脅かしたのは鉄道の高速化だったのではないか。N700系は営業速度として時速300kmの水準を達成している(山陽新幹線部分 東海道新幹線部分は270km)。カモノハシのような先頭車両のデザインが特徴で、車両と車両の間は全周幌で覆われている。また表示装置がLED化されている。モバイルコンセントが窓側座席にはすべて確保され、座席クッションも改善されるなど、乗客から見た設備環境も全体に改善されている。
 製造は川崎重工業、日本車輛製造(車両のほか大型くい打ち機で有名)、近畿車輛、日立製作所など。

国内 リニアモーターカー普及へ
 つぎの課題は磁気浮上型(マグレブ型)リニアモーターカーの導入とされる。これはJR東海が技術開発したもので超電導磁石型とよばれる。超電導型は一般的な電磁石型に比べ浮上力が強く保守が容易。大地震時の安全性も高いとされる。JR東海の山梨リニア実験線では2003年12月に最高時速581kmを達成している。時速500kmで東京名古屋間を40-50分で結ぶ計画がある。その場合は現在の山梨リニア実験線を延長する形で事業費5兆1000億円を見込んでいる(07/12/25)。ただし新線に見合う需要拡大は見込めるのか疑問はなくはない。ただ新宿とか、東京の西に新幹線新駅ができるとすると、東京の町の発展としてはおもしろい。2025年開業。背景には1964年に開業した現新幹線が大規模改修な工事を必要としており、代替線を整備するという事情があるようだ(代替線がなければ、工事中の減収リスクが高いともされる。)。*
 *「リニアの可能性と限界」『エコノミスト』2010年1月12日号, pp.37-39.
さらに東京ー大阪の中央リニア新幹線構想もある。こちらは8-10兆円かかるとされる(09年9月に公表された試算では2兆円程度工事費上乗せで総額は8-9兆円 東京=大阪間を70分程度で結ぶことに 開業予定は2045年)。2010年代前半に着工、2025年東京名古屋間開業が目標である(ルート決定は2010-2011年度 着工は2014-2015年度とされる。建設費から判断して南アルプスルート=直線ルートにするのは当然。長野県をはじめとする一部自治体が迂回ルートで粘ったのは、感情的には理解できるが、後味が悪い。2010年10月20日 国土交通省の交通政策審議会中央新幹線小委員会で直線ルートが費用対計算で優位との当然の結果が示され、ルート問題は事実上決着した)。
 車両の発注先としては三菱重工業、日本車両製造。車両の開発には住友金属工業やフジクラなど。肝心の超電導システムには、東芝や三菱電機などが発注先として名前があがっている。
 海外では中国の上海と空港と市郊外とを結ぶ超電導型の営業運転の実績がある。ただしこちらは独シーメンスが開発したトランスラピッドというもの。
 また三菱重工業では海外の規格に合わせたリニアモーターカーの車両開発を進めている。ただしこれは高速のものではなく最高速度130キロの常電導型。磁気浮上型リニアモーターカーには振動や騒音が低い、摩滅が少ないという特徴もある。国内では常電導型は2005年の愛知万博の交通手段として東部丘陵線リニモで実用化。新交通システムの一つとして普及が見込まれる。
 なお2010年4月28日JR東海は景気低迷による鉄道収入予想の見直しを根拠にリニア中央新幹線(東京名古屋間)の開業を2025年から2027年に延期、14年度の着工を目指すと発表した(2007年策定計画の見直し)。
Japanese Maglev 2006
Shanghai Maglev Presentation 2006
 
海外での鉄道への関心の高さ 
 このような国内の鉄道展開は日本経済の低成長への移行で限界がある。ところが新興国ではインフラ整備・環境問題対応という点から、また先進国では、既存のインフラの高速化、そしてモーダルシフトという点から、新幹線に限らず鉄道への関心が日本以上に熱い。

 日本の新幹線システムを海外で始めて採用したのは台湾新幹線である。しかし当初は独仏連合が契約を結び(1997年9月)、その後一転して日本の企業連合が逆転受注に成功した(1999年12月)経緯から車輛などは日本製であるが、基本設計が欧州式のものに、日本側が合わせている。その結果、車輛は日本製だがシステムの一部に欧州のものが組み合わされている。そうした複雑さもあり2006年10月とされていた開業は遅れ、2007年1月に仮営業開始、3月にようやく正式に営業開始となった。
 台湾国民党政府はこの巨額工事を各国との関係作りに利用していたとされ、独仏連合の起用には政治的な意味があったといえる。ところがドイツのハンブルク郊外エシュデでドイツの新幹線が事故を起こした。多数の死傷者を出したエシュデ事故(1998年6月)である。その結果、ドイツ新幹線の安全性への疑義が台湾内で噴出した。さらに1999年9月21日の台湾大地震の発生(死者2000名越す惨事であった)で欧州の鉄道システムが地震対策を持たないことが表面化。かくして劇的な逆転受注となった。その翌年(2000年)、反日的分子を抱える国民党から親日派の多い民進党への政権の移動が生じているが、この新幹線問題もその間の論争の焦点の一つとなった。
 なお台湾で使われている車両は700系の改良型。車輛製造で川崎重工業、統括で三菱重工業などの名前があがる。
 台湾新幹線は、こうした多額の費用が要し完成に時間がかかるプロジェクトでは、当事両国の政治関係の安定が受注の大前提であることを示している。
Taiwan Shinkansen 2007

海外では既存鉄道網の高速化ニーズも イギリスで日立が大型受注に動く
 中国、インド、ロシアなど各国で鉄道網の高速化が課題になっている。そのほ中東、東南アジアなど世界各地に新線計画がある。また英国、フランスなど先進国では老朽化した鉄道の更新の問題もある。社会インフラ需要は安定している。ドーバー海峡連絡線の受注実績(174両約500億円)のある日立製作所が、2009年2月に英国運輸省から高速鉄道の受注にむけた優先交渉権を得たのは明るいニュースである。受注が決まれば、日本メーカーの海外受注として2002年の川崎重工業によるNY地下鉄車両受注(660両約1100億円)を上回る規模になる(最大1400両 総事業費約9500億円)とされていたが、2009年11月に正式受注の見通しとなった。
 日立は、ジョンライン(英ゼネコン)、英バークレイズ傘下の投資会社と組んで英運輸省からIEP(intercity express program)を受注する優先交渉権を得たものの、2010年5月―6月の総選挙を控えて正式契約を選挙後にする方針をイギリス政府は示した(『日本経済新聞』2010年3月1日)。そのためにわかに計画全体知への不透明感がたかまったのは残念だ。
 計画はリチウム電池とディーゼルエンジンを組み合わせたハイブリッド車両を導入するというもので日本企業の環境技術の高さが評価された。日立は全1400両の車両製造と保守、運行システムの開発を請け負うというもので総事業費1兆円の過半が日立の受注分とされる。
 なお日立は2010年6月下旬に三菱重工業と鉄道システムの開発・製造・調達で提携したとされる。
 日立と三菱重工業が鉄道システム協業で合意 2010年6月22日
 日立と三菱重工業、このほか三菱電機とも3社で、水力発電機の分野でも、開発・設計・販売部門の全面統合を予定している(発表2010年7月5日 新会社発足2011年10月)
 日立、三菱重工業、三菱電機 水力発電機事業統合で合意 2010年7月5日

中国本土の幹線鉄道高速化
 中国ではまず在来線を時速200-250キロに高速化する(2020年までに1万6000キロの高速鉄道網を整備する計画である(2012年までに約9000k建設。既存分と合わせ1万3000k。総投資額は9000億元、11兆9000億円)。(こうした実績を背景に輸出も急ぐ)
 2009年10月に川崎重工業が技術供与する南車青島四方機車車両が中国鉄道省から高速鉄道140編成を受注 北京ー上海 北京ー広州間で2011年にも「はやて型」車両が走行することになった。これはおよそ時速200キロ以上の高速で主要都市を結ぶもので、新幹線といってよいものである)。すでに上海ー南京間で日本の東北新幹線の「はやて型」が走行。このほかドイツのシーメンス。フランスのアルストム(パリーリヨン間のTGVが有名 開業1981年 日本の東海道新幹線は1964年開業)。カナダ・ボンバルデイアは世界鉄道メーカーの3強。
 2008年夏に開業する北京ー天津間高速線ではシーメンス型に加え「はやて型」が併用されることになった。独シーメンスの車両製造のスピードが2008年夏の開業に間に合わないという事情のようだ。2008年8月1日に営業開始した。両都市間をこれまで1時間のところを30分で結ぶ。川崎重工業ほか日本の6社が中国の南車四方機車車両(山東省)に技術を提供して南車が製造した。2009年12月には武漢―広州1069km間の高速鉄道が開通すると伝えられた。最高速度時速350km。これまで11時間かかっていたのを3時間で結ぶという。350kmで走るのドイツシーメンスが技術供与したCRH3型。250kmで走るのが川崎重工業が技術供与したCRH2型とのこと。
 北京・上海については高架軌道で結び時速300-350キロで走行させる計画もある。こちらはより高速なものを想定した計画で別件といえる。
川崎重工業では2007年2月に浮上した大連ーハルビン間の新幹線計画に積極的に取り組んでいる。国内の新幹線需要が成熟段階に達する一方、海外市場の開拓余地が大きい。日本側に有利なのは、台湾新幹線での実績や国内でのN700系の先進システムの実態を実地に見せることが可能な点だ。

新幹線だけでなく都市交通にも商機
 川崎重工業では2009年2月にシンガポールで地下鉄向け車両を受注している。シンガポールでは地下鉄の拡張が決まっている。なおこのような地下鉄はアジア各国で既存路線の延伸(シンガポールやマニラ)や新たな建設(ジャカルタ2016年開業予定やホーチミン2015年開業予定)が始まろうとしており、新幹線だけでなくこのような都市交通にも大きな商機がある。背景には交通渋滞の解消や環境意識の高まりがある。また川崎重工業では、環境意識の高まる米国での路面電車需要をにらんで、米国向けに路面電車の開発を急いでいる。
 2010年4月29日 川崎重工業はNY市交通局との間で地下鉄車両などの受注が決まったと発表した(約80億円分)。2002年に川崎重工業はNY地下鉄車両受注(660両約1100億円)をきめている。
日本のシステムの利点・優位性
 またすでにドイツの新幹線が重大な事故(エシュデ事故)を起こしたことをみたが、2004年4月に営業を開始した韓国高速鉄道(KTX)はフランスの技術と車輛(TGV)を導入したとされるが、運行の遅延など問題が多発している。欧州のシステムが、アジア的な厳密さとほど遠いことを中国に伝えることもできよう。
 中国本土も場所によっては震災が伝えられる。台湾の場合、日本の新幹線への切り替えは、台湾大地震が一つの契機であった。1995年1月17日の阪神大震災(死者は6000名を超えた)の悲劇を思い起こすまでもなく日本は震災国。
 震災に対する備えは欧州のシステムと違い設計思想の中に織り込まれている(地震波を感知するとすぐに送電が停止され車両にも非常ブレ-キかかるなど)。安全管理に優れた日本の新幹線システムは中国にも役立つはずである。
*新幹線システムはもともと動力分散方式である点で、動力集中方式に比べ車両重量を平準化でき、定員を大きくできるメリットがあった。また車両幅が大きい点でも定員数が大きい。「大量輸送、省エネルギーで優れる新幹線」『エコノミスト』2010年1月12日号, p.33.

求められる良好な政治的関係
 しかしまた日本の新幹線にいかに利点が多くても、日中の政治的な関係の安定がこのような長期プロジェクトの展開ではなにより必要であることもいうまでもない。この点で小泉純一郎元首相(在任2001年4月-2006年9月 前任は森善朗 2000年4月-2001年4月 後任は安倍晋三)は、靖国問題で中国政府や韓国政府の反発を意図的に引き出してナショナリズムを煽り、アジア諸国とく隣国である中国・韓国との融和を無視する外交を繰り返した。隣国との緊張関係を高める政策を意図的に展開した。そのショービニズムchauvinism(極端な排外主義)の目的は、冷静に分析するなら小泉政権に対する国民的人気の維持だった。その結果、善隣友好関係が否定されて、日中関係、日韓関係が両隣国との国交正常化後、もっとも緊張するというあってはならない事態に至った。
 こうした馬鹿げたことが再び起こらないために経済界が一致して行うべきことは、ショービニズムに乗って政権を維持するような小泉のような政治家が政権をもつことを二度と許さないことだろう。
その意味で自民党政治の終焉にアジアとの新たな信頼関係の構築を期待した経済界は、尖閣諸島をめぐる民主党政権の対応(2010年9月)によって奈落に落とされた。中国政府が領土問題では妥協できないことは周知のことなのに、ナショナリズムを煽ることで自身の存在感を示すことに腐心する前原誠治氏が担当大臣として船長送検で粘るという愚かな対応をした。他方、官房長官の仙石由人氏は前原氏をけん制する決断を政治的にすべきところを弁護士として法治主義(官僚への丸投げ)を決め込んだと報道されている。
 2014年にワールドカップ開催が決まったブラジルではリオジャネイロオリンピックが開かれる2016年をめどにリオデジャイローサンパウロ間510km開通(建設費150億ドル)が求められている。
 ベトナムでは国家プロジェクトとして新幹線(ダナンーフエ80kmに2020年部分開業予定 ハノイーホーチミン間1560kmの南北高速鉄道をベトナム政府は強く希望 建設・運営・譲渡BOT方式)に取り組むベトナムなどが有力とみられている(2009年12月ベトナム政府が日本の新幹線方式採用を正式に決めたと伝えられる。2010年5月にも事業化調査(FS)。総事業費560億ドル、5兆円。ハノイとホーチミン間1560km現在30時間を6時間以下で結ぶ計画)。2012年着工。2020年一部運行開始。
 このほかインドにもニューデリーームンバイ間などで計画。2015年にも開業とも。

オバマ政権の高速鉄道整備計画
 鉄道には環境問題という追い風もふいている。温暖化ガスの排出量はトラックの6分の1だとされる(乗客1人あたりでガソリン自動車の9分の1)。交通手段を自動車や航空機から鉄道や船舶にシフトさせることはモーダルシフト(modal shift)と呼ばれる。 
 2009年4月米オバマ政権は地球温暖化対策(グリーンニューデイール政策)の一環として高速鉄道整備計画(5年間で130億ドル ロサンゼルスーサンフランシスコ700キロ ニューヨークーワシントンなど10路線 総事業費3兆円)を公表した。電力や集客での不安の大きな新興国向けに比べて米国での計画には安心感もあり日本企業の関心は高い(総事業費約500億ドルとも)。
 ドイツ、フランスのほか中国も車両輸出で参入をねらっている。新たな受注競争が始まっている。
California High Speed Rail 2008
Velaro Siemens

 Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
originally appeared in Feb.8, 2008
corrected and reposted in Dec.14, 2009, Mar.8, 2010 and Oct.19, 2010

参照
中国と台湾の政治と台湾経済
必要な産業技術への関心
東アジア論
企業戦略例
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Economics」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2024年
2023年
人気記事