新型コロナウィルス(COVID-19)という人災は、日本人のライフスタイルや文化にも影響を及ぼしている。コロナ禍で業績低迷に苦しむ飲食店などは生き残りをかけ、顧客と協力して「黙食」という活動を促進している。
マサラキッチンという福岡市のカレー店が考案した「黙って食べる」=「黙食」という言葉が全国的に広がっている。マサラキッチンのHPでは、黙食をお願いするPOPを無料で提供している。
青森市にあるフォルテというIT企業は、黙食を促進して飲食店の経営継続を支援するシステムを開発している。話し声が大きくなるにつれて緑・黄・赤の3段階に光が点灯する音圧測定機をテーブルに置く。これを見て顧客自らが意識して会話時の音量を調節し、感染リスクを低くすることで安心して顧客に来店してもらおうというものである。
すぐお隣の日本工業大学でも食事中の会話を控えてもらう黙食を早くから推進している。食堂において、手指消毒・検温の徹底、食券購入時のソーシャルディスタンス確保、テーブルへのアクリルパーテーション設置、換気、食事中以外のマスク着用徹底等、感染症対策を徹底している。
古来より日本人にとって食べることは「いただくこと」、つまり「祈り」と同義であったとされている。調理をしていただいた方への感謝、さらに食を分かち合う仲間(家族や同級生、同僚など)への共感が込められていた。祈り黙していただくことが仏法で説かれ、以降明治時代前半まで「食事中にはしゃべるな」という食作法が日本の生活の中に定着していたと見られる。家族団らんする余裕がない、生きるのが精一杯な時代の家族の食卓の姿であったようにも見える。
明治23年の家事科教科書に「食卓での家族団らん」が初めて現われ、明治38年に国定の修身教科書に挿絵を使って子どもたちに、「必ず家族皆一ところに集まりて愉快に飲食談話するようにせば、食物の消化もことによく、一家の和熟にはもとより大いに益あるべきなり」と教えた。
2006年の食育基本計画では、「食卓での家族団らんは国民の豊かな人間形成を支える‥‥食を通じたコミュニケーションは、食の楽しさを実感させ、人々に精神的な豊かさをもたらすと考えられることから、楽しく食事を囲む機会を持つように心掛けることも大切である」とされ、食卓での家族団らんは家庭教育の大切な場であり、食文化の創造と継承という機能を担う場となっていた。
ここに来て再び、生き残るために啓蒙されている黙食は、私たちのライフスタイルに果たしてどのような影響を及ぼして来るのかを注意深く見守っていきたい。
文責:福井 宏