囲碁漂流の記

週末にリアル対局を愉しむアマ有段者が、さまざまな話題を提供します。初二段・上級向け即効上達法あり、懐古趣味の諸事雑観あり

【保存】整地の練習帳2

2019年01月31日 | 【カベ突破道場】
天保年間の名品の巻】

本因坊秀和(先番)
伊藤 松和
262手完、持碁

■1841(天保12)年3月8日、190手まで打って打ち掛け、同22日に終局しました。ていねいに打ったことが分かる美しい碁です。この碁を有名にしたのは、当代双璧の幻庵因碩と本因坊丈和が絶賛したため。「石立、手順、堅めに至るまで、秀和の碁として一点の非難すべきなし。然るを松和、白を以て持碁となせるは、名人の所作なり」

▼まず100手まで。


▼終局です。


▼整地してみました。


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ほんいんぼう・しゅうわ(1820-1873年) 剛腕の棋聖・本因坊丈和の跡目。早打ちの自由奔放な打ち回しで近現代碁の礎を築いた。空を翔けるような爽快にして明晰な棋風。

いとう・しょうわ
(1801-1878年) 囲碁黄金期の個性派人気棋士、天保四傑(雄蔵、俊哲、松和、仙得)の一角。軽妙洒脱で機知に富む碁風。興に乗れば名人級の棋譜を残した。

天保12年の囲碁事情は、上手(七段)以上8人▽六段6人▽五段10人で以下257人。次代の弘化年間には441人の活況を呈した。剣豪・千葉周作道場に近い神田の「松和教場」は稽古客が詰め掛け、大盛況だった。その19年後に「桜田門外の変」、さらに8年後に「明治維新」となり、碁界はパトロン(徳川幕府)を失った。


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