野球小僧

テストに絶対出ない日本史

日本人の主食であるごはんとたまごとがタッグを組むことで、1つの完成メニューにまで成り上がったのが、たまごかけごはんです。まるで、第69代IWGPタッグ王座に就いた真壁刀義選手&本間朋晃選手のようにです。たまごを割ってかけるだけ。そのシンプルさとアレンジ幅の広さは、日本人のソウルフードと言っても過言ではないでしょう。

あまりに当たり前にそこにある。たまごかけごはんの歴史を振り返ります。

▼紀元前2世紀頃-日本に鶏がやって来る
中国から朝鮮半島を経て伝わって日本へ来た説。日本最古の歴史書「古事記」には鶏が登場。

▼676年-日本初の肉食禁止
天武天皇により、農耕期間に限って牛、馬、猿、犬、鶏(たまご)の肉食が禁止。庶民は「鶏は大事な時告鳥」と称して飼育し、きじ肉と偽って食べていたという。

▼1100年頃-養鶏産業の始まり
鎌倉中期から後期の軍記物語「源平盛衰記」に、「京都の七条修理太夫信孝が白鶏を1000羽飼育し、後に4500羽に増えて、付近の稲田を荒らした」と書かれており、平安時代頃に養鶏産業が始まっていた可能性あり。

▼1300年頃-一般への広がり
肉は食用、たまごは食材や薬として利用。古来より、鶏は神聖な動物とされていたが、室町時代になり、無精卵が孵化しないことから「たまごは生き物ではない」という考え方が広まり、たまごを食べる抵抗感が薄れてきたらしい。

▼1648年-卵料理が流行
江戸の料亭「扇屋」(東京・王子)が創業。折詰の厚焼きたまごが評判を呼び、たまご料理が流行。特に1643年刊行の「料理物語」に出ている「玉子ふわふわ(煮立てただし汁に、よくといた卵を落として蓋をし、ふわっと膨らんだら出来上がり)」が人気。

▼1800年頃-江戸時代、たまご売りが登場
一般的に卵を食べるようになり、町中には天秤棒を担いで売り歩く卵売りが現れる。病人食として珍重される一方、「精のつく食べ物」としても重宝され、盛り場にはゆでたまご売りが出現。55人もの子宝に恵まれたという、第11代将軍の徳川家斉。秘伝の妙薬と伝わる「たまごの精」を飲んだおかげとも聞く。その正体は、「卵油」といわれるもので、たまごの黄身を長時間炒り上げて少量のみとれるエキス。

▼1870年-牛鍋の登場
神戸、横浜、東京などで牛鍋(すき焼き)専門店の開業が相次ぐ。明治期の世相を聞き書きした「明治百話」には、牛鍋店の客が、女将にたまごを所望する場面が出てくる。この頃には、牛肉を溶きたまごにくぐらせる食べ方があったと推測される。

▼1920年頃~1950年頃-養鶏界の文明開化
今では一般的な白羽に赤いトサカの鶏、レグホン種が登場。ほか、米国原産で卵肉兼用種の横斑プリマスロック種、赤褐色の身体堅強なロードアイランドレッド種などが輸入、品種の改良が行なわれ、たまご用鶏の産卵能力が大幅にアップ。たまごを得るために農家の庭先で鶏が飼われ始め、小規模の養鶏農家が増える。“究極の栄養ドリンク”的な存在として、生たまごが庶民に広がる。庭先での放し飼いの養鶏が増え、病人食や虚弱体質の人の栄養補給として、新鮮な生たまごを食べることができるようになった。

▼1955年頃-家庭に卵が常備
従来の平飼い方式からケージ飼い方式へと、飼育方法の革命が起こる。鶏病の予防、飼育密度のアップなど劇的な改善で生産性がグンと向上。配合飼料の改善によって餌の輸送が容易になり、郊外で大規模な養鶏場を展開できるようになった。国策による「栄養改善運動」のため、たまご、牛乳、乳製品など動物性タンパク質と油脂類の摂取を大幅に増やし、欧米化した食生活が進むように。

▼1960年-巨人・大鵬・たまご焼き
「巨人・大鵬・たまご焼き」と謳われ、たまご焼きが子どもの大好きなものベスト3に。すぐ手の届く食材であり、うれしいおかずの定番であった。「たまごを食べていれば健康になれる」という考えが普及し、たまご酒、ゆでたまご、温泉地名物の温泉たまごなどが一般的に。

▼1966年-吉野家
1899年に誕生した牛丼の「吉野家」が、たまごの販売を始める。生たまごをかけ、牛丼をかっ込む働きマンたちの姿は、当時の「モーレツ社員」の象徴に。

▼1975年頃-流通の救世主、GPセンターの完成
GPセンターとはグレーディング・アンド・パッキングセンターの略で、鶏卵の格付け(選別)包装をする施設。パック詰め、箱詰め、割卵や凍結液卵製造などに対応し、流通の実質的中心となり、スーパーマーケットをはじめとするたまご販売の拡大につながった。

▼1976年-多様化の始まり
独自の飼料や飼育方法などを用いて生産された特殊たまごが人気を博す。この年、ミネラルの一種、ヨードを配合した「ヨード卵・光」が発売。たまごがすでに安価となっていた当時、6個入り300円という高価格はむしろ衝撃を与え、健康志向の時代に先駆けた食品として注目を集めた。

▼1979年-マクドナルド
「マクドナルド」のメニューに、エッグマックマフィンが登場。その後もたまごを用いたメニューが登場するが、時に国内のたまごの在庫量が僅少になるほどの影響力があった。

▼1998年頃-価格競争が熾烈化
養鶏農家による飼育方法の地道な改善、尽力によりたまごの生産が順調になった。すると、今度は低価格化が求められるように。差別化のニーズから「ブランドたまご」も続々登場。ブランドたまごとは、ヨードやビタミンを強化した「特殊卵」、あるいは鶏の飼育の仕方や飼料を差別化したものなどのことで、現在ではその数、1000種以上ともいわれる。

▼2006年頃-TKGブーム到来
たまごかけごはん、「TKG」ブームの到来。専門店が登場し、2000年頃からじわじわ登場し始めた専用醤油も生産が追いつかないほど。町おこしにもとり入れられるほどブレイク。

文献:「タマゴのソムリエハンドブック」(社団法人日本卵業協会)


コメント一覧

まっくろくろすけ
eco坊主さん、こんばんは。
1960年は黒歴史でしょう。2007年の中日・白鵬・メガマックでしょう(たまごとの関係は???)。

手軽で、これほど美味しいものはありませんよね。たまごかけごはんを、美味しくないように作ること自体が難しいことなのでよね。

ココガーデンのパンケーキに目が奪われました・・・あっ下にたまごが・・・
eco坊主
おはようございます(*Ü*)ノ"☀

朝、鶏のコケコッコー~~~~で目覚めラジヲ体操で体を起こし・・
昭和初期はそんな時代でしたよね~確か(・・;)
TGKの例えが真壁刀義&本間朋晃なのが('∇^d) ナイス☆!!です。
1960年は歴史問題としても大丈夫です!

鳥取で卵といえば↓
http://www.oenosato.com/coco_top.html

是非まっくろくろすけ一家でお越しいただきたく。
太郎君のTGKをかき込む姿が・・・
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