【言葉を大切にしよう、言葉を友にしよう】
「どうして?」と尋ねられ
「嫌だから」だけでは
理由(ワケ)になっていない
「どうして?」
「好きだから」
も同じである
グルメ番組で
「おいし~」「うま~」を連発するのも
食レポのレベルとしては最低ランクで
「番組」の枠を逸脱した「宣伝」である
◇
このところ
モノゴトをきちんと説明できない
いや、説明しない風潮が
あらゆる局面でまん延している
言語化することをやめれば
考えることをやめることと
同じである
論争にならない、
あるいは出来ないのは、
5W1HのWHY(なぜ)を
突き詰めて考えることをせず
軽視するからである
いや、意図的にやらない
と疑ってもいる
「だれが」「いつ」「どこで」「なにを」
までは何とか説明できたとしても
「なぜ」「どのように」を
具体的かつ論理的に説明できなければ
話が上滑りし、ロクな結論にならない
論点は何か
何が大事で優先すべきか
それをいかに言語化し
意見の優劣を論じ
最終案をとりまとめ
全体最適で推進するか
これには前提条件として
コミュニケーションを
大切に取り扱うことが
論議の基本のキである
総会など〝何かを決める集まり〟で
好き嫌いのみの発言を繰り返したり
討論ヌキで多数決を求めたりするのは
絶対にあってはならないこと
と、わたしなどは思うのである
いい大人がやるようなことではない
集団の民度の高低を決めるのは何か
それは会の規則であり、不断の意見交換であり
つまりコミュニケーションが鍵を握っているのである