【下手をひねるコツ の巻】
■かつて作家の遠藤周作が「宇宙棋院」を創設した<事件>がありました。(現存するかは不知)
■作家やジャーナリストなど物書き40人ほどの友人に声を掛け、初歩から碁を習おうという企て。日本棋院をしのぐ世界棋院という名前が候補に挙がりましたが、いずれ日本棋院が世界棋院と改称する可能性があろうと考えて遠慮した、と遠藤は書いています。
■40人を宝塚歌劇団にならい「月組」「星組」「花組」に分け、各組で年3回、棋聖戦、名人戦、本因坊戦で競わせようとの構想。そのうち20人が碁にハマリました。
■わたしは当時の遠藤の棋力は初段前後だったと思いますが、宇宙棋院発足からしばらくして遠藤は心配し始めます。「初心者・初級者の中から、私を負かす人が出てきたら、どうしよう」
■そこで一策。自分にとって危険な箇所に気づいたら、ただちに盤面の別の安全な部分に目を移し、ジッとそこばかり見ること。そうすると相手も錯覚して、その安全な部分に無意味な石を投じてくる。この手でかなりの成果をあげた、と言います。
■そういえば、本因坊秀哉門下の井上孝平六段(1877-1941年)も「下手をひねるコツは、相手が不安に思っている石をジッと見ることだ」と言ったそうです。完全な石でも、上手が凝視すれば不安になり、下手は「不急の一手」を入れ、大勢に遅れてしまう。盤外の心理作戦です。逆に、上手にとって不安な石があっても、しばらく見詰めてから手抜きすれば、下手はやってこない、というのもありそうです。インチキといわれそうですが。
■遠藤の話に戻ります。遠藤が趙治勲と対談した際のエピソードを書いています。「わたしが『この手などプロも使いますか?』と尋ねると、趙棋聖・名人は『我々のほうは、そういうバカバカしいことはやりません』とお答えになった」
■ユーモアの天才同士の「対局」です。こんなやり取りがあったかどうかは、ご想像ください。「上手の心理作戦」を、皆さんはどう思われますか。
えんどう・しゅうさく 1923-96年。キリスト教を主題にした秀作を発表。「海と毒薬」「沈黙」など。ノーベル文学賞候補と目されたこともある。痩身長躯(183㌢)でオシャレな作家の顔と、狐狸庵先生を自称したユーモア・エセイストの顔を持ち、マスメディアに数多く登場した。
ちょう・ちくん 1956年生まれ。名誉名人・二十五世本因坊。木谷門下。タイトル獲得数歴代1位、史上初のグランドスラム(七大棋戦)達成、本因坊位10連覇、賞金ランキング6年連続1位など。2017年には史上初の公式戦通算1500勝を達成。ユーモアあふれる解説、エッセイも人気。
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