野球小僧

時間との戦い

「日本はヒドイ形で試合を終わらせた。ここまで粘り強く戦ってきたチームがこんなことをしたのは非常に残念だ」(「モスコフスキー・コムソモーレツ紙電子版」ロシア)

いい意味でも、悪い意味でも、ワールドカップで日本が注目を浴びています。それは、言うまでもなく日本がポーランドに0-1で敗れながら、フェアプレーポイント(FFP:警告や退場の数を数値化したもの)の差でH組2位で決勝トーナメント進出を決めた試合の終盤で取った戦略です。

勝つか引き分けが自力決勝トーナメント進出の条件だった日本は後半14分に失点。同時進行だったセネガルが、その後、コロンビアに先制されたことで、状況はややこしくなってしまいました。このままの状態で試合が終われば、日本は負けてもFFPの差(日本=4、セネガル=6)で決勝トーナメント進出が決まります。しかし、セネガルが同点に追い付いた場合は3位転落で、グループリーグ敗退です。

日本ベンチには「セネガルが1点取ったらどうすんねん」「攻めなアカンやろ」と、なぜか関西弁の声もあったものの、西野監督の戦略は負けのまま試合を終わらせることでした。

試合終了までの約10分、単なるボール回しの状況が続き、会場には何度もブーイングが吹き荒れ、アディショナルタイムの3分間は選手のほとんどが足を止め、ブーイングはさらに大きくなったほどです。負けているにもかかわらず攻めようともしない戦略に、途中で席を立つ日本人サポーターもいたほどです。

この戦略によって、世界のマスコミから一斉に厳しい声が上がりました。

「試合は日本人たちの恥ずかしいイメージとともに終わった」(「マルカ」スペイン紙)
「日本は負けたのにフェアプレーのおかげで前に進んだ」(「ビルト」ドイツ)
「東洋のチームは情けないパフォーマンスで試合を終わらせた」(「TyC Sports」アルゼンチンTV)
「日本は時間稼ぎを恥と思わず、フェアプレーが彼らを助けた」(「プブリメトロ」チリ紙)

英国BBCに出演していた北アイルランド代表のオニール監督にいたっては、「他の試合結果にすべてを委ねてしまうなんて、考えただけでクラクラする。日本は良い意味でスポットライトが当たっていたが、次の試合ではこっぴどくやられることを望んでいる」と遠慮なしです。

逆にあの場面で攻めに行き、さらに1点取られてグループリーグ敗退となっていたら、「FFPで勝ちぬけたのに」と、今度は味方になる日本のマスコミからも攻撃されてしまっていたでしょう。野球と違って、タイムをかけたりしての時間稼ぎは出来ないのですからね。

サッカーは相手との戦いでなのですが、時間との戦いでもあるのです。

こんなことは野球の世界にはないと思われる方もいるでしょうけど、実は野球においても、相手との戦いとともに、時間との戦いがあったのです。

1988年10月19日、ロッテオリオンズ vs. 近鉄バファローズ(川崎球場)。いわゆる「10.19(ジュッテン・イチキュー)」と呼ばれている試合です。私はこの日の試合をテレビで観ていました。

この年、パ・リーグ首位はリーグ3連覇中の新プロ野球の盟主を狙う、西武ライオンズでした。バファローズは最大8ゲーム差をつけられましたが、9月に猛烈な追い上げをみせて、一気にその差を縮めました。

迎えたシーズン最終日の10月19日は、オリオンズとのダブルヘッダー。バファローズ優勝の条件は2連勝。オリオンズはすでに最下位が確定し、誰もがバファローズの軌跡の逆転・初優勝を期待しているほどでした(以下、敬称は省略します)。

第1試合は15時開始。
1回表の攻撃でバファローズが三者凡退。その裏、オリオンズは西村徳文を二塁に置き、三番・愛甲猛がバファローズの先発・小野和義から2ランホームラン。対してバファローズはオリオンズ先発・小川博の前に凡打を繰り返し、5回にようやく鈴木貴久のソロホームランで1点を返します。

その後もバファローズ打線はヒットがなく、対してオリオンズは7回表に佐藤健一のタイムリーで1点を追加。バファローズは1-3と、いよいよ追いつめられました。それは負ければ、もちろんですが、ダブルヘッダーの1試合目は延長戦の規定がなく、9回で終了。逆転しなければ、優勝争いは終わりになるからです。

バファローズは8回表1アウトから鈴木がチーム2本目のヒットで出塁すると、仰木彬監督は代打攻勢に出ます。吹石徳一に代わった加藤正樹がフォアボールで一・二塁。さらに山下和彦の代打・村上隆行がレフトフェンス直撃の2点2ベースで、ついに同点に追いつきます。

その裏を二番手ピッチャーの吉井理人が0点に抑え、9回表は1アウトから淡口憲治がライトフェンス直撃の2ベースで出塁し、代走に佐藤純一。オリオンズの有藤通世監督は、ここでリリーフエースの牛島和彦をマウンドに送ります。しかし、この日、2安打の鈴木がここでもライト前ヒット。ついに勝ち越しかと思われたが、ライト・岡部明一の好返球にスタートの遅れた佐藤純が三本間に挟まれアウト。

しかし、このままでは終わらず、加藤正樹の代打に、この年限りで引退を決めていた梨田昌孝がセンター前ヒット。二塁ランナー・鈴木は捕手のタッチをかいくぐってホームイン。喜んでベンチから飛び出した中西太ヘッドコーチと抱き合いながらゴロゴロと地面を転がりまわりました。

二塁ベース上では梨田が「生まれて初めて」というガッツポーズをし、ベンチでは、アウトになった佐藤純が大粒の涙を流していました。

その裏、吉井が先頭バッターにフォアボールを与えたところで、2日前に1試合を投げ切っていた、エースの阿波野秀幸が登場。ただ、疲れからか球にキレがなく、2アウト満塁のピンチを招いてしまいますが、最後は森田芳彦を三振で勝利をつかみました。

このとき、終了時刻は18時21分。バファローズ優勝へのマジックは1。

第2試合は23分後、18時44分に試合開始。
パ・リーグは12回までの延長戦を原則としていていましたが、4時間を超えると新しいイニングに入らないのが規定でした。いつの間にか川崎球場は超満員となり、近隣のマンションの屋上にも人だかりができているほどの注目度でした。

また、テレビ朝日系列である大阪の朝日放送が2試合のテレビ中継権を取得し、朝日放送、福岡の九州朝日放送と、宮城の東日本放送も、第1試合から中継していました。関東地方では当初この試合の中継予定は無く、ニュース番組などで試合中継を放送するうちに、視聴者からの電話が殺到し、テレビ朝日は21時からとりあえず10分間だけ中継を行い、以降を10分遅れでスタートとすることとしました。しかし、中継は15分、30分と時間延長をかさね、22時までの延長を決定。結果として21時台はCMなしの中継が続き、さらに、22時から開始の「ニュースステーション」でも、予定の放送内容を全て飛ばして中継を続けるほどでした。

この試合でも先制したのはオリオンズでした。2回裏、マドロックのソロホームランで先制。オリオンズ先発・園川一美に抑えられていたバファローズ打線ですが、6回表にオグリビーのタイムリーで同点に追いつくと、7回には七番・吹石、九番・真喜志康永のソロホームランで2点を勝ち越しました。

その裏、オリオンズも岡部のホームラン、西村のタイムリーですかさず同点。それでもバファローズは8回表にブライアントがソロホームランを放ち、1点リード。そして、その裏、仰木監督がマウンドに送ったのが、第1試合からの連投となる阿波野でした。

しかし、高沢秀昭の場面で、阿波野が捕手のサインにクビを振って投げ込んだ得意のスクリューが打たれ、レフトフェンスをわずかに越えるホームランで試合はまたも同点となります。

その後、互いに無得点が続き、22時の時点で試合は9回表、バファローズの攻撃中でした。そして、9回裏に事件は起こりました。ノーアウト一・二塁のピンチで阿波野が二塁にけん制球。これが高く浮いた。キャッチした大石第二朗が着地したときにランナーの古川慎一と交錯。古川を押し出すような形となり、そのままベースを離れた古川にタッチすると、審判はアウトを宣告します。すぐさま有藤監督が飛び出し、審判団に猛抗議をします。この時点ですでに試合時間は3時間30分を超えていました。

バファローズにとっては1分1秒が惜しく、ベンチから仰木監督らが出て、有藤監督に何かを訴えます。スタンドからも「有藤ひっこめ」と罵声が飛んだが、逆にこれで意地になったかのように抗議がさらに続き、結局、約9分の中断となりました。

そのあとオリオンズは2アウト満塁とし、愛甲がレフト前にヒット性の当たりを放つが、淡口が地面すれすれでキャッチし、チェンジとなりました。

残された時間はわずかです。

どう考えてもバファローズ最後の攻撃チャンスは10回表のみでした。しかし先頭バッターのブライアントが出塁も、続くオグリビーが三振。さらにベテランの羽田耕一の打球がセカンド正面のゴロとなり、ダブルプレーとなり、バファローズの攻撃が終了。

このとき時刻は22時41分。試合開始から3時間57分が経っていた。裏の攻撃を3分で終わらせるのは不可能。

それでもマウンドに上がったバファローズ・加藤哲郎は投球練習を省略し、試合を進めようとするが、それでも無情に時間は過ぎ、4時間を超えてしまい、バファローズに勝利はなくなりました。バファローズベンチは、みな表情もうつろであり、ネット裏では骨折でベンチ入りできなかった金村義明が人目もはばからず号泣していました。

試合は結局そのまま引き分けで22時56分に終了。

最後、バファローズナインはグラウンドに並び、満員のスタンドに頭を下げました。仰木監督に涙はありませんでしたが、怖いほど目を見開き、その目は真っ赤でした。

オリオンズが意図的に時間稼ぎをしたとは思えません。このときのオリオンズには引き分けるメリットは何もありませんから。ただ、野球は意図的に時間稼ぎが出来ますが、サッカーは常にプレーが続きます。パス回しをし続けないといけません。コロンビア-セネガル戦が、そのまま終わる保証もなく、本当に大きなリスクだったと思います。

ただ、これはプロのスポーツであり、いくらわれわれが感動し、いくら多くのファンに感動を与えたとしても、勝者と敗者の間は、天と地ほどの差があるのです。高校野球じゃないのですから。決勝トーナメントに行くのが目標であり、そして、最後の選択肢として、自力と他力と2つの選択肢があって、あの時点で後者を選んだ、西野監督にとっても大きな判断だったと思います。やはり、決勝トーナメントに行かないと。

プロ野球でも、リーグ戦で優勝してもCSで負けると、すべてが終わってしまうような感覚に近いものを感じました。


コメント一覧

まっくろくろすけ
eco坊主さん、こんばんは。
そうですよね。ベルギー戦をスカッとジャパンでね。

たぶん、プロ野球にはまだまだ時間切れを狙った試合はたくさんあると思います。

今では、引き延ばし作戦は出来ませんし、逆に時間短縮ですから。

時間にまつわるドラマ。プロ野球ではもう見られないのも、なんだか寂しいですね。
eco坊主
おはようございます(*Ü*)ノ"☀

ベルギー戦をスカッと勝って「あの試合があったから今日の勝ちがあるんだ!」と西野監督に言って貰いたいですね。

10.19は当時研修で大阪にいて大阪の事業所から宿舎(研修センター)への帰路でバスのラジオで聞いていました。近鉄ファンが多かったですから~
最後は宿題もせずに宿舎の談話室(だったかな?)のTV観戦でしたねー(笑)

プロ野球の時間との戦いは雨天コールドになるかノーゲームになるかの境目の4~5イニングの攻防にも見られた記憶があります。時間じゃあないけどね(笑)
あ~ぁvs鯉3連戦 雨天ノーゲームだったらなぁ
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