ある警察署の地域課
地域課長:我々の仕事は「うっかり」じゃすまないんだよ。もっと、地域の”安全”と”安心”を預かっているという認識をしっかり持つように
新人婦警:申し訳ありませんでした
署の外は雨。傘をさしながら涙ぐむ新人婦警。先輩刑事が視界に入る。
新人婦警:テレビに出てから、住民の方に用事を頼まれることが増えて、張り切って仕事をしていたつもりだったんですが・・・
高齢の方のお手伝いなど、勤務の後に個別に訪問したりしていたら、いつの間にかいっぱいいっぱいになっていたみたいで、
通常業務でうっかりミスが増えてしまって・・・
今日なんかパトカーを一方通行の逆方向に誘導してしまい、危ないところだったんです・・・
先輩刑事:ふむ・・・
新人婦警:”交番のハナちゃん”なんて呼ばれて調子に乗って、周囲に迷惑ばかり・・・
私、この仕事に向いていなかったのかもと・・・
先輩刑事:・・・
新人婦警:す、すいません。いきなり、こんなことを・・・
先輩刑事:・・・この前、話した”宇野さん”って覚えている?
俺が新人時代にいた署で、”野草刑事”みたいな名物ポジションにおさまったオヤジさん
新人婦警:ああ・・・イチョウの葉でお茶を入れた・・・
先輩刑事:実はあの人のエピソードが他にもあってね。あれはイチョウの後だったかな・・・
回顧シーン
先輩刑事:長いことみんなで追っていた大きな事件が一段落した流れで、刑事課でちょっとした打ち上げがあって
みんなでビール飲んで乾杯していたら、給湯室からジュージューいう音と、うまそうな匂いがしてきて
宇野さん:おう、つまみに「レバニラ炒め」作ってやったぞ
刑事一同:お~~!
再び現在
先輩刑事:宇野さんが近所にたっぷり生えていた「ニラ」を収穫して、料理してくれたんだって
新人婦警:へー!
先輩刑事:危ないところだったよ
新人婦警:え?
先輩刑事:たしかに宇野さんの近所に育っていたのは、ほとんどが本物の「ニラ」だったらしいんだが・・・
新人婦警:あ、ひょっとして・・・
たしかニュースで、ニラって毒性のある植物と間違えることがあるとか・・・
先輩刑事:そう・・・
ニラと葉が似ている「スイセン」が混ざっていたんだ
新人婦警:ああ、スイセン!
先輩刑事:スイセンは花が咲いてなくて葉が柔らかい時期は、ニラと間違えられることが昔からあってね
新人婦警:聞いたことがあります
先輩刑事:「ニラ」と「スイセン」の見分け方は
・ニラは独特の匂いがする
・スイセンのほうが茎が太くて葉が広め
・葉の断面の形状が違う
・スイセンには丸い球根がある
といろいろあるんだが
ニラに混ざってスイセンが自生するわかりにくいケースなんかもあるから
食用にするときには要注意なんだ
新人婦警:たしか、けっこうな猛毒なんでしたっけ・・・
先輩刑事:スイセンの致死量は、わずか10グラムだそうで
宇野さんが愛読している岡本信人さんの本にも
「食べれば死にいたる有毒のアルカロイドを含むスイセン」なんと書いてあるんだけど
見事にやらかしたわけ
新人婦警:よく食べる前に気が付きましたね
先輩刑事:いやいや食べたって
新人婦警:え、「危ないとこだった」って・・・
先輩刑事:命が危ないとこだったって意味ね
すぐにみんな強烈な吐き気に襲われて
刑事課全体がちょっとした地獄絵図みたいになって・・・
メンバー全員、それから数日はいわゆる「激しい嘔吐、下痢、頭痛などの食中毒症状」ってヤツに苦しんだよ
新人婦警:うわわ
先輩刑事:不幸中の幸いは他の課のヒマな連中なんかも、つまみ食いしにきて
食べたヤツが広範囲に及んだぶん
一人のあたりの摂取量が少なくてすんだってあたりだな
新人婦警:ど、どうなったんですか?
先輩刑事:刑事課がほぼ全滅したうえ、数日にわたって署の業務全体も大いに停滞したが
責任問題が及ぶのを恐れた署の上層部が隠蔽を指示して、丸ごと”なかったこと”になった
新人婦警:隠蔽・・・
先輩刑事:苦しみのわりに教訓の少ない”野草テロ”事件だったが
関係者全員がニラとスイセンについては、やけに詳しくなったのと
それ以降は、どんなにうまそうでも「他人が作ったレバニラ炒め」を本能で警戒するようになったね
新人婦警:かわいそうです・・・
先輩刑事:・・・でも1ヶ月後ぐらいには、宇野さんの中ではその件は、仕事熱心ゆえの”うっかりミス”ってことになっていて
「俺にミスされたくなきゃ、もっと手抜きさせろ」なんて、自分でドヤ顔してんの・・・
ハッと、何かに気づかされた新人婦警
新人婦警:・・・もっと、肩の力を抜いても・・・ですか
うなづく、先輩刑事
新人婦警:・・・仕事でいっぱいになって・・・次は”ミスした自分”にいっぱいになっていた気がします
反省して、気持ちを切り替えて
また、明日から頑張ります
・・・気遣っていただいてありがとうございます
誰にでも、同じような経験はあると思います。上手くいくことがあって、自分でどんどんとハードルを上げて行ってしまい、自分の今の能力限界を超えてしまうこと。
ついつい、無理をしてしまい、ミスを積み重ねてしまいます。小さなミスのうちはまだいいでしょうけど、いつか大きなミスにつながってしまいます。
一人ですべて背負うこともないと思います。
つづき・・・
先輩刑事:例にはおよばんさ
先輩刑事:俺がしたのは、単なる・・・ゲリとゲロの話だよ
新人婦警:それ、余計ですねぇ
めしばな刑事タチバナ 第25巻 第291バナ 「レバニラ炒め」より
(レバニラ炒めの好きな方、ごめんなさい)