少しだけ気持ちが落ち着いてきたので…
12日の夜、ぽこが死にました。
10日に診察してもらった際、「既にPBFDに罹っているから、ばい菌などでも
死に至ることもある」と先生が言っていたが、本当にその通りになってしまった。
投薬もむなしく、目の腫れが治まらないまま息を引き取りました。
ほとんど開かない片目には涙が浮かんでいました。
オカメのぴぽのお友達にと、センター北のペットショップからお迎えしたのが
2002年6月13日。 まる10年、一緒に暮らしたことになります。
迎えて少ししてPBFDに罹り、普通に飛べていたのが飛べなくなり、
どんどん羽が少なくなり…
鳥としては本当にかわいそうな鳥生を送っていたと思います。
こっちへ飛んでこようとして一生懸命羽根をバタつかせるのに飛べない、
一時的に隔離状態で寂しい思いをさせたり、ほとんど羽毛が生えていないので
ケージの中で落下するとすぐに流血の怪我をしてしまう… などなど
不幸中の幸いか、嘴や爪などの変形はなく羽が生えてこない以外は普通だった
ので、10年も本当に頑張って生きてくれました。
私は非常に弱く後ろ向きな性格なので、「ぽこたん、今までありがとう!
天国でぴぽやしぃちゃんと仲良くね」と、吹っ切れることができず
ただただ悲しくて寂しくて申し訳なくて、「もっと早く気付いていれば…」「一刻も
早く病院へ連れて行ってれば…」という気持ちでいっぱいになってしまって。
先生にぽこが亡くなった事を伝えると、「PBFDを発症して、10年も生きた子は
初めてじゃないでしょうか。」…と。
私の世話は間違っていなかったと言われた気がして、少しだけ救われました。
ぴぽの時は、そのあまりにも早い死と私自身への未熟さに対しての後悔で、
数日泣き暮らしていましたが、その時に比べると少しだけ辛さが軽いような
気がします。
ぽこが亡くなって丸2日が過ぎました。
私が机から立ち上がる際、私が歯を磨く際、朝リビングに行く際、ぽこのケージを
見るのですが(主にぽこの様子と、ケージ内の温度計)、まだ習慣が残っていて
ついケージを見てしまいます。
「もうケージの側面に張り付く音は聞こえないんだ」とか「もう温度を気にしなくていいんだ」
「寝る時に照明をつけたままにしなくていいんだ」「もう小松菜を買ってこなくていいんだ」
……
そんなことを思った瞬間、急に寂しさが襲ってきます。
もう会えないんだな。
10年も一緒に生活していると、「いるのが当たり前」になる。(数ヶ月でもなるね)
毎日変わりばえのない生活を送っていると、まるでそれがずーっと続くような気が
するけど、 そうではないんだよね。
生き物は死ぬ。 のっちもいずれ死ぬ。 私も。
愛するものの死に触れたとき、後悔しないように、ちゃんとしっかり生きなきゃなと
改めて思います。
2005年1月ににぴぽ、2010年8月27日にしぃちゃん、そして12日のぽこ。
我が家にはとうとう1羽も鳥が居なくなってしまいました。
いつかまたお迎えする日がくるのかな。 辛いからもう飼わないかな。 分からない。
(母親には『もう飼うな』と言われたけど)
週末、ぽこが小さい時に入っていたプラケースを残して片付けよう。
新品同様のケージも沢山あるけど、PBFDを患っていた鳥がいた家庭に置いて
あったケージやおもちゃ、オヤツなんかははさすがに譲ったらマズいので、
棄てるしかない。
ぽこは しぃちゃんのそばに埋葬してきます。
ぽこを可愛がってくださった方々、今まで応援ありがとうございました。
もうネットで繋がってない方も多いと思いますが…
乱文申し訳ありません。
12日の夜、ぽこが死にました。
10日に診察してもらった際、「既にPBFDに罹っているから、ばい菌などでも
死に至ることもある」と先生が言っていたが、本当にその通りになってしまった。
投薬もむなしく、目の腫れが治まらないまま息を引き取りました。
ほとんど開かない片目には涙が浮かんでいました。
オカメのぴぽのお友達にと、センター北のペットショップからお迎えしたのが
2002年6月13日。 まる10年、一緒に暮らしたことになります。
迎えて少ししてPBFDに罹り、普通に飛べていたのが飛べなくなり、
どんどん羽が少なくなり…
鳥としては本当にかわいそうな鳥生を送っていたと思います。
こっちへ飛んでこようとして一生懸命羽根をバタつかせるのに飛べない、
一時的に隔離状態で寂しい思いをさせたり、ほとんど羽毛が生えていないので
ケージの中で落下するとすぐに流血の怪我をしてしまう… などなど
不幸中の幸いか、嘴や爪などの変形はなく羽が生えてこない以外は普通だった
ので、10年も本当に頑張って生きてくれました。
私は非常に弱く後ろ向きな性格なので、「ぽこたん、今までありがとう!
天国でぴぽやしぃちゃんと仲良くね」と、吹っ切れることができず
ただただ悲しくて寂しくて申し訳なくて、「もっと早く気付いていれば…」「一刻も
早く病院へ連れて行ってれば…」という気持ちでいっぱいになってしまって。
先生にぽこが亡くなった事を伝えると、「PBFDを発症して、10年も生きた子は
初めてじゃないでしょうか。」…と。
私の世話は間違っていなかったと言われた気がして、少しだけ救われました。
ぴぽの時は、そのあまりにも早い死と私自身への未熟さに対しての後悔で、
数日泣き暮らしていましたが、その時に比べると少しだけ辛さが軽いような
気がします。
ぽこが亡くなって丸2日が過ぎました。
私が机から立ち上がる際、私が歯を磨く際、朝リビングに行く際、ぽこのケージを
見るのですが(主にぽこの様子と、ケージ内の温度計)、まだ習慣が残っていて
ついケージを見てしまいます。
「もうケージの側面に張り付く音は聞こえないんだ」とか「もう温度を気にしなくていいんだ」
「寝る時に照明をつけたままにしなくていいんだ」「もう小松菜を買ってこなくていいんだ」
……
そんなことを思った瞬間、急に寂しさが襲ってきます。
もう会えないんだな。
10年も一緒に生活していると、「いるのが当たり前」になる。(数ヶ月でもなるね)
毎日変わりばえのない生活を送っていると、まるでそれがずーっと続くような気が
するけど、 そうではないんだよね。
生き物は死ぬ。 のっちもいずれ死ぬ。 私も。
愛するものの死に触れたとき、後悔しないように、ちゃんとしっかり生きなきゃなと
改めて思います。
2005年1月ににぴぽ、2010年8月27日にしぃちゃん、そして12日のぽこ。
我が家にはとうとう1羽も鳥が居なくなってしまいました。
いつかまたお迎えする日がくるのかな。 辛いからもう飼わないかな。 分からない。
(母親には『もう飼うな』と言われたけど)
週末、ぽこが小さい時に入っていたプラケースを残して片付けよう。
新品同様のケージも沢山あるけど、PBFDを患っていた鳥がいた家庭に置いて
あったケージやおもちゃ、オヤツなんかははさすがに譲ったらマズいので、
棄てるしかない。
ぽこは しぃちゃんのそばに埋葬してきます。
ぽこを可愛がってくださった方々、今まで応援ありがとうございました。
もうネットで繋がってない方も多いと思いますが…
乱文申し訳ありません。