オッホの森 ≪イーハトーブ事件簿≫

宮沢賢治、わんこそばを中心に岩手県花巻地方の出来事を紹介。

不明だった山野草が判った! 「ツルシキミ」

2019年05月30日 | 日記
以前、万寿山に行って知らない花があったので撮影してきたのだが、その名前が誰に聞いても判らなかった。
(2019.5.8 の当ブログ記事参照)



今日書店で図鑑(山野草・樹木ガイド)で調べていたところ「ウツギ」ではないかと思われた。
家に帰ってネットで検索してみたが、ウツギとも少し違うようなのでさらに登山関係で山野草を検索していくと、「ミヤマシキミ」という植物に出会った。

これだ!間違いない! しかしWikipediaによると分布は宮城県以南となっている。温暖化で北上してきたのだろうか。誰かが移植したのだろうか。
いずれにしても疑問が解決して非常にうれしい。

その後岩手県立博物館に問い合わせた結果、「ミヤマシキミ」の変種で多雪地帯に適応した「ツルシキミ」である、とご教示いただいた。この種は北海道まで分布しているとのこと。色々とあるものですね。
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遠野・六角牛山へ

2019年05月29日 | 宮沢賢治
宮沢賢治にちなんだ登山シリーズで、今回は遠野の六角牛山へ。

前夜から今朝8時ころまで結構強い雨が降っていたが、予報では昼には晴れるとのことだったので遅めの9時に花巻出発。
遠野市に入ってからも時折小雨がぱらついていたが、登山口到着の頃には止み、曇りとなった。頂上に着くころには晴れることを期待する。

その登頂ルートだが、国道283号遠野バイパスの青笹地区、右角にセブンイレブンがある交差点を左折、県道35号に入りしばらく行くと道路の左右に「六角牛山登山口」の看板がある。これは六角石神社前だ。


ここから未舗装路を3㎞ほど進むと駐車スペースのある登山口に到着。この道は結構勾配が急で、しかも砂利道なので四駆の方が安心だ。
10:47 靴を履き替えるなど準備を整えて登山開始。

 この写真は下山後、晴れてから撮影

11:10 四合目到着。ここまでは比較的緩い林間道で楽に登れる。ガイドブックによればここからがきついらしい。
とは言え、初めのうちは道も良かったのだが六合目付近からは岩場となり、木につかまったり両手を使ったりと結構厳しいルートだ。

 
11:45 頂上まで800mの標識、標高も1000mを超え灌木帯に入る。
12:10 小ピーク到着。ここから頂上がかろうじて見えるが、雲で視界が悪い。ここまでもほとんど景色は見られなかった。雨が落ちてこなかっただけが救い。
12:22 頂上到着。相変わらず曇って見晴らしはない。直下に山小屋があったので風を避けながら昼食をとり、晴れ間を待つことに。
結構傷んでいる小屋ではあったが、さすがに頂上は風が強かったのでこの小屋には助かった。
食事しているうちに日が差してきて、外に出てみると雲がところどころ切れて眺望が利くようになってきていた。
これが後1時間でも早ければもっと良かったのだが、贅沢は言うまい。




13:07 下山開始、14:30登山口到着。ここではすっかり晴天となり、今登ってきた六角牛山がきれいにみることができた。


上りの岩場で足を使ってしまい、下りは左の膝が痛み出しヤバかった。同行した二人は普段から運動しているので何事もなかったが、腰や膝、腕など痛めた高齢者の私には今後ますます登山は厳しいものになるのだろうなぁ。と思うとちょっと寂しい。
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登山口探索 江釣子森山

2019年05月22日 | 日記
近いうちに登ろうと思っている江釣子森山の登山口が分からないので、下見をしている。
情報では登山口は複数あるようで、今日はそのうち2つを見てきた。いずれも案内の道標などはないようだ。

1.老人ホーム花巻荘の近くから渡り温泉方面へ向かう山道を利用、送電線鉄塔を目指し途中から頂上へ。

花巻荘脇の道路を少し行くと用水路を渡る橋があり、時期によっては通行止めとなるようなバリケードがあった。

この山道をずっと登っていくと鉄塔への道があるので、ここから行けそうだ。


2.円万寺の観音堂わきから向かう道。

ここから入ってすぐにピンクリボンの付いた木があり、「ああ、この道でいいな。」と思ったのだが、さらに先に行くと道が消えてしまう。不安があり、もう少し確認が必要だ。


この円万寺観音の境内には照井又左衛門原画による忍び駒の記念碑があった。この存在を今まで知らなかったが、照井氏は宮沢賢治に関連する人物だし、忍び駒の人形制作の小田島アサさん(故人)とも面識があり、感慨深かった。
また、途中「染滝」の看板があったので見に行ったが、水量の多かった昔は斜面を流れる滝があったのだろうが、現在はパイプからチョロチョロと流れる沢水しかなく、わざわざ見物に行くとがっかりする。



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NHK「宮沢賢治・銀河への旅」への疑問

2019年05月09日 | 宮沢賢治
NHK-Eテレ(教育テレビ)で2月に放送した(本・再2回)表題の番組は、元々はBS-4K用に制作した3時間番組の前半を1時間に編集したものだという。
私もこの番組を見て一つの参考にはなったが、そもそも研究者に限らず一般読者、賢治ファンの方々もその人なりの読み方、受け止め方があるもので、この番組の基となった『宮沢賢治の真実』の著者も自説にのっとって著述したものであろう。

にも拘らず天下のNHKがドキュメンタリーとして番組を制作・放送するのはいかがなものであろうか。私なども全面的には賛成できる内容ではなく、異説も多々あろう。しかしNHK-Eテレ(教育テレビ)が制作放送する番組、しかもドキュメンタリーとなれば多くの視聴者が真実として受け止めるのではないかと危惧する。

広く受診料を徴収して運営される以上、公平公正でなければならないことは言うまでもなく、一つの論説に偏った番組をあろうことかドキュメンタリーとして放送することには不快感を覚える。

オリジナルの3時間番組の前後半を1時間に再編集して5月4日にアンコールとして放送、さらに昨日も再放送されている。

昨年12月以来、いったいこの放送回数は何なんだ?それほど好評だったというのだろうか?批判も多いということを知らないのだろうか。
しつこすぎるほどの再放送には異様さ、何らかの意図さえ勘繰りたくなる。疑念を持たれるような放送は公共放送であるNHKには許されないだろう。


この番組でも、番組の原案となった「宮沢賢治の真実」でも一言も触れていないが、菅原千恵子氏の著書『宮沢賢治の青春』1994年発行が保阪嘉内と賢治の交際に関する原書と言えるのではないだろうか。
「銀河の誓い」、「同性間の愛」など共通点が非常に多いのだ。菅原氏はすでに他界されており、この著書は後に文庫化された本も古本市場で一万円前後と非常に高額となっている。ぜひ図書館で読んでみていただきたい。



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万寿山のもう一つの登山口

2019年05月08日 | 日記
去年登ったときは台温泉入り口から登り、同じ台温泉のはまゆりの宿に下山したのだが、金谷の広域公園側からも登れると聞いていたので、ルートを確かめに行ってきた。登山を始めたいという友人も誘ったのだが、あいにく都合が悪く単独行となった。

広域公園の手前に「平塚交流の森」があり、中に入るとキャンプ場がある。10台程度の駐車場があるのでそこに停めて、熊鈴なども準備して出発。
登山口はキャンプ場の西はずれの沢を渡る橋になる。




AM9:00出発。20分くらいで「松山寺⇔展望地」の標識があり、右の展望地方向に進む。それから10分ほどで頂上ルートとの分岐に到着。
古い「標高246m」の石柱と標識があるが頂上への案内はない。ここから北(右手)へ向かうのが頂上ルートだ。まっすぐ進むと台温泉・はまゆりの宿への下山ルートとなる。
いったん下り鞍部を過ぎると急坂となる。昨夜の雨で枯葉などが流されているが、小石混じりの坂で登りずらい。気を付けてゆっくり登っていく。


「松山寺⇔展望地」の標識

この標識から右手の分岐を北に向かうのが頂上ルート

頂上へ向かって歩いていると右手東側に田園風景が樹間に見えるが、あまり開けた展望は望めない。分岐から20分で89番鉄塔に到着。ここからは南西方向に展望が開けている。



ここから右手の細い道を5分ほど登っていくのだが、頂上直下の崖の様な坂は非常に急勾配で滑りやすく、鎖でも欲しいほどなので要注意。
登山開始から1時間弱で登頂。四等三角点と「万寿山頂上」の標識があるのみで頂上からの展望はない。



花の時期には少し遅かったみたいで、ショウジョウバカマ、イワカガミ、カタクリは終わっていた。
スミレ、シラネアオイが少々あり、つつじは咲き始め。






この花の名前が判らない。どなたか教えてください。



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