忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

清き一票をぉぉぉぉ!! 

2009年08月26日 | 過去記事
2009/08/26 (水) 清き一票をぉぉぉぉ!! 1

例えば――――

会社で、だ。「上司を選挙で決める」などとやったとする。これは画期的だ。学生時代、生徒会長は選挙で決めるが「教師」は決められなかった。だがこれは、会社での「上司」や「経営責任者」を選ぶのである。同僚などと行う飲み会の幹事やレクリエーションのリーダーを決めるのとはわけが違うのである。派閥力学や人間関係が絡みつつ、ちゃんと「我が社に資する経営方針」を掲げる「責任者」を選ばねばならない。

「社長」には5名が立候補した。各候補はマニフェストをぶち上げる。(届け出順)



A候補(新人・元営業部長):

「給料が第一」

サービス残業の全面廃止。子供手当の支給。住宅手当の2割アップ。伴う福利厚生の見直し、労働環境の見直し、手当の充実を図り安心して働き続けることができる職場づくりを。

B候補(叩き上げ派・元現場主任):

「現場主義・実現」

無能な上司の削減。人件費の総額はそのままに。ちゃんと現場で働く従業者に還元する。経営者や一部の上級幹部の優遇を許さない。すべての従業者に平等で公平な評価を実現。

C候補(前社長・3期目):

「信用力のある企業づくり」

会社の業績を回復させる。ライバル会社に勝利し得意先の信頼を守る。窮地を越えれば給与の段階的アップ。100年安心の退職金制度の実施。誇りある会社へ。

D候補(新人・元事務員):

「給湯室から会社を変える」

セクハラ対策。女性管理職の増員。休職者にも給与を。社員旅行の充実(中国・韓国への旅)。時代はだんだんハムサンド。時代はどんどんカツサンド。

E候補(新人・新入社員):

「ともかくチェンジ」

「変わる」ことは素晴らしい。でも「変える」ことはもっと素晴らしい。「新しいこと」は「新しい人間」にしかできない。新しいって斬新。新しいって革新。今、新しいが新しい。



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さあ、投票しよう。

投票所→「2」へ

■2009/08/26 (水) 清き一票をぉぉぉぉ!! 2

自分たちの会社。自分たちの社長。これを自分たちで選ぶのである。さあ、さあ、どした?さあ、さあ、選ぶのだ。Eなんかどうだ?可能性を感じないか?

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「給料を上げてやる」「手当を出してやる」「休みをやる」
「保障を充実させてやる」「仕事ができなくとも評価してやる」
「不勉強でもかまわない」「敬意なんて示さなくともよい」

私は元中型スーパーの店長だったから、安売りセールにはちょっと自信がある。お客様の欲しいものを他店よりも安く売るのだ。そうすれば、必ず、お客様はやってくる。自転車に乗って車に乗って、中には「電車賃使ったら同じじゃん」と思える主婦までも来る。

そして、安売り商品だけを山のように持ってレジに並ぶ。我々は大変失礼ながらも、こういうお客様を「チェリーピッカー」と呼んでいた。つまり「オイシイとこだけ持って行く」ということだ。大切なのは足しげく通ってくれる常連客であり、近隣のお客様の日々の食卓を我々が売る商品で埋めることである。だから、「単なる安売り野郎」は馬鹿にされる。会社から切られることになる。安売りにもちゃんと「やり方」というものがある。

「3」へ

■2009/08/26 (水) 清き一票をぉぉぉぉ!! 3

また、経営に悩む社長のところに「価格を安くして商品価値をあげると売れますよ♪」という営業コンサルタントがくればどうか。売り上げ低迷に悩むパチンコ屋のオサーンに「もっと玉を出せば客が来るよ!」という常連客と変わらぬアドバイスをする不毛は説明するまでもあるまい。つまるところ、大切なのは「それをどうやってするのか?」だけであり、「どうなればよいのか?」などは阿呆でもわかるのである。

説明せねばならぬことは「具体的な計画」である。そして、もっと大切なことは、それを「なぜするのか?」という根拠である。もう一度、会社で例えよう。

A~Eの候補がいる。その誰もが「業績を上げる」とか「福利厚生を充実させる」などと言っている。ともかく「現状否定」だけで声を上げている者、現状、どこにでもあるような些細なことを大袈裟に叫んでいる馬鹿もみつけられる。また、よくよく話を聞いてみると、中には「具体的な説明」を伴う候補者もいるかもしれない。経営コンサルタントも裸足で逃げ出す素晴らしいマネジメントができる辣腕社長かもしれない。そして会社が儲かれば待遇は良くなると、わかりやすい説明も加えてくれることだろう。

企業の存在理由はいくつかある。私なりに言うと、先ず、「潰れないこと」と言うかもしれない。「発展すること」などもその理由となろう。しかし、究極にまで突き詰めれば「人を雇うこと」だと断じておく。これは私の指針(ポリシー)であり、強くそう思っている。それは公共心からなる「雇用促進」という意味もある。また、地域の発展に寄与するという企業の公共性を確認するためでもある。しかし、だ。

あっさりいうと、すなわち「人を護ること」なのである。その人の雇用を守る、生活を守る、人生を守るのである。そのためにこそ企業は活動せねばならない。そのトップに立つ人は人を使う以上、「(会社経営を)なぜするのか?」という問いに対してそう答えるべきだ。

「4」へ

■2009/08/26 (水) 清き一票をぉぉぉぉ!! 4

もちろん、そのための「やり方」は色々あっていい。「考え方」も色々あって然るべきだ。だが、その出発点は「そこ」になければならない。そして、その連動、その継続が「会社」というブランドを守ることに繋がるのである。「企業は人なり」である。

そして、いうまでもなく「経済大国」と呼ばれる国も同じなのである。「国も人(国民)なり」なのだ。だから先ず、最優先的に「護らねばならないこと」は、その国で生きる「国民」の生命と財産であると共に「国」のアイデンティティ、存在意義であるのだ。また、その順位は「国」が優先されるべきだ。すなわち、


日本国は日本国の存在意義を護り、日本国民の生命と財産を護らねばならない。


のである。会社で例えるなら、先ずは「会社」を守る。そして派遣で来た社員でもなく、出向してきた臨時社員でもなく、期間契約のアルバイトでもなく、そこで従事する正社員を優先して守ることは当たり前だ。「同じ仕事をしている!」と派遣社員が騒いだら放り出すべきなのだ。文句があるなら「正社員雇用されろ」と言い放てばよいのである。無論、どこの会社でもあるように「条件」もあるし「審査」もされることが前提だ。

会社は「(この会社に)骨を埋めます」と言える社員を作らねばならない。娘を嫁に出すときに「彼女のためなら死ねます」と言える馬の骨を認めるのと同じだ。私など、妻の父親に「もはや死んでます」と言えるほどだ(笑)。死んでるんだから文句も言わないし、自分が動き回れる間は妻のために動く。何事においても妻を優先する。

ま、ともかく、だ。

会社でも「良いことばかり」言っている社長は会社を潰す。しかも、何の脈略もなく「臨時ボーナスだ!」とされたら倒産を疑ったほうがいい。何か裏があると思ったほうがいい。給与をたくさんくれる会社は羨ましいが、それでも「なぜなのか?」に対する納得ができなければ羨ましくない。私は功績だけではなく功労を評価してくれる会社で働きたいと思う。そして、どんな会社であれ、入社したからには全力を持って社に尽くすのである(社長ではない)。もちろん、それが嫌だという者を無理強いしたりしない。嫌なら去ればいい。

「5」へ

■2009/08/26 (水) 清き一票をぉぉぉぉ!! 5

こう言うと左の方から「会社とは違い国は選べない。生まれてくる親を選べないように、産まれてくる国は選べないだろう。」という反論が聞こえてくる。私はシャブはやってない。

ならば、こう答えておこう。

親からも国からも「去る」ことはできる。ただ、電車を乗り換えるがごとく繰り返す転職のようにはいかない。しかし、それは「条件が悪いから」なのか?「待遇に問題があるから」なのか?好きか嫌いかなのか?損か得かなのか?そんなことで親を選ぶ人間がいないように、そんな理由で国(を動かす人)を選ぼうとすることが異常なのだ。その文句を垂れる口をくれたのは親だ。馬鹿な頭で怠惰な生活をして、国の悪口を言っていても秩序から放り出されないのは国があるからだ。ケネディではないが、「なにもしてくれない」と文句を言う前に、自分で「なにができるか」考えろ。ま、(悲しい話もあるが)本来は、だ。親は子供を可愛がる。国も国民を大切にするのだ。それをありがたく想い、感謝して、「なにか」するべきなのだ。

だから、国民が「選べる」政治家は、ちゃんと「国を愛している」政治家を選ばねばならん。耳に心地よい言葉を疑わねばならん。わかりやすいワンフレーズも意味を述べさせねばならん。

日本国は投票所に行けないから切り売りされている。国民は投票所に行けるから「甘い言葉」で安心させる。「票をくれたら金をやる」と馬鹿にされている。「票をくれたら生活の面倒をみてやる」と舐められている。何の根拠もなく「オレを社長にしたらボーナスが増える」と豪語する阿呆が社長になったらどうなるのか、考えるまでもないのである。そして、国民以外が投票できるようになれば・・・説明するまでもあるまい。

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