野球小僧

柳裕也 / 中日ドラゴンズ

宮崎県出身の柳裕也選手は、横浜高校が甲子園で試合をするのをテレビで見て「かっこいいと思った」と憧れを抱いたそうです。そして松坂大輔選手(福岡ソフトバンクホークス)や涌井秀章選手(千葉ロッテマリーンズ)らプロで活躍する選手と同じ高校でプレーしたいという気持ちから、横浜高校への進学を決めました。

二年生の夏の甲子園から背番号1を背負い、チームを引っ張り、高校野球の集大成で臨んだ三年生の夏には4試合に登板。準々決勝での桐光学園戦は7回まで1失点と好投していたが、8回2アウトらの連続タイムリーで3点を失い降板。チームは敗れ、4季連続の甲子園を逃してしまいます。試合後、最も尊敬する渡辺元智・元監督から「お前がいたから甲子園に行けた。お前に出会えて良かった」と、言葉を掛けられ、そして、この言葉で確信を持ちました。

「横浜高校に来たことが間違っていなかった」

甲子園だけがすべてではない。「あの試合に行きつくまでで大きく成長できた」と横浜高校の仲間と過ごした時間は、技術面だけでなく精神面でも成長させてくれました。

明治大へ進学。大学入学後の春季リーグ戦では一年生ながらベンチ入り。また、新人戦決勝では先発し、7回1失点と好投し、経験値の高さを見せつけました。主に先発を任せられるようになったのは二年生の秋から。そして、一気に注目されるようなったのは三年生の秋にリーグ最多の5勝を上げ、防御率もリーグ2位の1.95を記録しました。迎えた四年生の春には主将としてエースとして大活躍し、6勝を上げ、防御率もリーグ1位の0.87をマークして、優勝に貢献し、2016ドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名され、先日、仮契約を結びました。

柳選手は12歳にしてお父さんの葬儀の喪主を務めました。当時、まだ小学六年生。お母さんは喪主を息子に頼んだのかどうか覚えていないそうです。ただ葬儀の前夜、柳選手が一人、手紙を書いていた姿は覚えているそうです。

「プロ野球選手になって、お母さんと(2歳下の妹)幸奈を守ります。だから安心してください」

柳選手は翌日、涙を見せることなく手紙を読みあげました。宮崎県都城市内で運送業を営んでいたお父さんが仕事中の事故で亡くなった2006年8月のことでした。

「男はどんなにつらくても泣いちゃ駄目だ」

お父さんは生前、柳選手にこう伝えていました。お母さんは「父への思いが深かったから、手紙にしたためて言葉にしようと思ったのかもしれません」と言っています。

お父さんは休日になると柳選手の妹を連れて、練習や試合に付き添いました。185cmのお父さんは野球経験はありませんでしたが、教本を買い与え、木材を自ら加工してバットを作り、キャッチボールの相手もしました。柳選手の小学六年時には所属していた「志比田スポーツ少年団」の会長を務め、チームはその夏、学童の全国大会である「マクドナルド杯」に出場。その年は茨城県水戸市で開催されました。事故が起きたのは水戸から帰宅してわずか数日後のこと。前日はチームの役員同士で反省会を開いていたそうです。

お父さんを亡くしても気丈に振る舞う柳選手を、お母さんは支え続けました。ひたむきにプロ野球選手を目指す息子の姿に、また、支えられたとそうです。

外へ出ることがつらく感じた時もあったそうですが、お祖母ちゃんにも協力してもらいながら、練習から帰ってくるのを待って、温かいご飯を食卓に並べたりしました。「今までと変わらないように、寂しく、冷たい思いだけはさせたくなかった」と振り返ります。

中学一年の12月に「都城リトルシニア」に入団すると、お母さんは毎日、車で送り迎えをしました。中学三年の夏、シニアの日本代表として世界選手権に出場、最優秀投手になった柳選手は全国の高校から誘いを受ける中、少年時代からテレビで見た甲子園大会での「YOKOHAMA」のユニホームに憧れがありました。

「横浜高校は野球が強いところなんでしょ? プロ野球選手になるためにも、行きなよ」

お母さんはこう言って柳選手の背中を押しました。遠く離れることになったが横浜高の家族的なムードの中で、指導者や仲間が支えてくれていると感じていたから、寂しいとは感じなかったとそうです。

夏の予選など節目の試合には、宮崎から神奈川へ向かいました。

「来れる? 無理してない?」

柳選手は常にお母さんを気遣いました。

「大丈夫、絶対いくから」

お母さんは息子の試合をスタンドから見守ることを励みにしました。

実は高校二年の1月、柳選手はある社会人チームから誘いを受けていました。

「働いてお金をもらいながら、プロを目指すよ」

柳選手はお母さんにこう告げました。お母さんは進路について自分なりに精いっぱい考えた結果だろうと思いました。ただ、進学したい気持ちがあることもわかっていました。大学での出会いは大人になってからも財産になると思ったから、大学へ行きなさいと伝えたそうです。

進学後も、折を見て神宮へ行きました。柳選手にとって大学最後の試合となった明治神宮大会の準決勝、決勝にも、1泊2日の日程で駆けつけました。

柳選手は高校、大学と私学でした。授業料は安くなく、家を出る分、仕送りも必要でした。お母さんは時間を見つけて幼稚園の手伝いなどをしながら生計を立ててきました。経済的な負担は決して小さくありませんでしたが、学費は奨学金を借りて賄いました。

「お父さんがいるという感覚で育ててきましたし、我慢をさせたくなかった。お金は少しずつ返していけばいい。私自身、今という時間を大切にしたいと思ってきました」

と、お母さんは言います。在学中のある日、お母さん一人で野球部寮がある京王線の多磨霊園駅(府中市)に向かったことがありました。その日は晴天が広がっており、街を歩いていると20年前がフラッシュバックしたそうです。実は柳選手はこの地で生まれ、3歳まで過ごしていたのです。中学時代の同級生だった両親は高校卒業後、それぞれ宮崎から東京に出ました。地元での成人式で再会、結婚して府中に居を構えました。信号や建物を目印に当時の記憶を思い返しながら、かつて住んでいたマンションへたどり着きました。電車が好きで毎日、電車の模型を手に遊んでいた柳選手の姿が昨日のことのように蘇ったそうです。

柳選手は幼少期を過ごした場所で4年間、プロ野球選手への夢を追いかけていたのです。お母さんは「不思議な縁を感じた」と振り返っています。

大学では東京六大学通算22勝、326奪三振を記録しています。テークバックで胸は空を向くほど大きく張って、より上から投げ下ろす。身長180cmから放たれるストレートのスピード表示は最速でも140km/h前半なのに、バッターの手元で伸びてお辞儀をしない。そして110km/h前後の一度、浮き上がってからドロンと落ちるカーブ。このコンビネーションで三振の山を築いていく。7月の日米大学野球では8連続を含め12三振を奪って圧倒したこともあります。

明治大では3年上に関谷亮太選手(千葉ロッテマリーンズ)、2年上に山崎福也選手(オリックスバファローズ)、一つ上に上原健太選手(北海道日本ハムファイターズ)とプロ入りしたピッチャーが連なっており、偉大な先輩たちを間近に見ることが出来て参考になり、ドラフトされる先輩をみて、「自分も」というモチベーションになったそうです。似たタイプとして善波監督は「明治の先輩、広島のノム(野村祐輔)でしょう。ストレート、変化球を操って、フィールディングもうまい。けん制、クイックは柳が上。総合的にはいい勝負でしょう」と評しています。

ピッチャーとしての完成度だけではなく、今年の大学日本代表の主将を務めるなど人間力の部分も評価されています。代表チームを率いる横井人輝監督(東海大)の指名だったそうです。人間力が主将に求められる一つの要素だとすれば、学生随一ということにもなります。

明治野球と言えば、島岡吉郎元監督の教えの下に続く人間力野球です。善波監督は柳選手の人間力をこう言います。

「自分だけではなくてチームに力を与え、引っ張りだすことができる。それが柳の人間力。うちの主将も柳しかいないよな、と思いました。上っ面できれいな言葉を並べるだけじゃなくて、柳の言葉には心が乗っかっている」

野球を終えた人生の方が長い。野球だけの選手ではなく、人間として己を磨け。礼儀、あいさつ、気遣い。

決めごとだそうですが、明治大では主将が寮のトイレ掃除をするそうです。

「普段の私生活が大事。心が充実して初めて野球の勝負ができる」

と柳選手は言います。 

「総合力はナンバーワン」と評すスカウトも。

四年春の法政大戦、一戦目に先発で勝ち、二戦目はリリーフに失敗。続く三戦目の先発を任せた善波監督に、ブルペンでの練習で「三試合の中で今日が一番、調子がいいです」と柳選手は言いました。「(実は)肩はパンパンでした」と苦笑いだったそうですが、必要とされれば全力以上に体を張る。柳選手がそう言っているのなら俺たちもなおさら頑張ろう、とチームはまとまる。これが人間力なのでしょう。

いよいよ、大谷世代の最終・最強選手が登場です。


コメント一覧

まっくろくろすけ
eco坊主さん、こんばんは。
毎年ドラフト指名される選手にはドラマがあります。この話は、ドラフト当日夜の特番で観ました。
ズルいですよね。流石に隠れ竜族のeco坊主さんでも、この話を聞いてしまえば、表立って応援せざるを得ませんからねぇ。

さあ、来年は二人で柳選手のユニフォームを着て、東京ドームでいいですからレフトスタンドで柳選手の完全試合を観に行きましょう。
eco坊主
おはようございます(*Ü*)ノ"☀

今度はドラ1の旅連載でしょうか!?

柳選手の人間性は素晴らしいですね。
2017年の活躍を期待しています。
若いルーキーがバリバリ仕事をするのは気持ちいいですもんね。

でもvs兎の時は容赦なく叩きのめしますから!
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