忘憂之物

感謝の国は壊れない


東北の大地震と原発の事故の報道の隙間に東京・秋葉原の無差別殺人事件の判決が出た。もちろん死刑判決だが、何の落ち度もない東北の人がたくさん亡くなったのに、こんな不細工馬鹿がまだ生きている、というのも不思議ではある。義捐金はいらないから、その分、無駄を省いて高裁も最高裁も飛ばし、速やかに吊るして欲しいと思う。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110324-00000589-san-soci
<日本が震撼。刑事責任は最大級に重い 秋葉原無差別殺傷事件、加藤被告に死刑判決>




事件があったのは2008年6月8日だ。宅間守が起こした「付属池田小事件」も同じく、2001年6月8日だったりする。そういえば、どこかで読んだが、このような「無差別殺人」は夏に起こる確率が高いらしい。もしくは「春先」だ。これからの季節が危ないわけだ。

この日の東京の最高気温は25度。湿度は知らないが「不快指数」は低くなかっただろうと思われる。暑いのはみんな同じ、不快なのも同じ、その中で誰もが仕事もせねばならぬし、様々な所用もこなさねばならないが、そういうことが耐えられぬ連中もいる。

街を歩く人を見れば、みんな自分だけは賢そうな顔をして歩いているが、その中には一定数の程度の低いのがいて、そういう連中が暑くなるとおかしくなる。昔から「季節の変わり目」やらには気を付けろと言われるし、頭のアレな人が道端でパンツを脱ぐのも、そういう意味では「春の風物詩」なのかもしれない。

だから、ヨーロッパでも暑いところでは頭がおかしくなって、昼間から牛をサーベルで突き殺して喜ぶ。スペインだ。白人は暑くなると血を見たがる本能がある。日本では夏に自殺者が増える傾向にあるが、ロシアでは停電してクーラーが効かないと殺人事件が増える。アメリカでは1926年、カリフォルニア州でメキシコ人少年の「首なし死体」が見つかった。ここも暑いところだ。調べてみると、近くの養鶏所には誘拐された少年が拉致監禁されていたとわかる。犯人はゴードン・スチュアート・ノースコット、当時21歳だった。

ゴードンは同性愛者で少年をさらう。そして、同じ趣味の仲間から金を取って少年を犯させていた。そして飽きると撲殺して生石灰で肉を溶かし、骨だけにして養鶏場近くの砂漠に捨てていた。どこに出しても恥ずかしくない立派な白人だ。だから、クリント・イーストウッドはちゃんと映画にもした。「チェンジリング」だ。「はぶて師匠」の評価は「B」だった。アンジェリーナ・ジョリーが悪かった(笑)。

また、連続殺人犯は「シリアルキラー」などと言われて、サスペンスホラー小説になったりするが、無差別殺人犯は「スプリー(浮かれ騒ぎ・お祭り)キラー」と呼ばれる。浮かれて騒いで人を殺す文化は日本にはないが、これを白人らは「我々のような文明人の中に、こんな気の狂ったのがいるはずない」として原因を探ったら、エンデバー号まで遡ってキャプテン・クックの所為だとわかった。無差別に人を殺すのは「東南アジアの風土病」だというわけだ。それがヨーロッパにも感染したのだとされた。「アモック」だ。

東南アジアの社会では、白人国家のような文明も自由も無いから、人々は古い慣習をそのままにしている。とても不便で窮屈な社会である。だから、そこで鬱積されたストレスは「アモック」となって現れるのだ、ということにした。

もちろん、これはウソばっかりでもなくて、ちゃんと体現しているアジアの国もある。韓国だ。有名なのは「禹 範坤(ウ・ポムゴン)事件」だ。これは1982年の春穏やかな4月に発生した大量殺人事件で、犯人の禹 範坤は現役の警察官だったから、警察の武器庫にあるカービン銃やら手榴弾で数十人を殺した。原因は「夫婦喧嘩」だった。この事件は短時間での大量殺人」ということでギネスに登録された。うりならまんせー、である。

記憶に新しいのは「バージニア工科大学銃乱射事件」だ。これは2007年の春麗らかな4月、在米韓国人の趙承熙(チョ・スンヒ)は自分の身分証でグロック17とワルサーP22の2丁の拳銃を七万円で購入。それを乱射して32人を射殺した。これは1999年の春香る4月に発生した「コロンバイン高校銃乱射事件」の被害者13人を抜いて、アメリカの乱射事件史上、最悪の結果となった。うりならまんせー、である。




ま、ともかく、だ。



人間は暑くなると、先ず、頭がおかしくなくても裸になる。そのとき、服と一緒に理性も脱いでしまうのがいる。こういうのは精神やら神経がおかしいのではなく、単に本能を解き放ったに過ぎない。だから「罪を償う能力」はある。

その他多くの普通の人は、ちゃんと本能を理性で抑制しながら生きている。それでも「本能」はあるわけだから、それを映画やゲーム、格闘技やスポーツなどで発散させる。実際に人を殺さなくとも、自分の「本能」を飼い馴らすことが出来ている。それなのに普通の人には銃刀法違反などで取り締まろうとする。取り締まりが守れる人は、夏になっても春になっても浮かれるだけで人を殺したりしないし、そういう場合はほとんど「殺される側」になる。無防備だからだ。

アメリカは銃の所持を許可して公共性を守っている。これが日本ならば帯刀を許すべきだ。たかだか刃渡り10センチ程度のナイフ、周囲にいる日本のサラリーマンが腰に備えた日本刀の鞘を握れば、そんなのたちまち玩具となる。秋葉原のへなちょこ不細工も、トラックを降りたところで袈裟斬りにされてお仕舞いだった。

義務教育で「武士道」を教え、剣術を磨かせる。そして、大人になれば、晴れて名刀を帯びて出勤したりできる。成人式前になれば職人は忙しい。日本刀などオートメーションで大量生産すれば価値はない。目玉の飛び出る値段の日本刀が飛んで売れる。親も子供になまくら持たせて社会に出すわけにはいかないから経済効果抜群だ。

飲み屋に入る前には店に預ける。上司の部屋に入れば「キミは仕事も錆びついているのではないかね?ほら、刀も錆びているだろう。それは心が錆ついておるのだョ」とか説教喰らいながら、粉を打つ背中を見る。そして人々は日本人としての素養と教養を身に付け「武士資格」を得る。もちろん、男性限定の国家試験だ。

んで「切り捨て御免」も復活させる。資格を得た者が無礼者を斬り殺しても、それは「正当防衛」だ。白人は「決闘」することで名誉を守った。日本人なら「切り捨て御免」と「仇討」を復活させるべきだ。北野たけしがテレビで「被災地で泥棒するような奴は射殺すればいい」と言ったが、それはその通りで、そんな不逞な輩、言葉で気付いて悔いるようなところにいるはずもないから、ちゃんと「武士」の資格を得た者が斬って捨てればいいのだ。

身勝手な理由で人様を殺傷するような獣は、きちんと「公共」から罰せられねばならない。また「公共」を形成する者も責任を持たねばならない。「公共」とはそれらの人々が護らねばならないからだ。「切り捨て御免」の時代でも、気に喰わないだけで百姓を斬り殺せば、その武士は切腹もさせてもらえず首を落とされた。義務と権利が天秤にのるように、責任と権限は同時に背負うものだ。これらを曖昧にしたから、都合よく解釈する連中が増えて、権利ばかりを振りかざし、義務は誰かにお任せすることが許されるようになり、結果、春先や夏はもっと危険になった。民主党は政権を盗った。

責任と権限の象徴だった「腰の刀」がなくなって、人は権利と権限だけで生きていくようになった。責任や義務は国やら地域やら企業やらにだけあるものとされた。しかし、それが通じない相手もいて、それは例えば大地震だったり津波だったりする。すなわち「現実」のことだ。

被災地で踏ん張る人々には、自動的に責任や義務が容赦なく覆いかぶさる。一人の身勝手が全体に与える影響の大きさが可視化されるから、小さな子供でも「なにをすればいいのか・なにをしてはならないのか」がわかる。人々が整然と秩序を護る姿から、その精神性の高さは伝播し、途方もない悪環境ながらも「公共心」が発揮される。


だからこそ光り輝いて見える。人間とはどうあるべきか、人間とはどう生きて、どう死ぬべきか、が集約されて結晶化する。秋葉原の不細工童貞は、己の人生がクソつまらない、として無差別に他人を殺した。マスコミの中には「社会の責任もある」と報道する馬鹿もいた。しかしいま、多くの人々が国の責任やら社会の義務やらを問う前に、自分の権利や権限を放棄してまで、他人のために責任や義務を果たしている。

いま、その姿は日本だけではなく、世界の国々までを驚かせているという。外国人は一同に日本人の精神性の高さ、すなわち「民度」に度肝を抜かれている、とマスコミも渋々ながら報じている。しかしながら、これは今更なのであり、支那朝鮮やロシア、アメリカなどが、どれほど日本に関する出鱈目を自国民に垂れ流してきたかの証明である。

ロシアが「日本人は避難所でも規律を守って暮らしている」と驚いているが、例えば、それはロシア人が「シベリア抑留」を忘れているからだ。一日に黒パン350グラム、それに朝夕「カーシャ」と呼ばれる「米粒の無い粥」が配られるだけの食生活、広大なシベリアは零下数十度という極寒の中、およそ1200か所に設けられた強制収容所で重労働を課せられながらも「規律正しく」生活することができる日本人を忘れているからだ。

スターリンはトルーマンから北海道の半分、つまり釧路から留萌までをもらえなかった腹いせに「肉体的に作業が出来る日本人を五十万人連れて来い」と電報を打って、満州、朝鮮、樺太から六十万人以上連れ去った。飢えと重労働で死んだ日本人は白樺の木の根元に埋められた。ロシア人はその場を「白樺のこやし」と呼んだ。そこで日本人は何をしたか。


「句会」を開いていた。普通、監視兵の目を盗んですることといえば脱走か暴動の準備というのが相場だが、日本人はこっそりと隠れて万葉集や古典の勉強会をした。地面に棒切れや古い釘で17文字を綴った。仲間が増えてくると、馬の尻尾やロープをほぐしたもので毛筆を作り、セメント袋は短冊となり、煤煙を水に溶かして墨汁を作る者も出てくる。



小さきをば子供と思ふ軒つらら 囀りはうつつに子等は幻に



山本幡男さんの俳句だ。シベリア抑留後、ハバロフスクのラーゲリー内で息を引き取る前に詠まれた。45歳だった。シベリアで氷柱を見た山本さんは、その中でも小さな氷柱を見つけて名前をつけて呼んでいた。妻と子供らの名だ。シベリアでも春になれば鳥のさえずりが聞こえた。しかし帰れない。家族には会えない。病は治らない。春の訪れを告げる鳥のさえずりと共に、妻と子供らの姿は幻になったのだという、あまりにも悲しく美しい俳句だ。


ロシア人は遺書を送ることも許さなかった。スパイの国はなんでもかんでもスパイ行為にみえるからだ。しかし、山本さんの遺書は島根県のご家族のもとに届けられている。なぜか。そのとき、シベリアにいた日本人は何をしたか。



覚えたのだ。記憶したのである。そしてそれを生き残った者が急いで書き留めた。分担して記憶し、その分担者が死ねば、新しい者がその部分を記憶した。山本さんは「喉頭癌」だったが、ロシア人の軍医ですら「中耳炎」だと診断するほど露助というのは馬鹿だから、まさか4千5百文字もの文章を4通も日本人が記憶しているなどとは夢にも思わなかった。

山本幡男さんはその他多くの日本人のように、「妻よ!よくやった!実によくやった!」と始まる遺書の中で妻に感謝を述べている。激烈に褒め称えている。そして「実に良き妻をもったという喜びに溢れている。さようなら」と締めくくっている。

子供らに向けた遺書の一文を引用しておきたい。



「さて、君たちは之から人生の荒波と闘つて生きてゆくのだが、君たちはどんな辛い日があらうとも光輝ある日本民族の一人として生まれたことを感謝することを忘れてはならぬ。日本民族こそは将来、東洋、西洋の文化を融合する唯一の媒介者、東洋の優れた道義的文化――――人道主義を以て世界文化再建に寄与し得る唯一の民族である。この歴史的使命を片時も忘れてはならぬ」



誠意、道義、まごころ、などを教え説いた後、山本さんは最後に「どうか健康に幸せに生きてくれ。長生きしてくれ」と書いている。親が子に「長生きしてくれ」と書く時代だったとしても、極寒のシベリアにおいて理不尽極まりない抑留生活ながら、よくもまあ、これほどの人格を保てたものだと震えるほど感動する。飢えと病と重労働の中、山本さんは「人道主義を以て世界文化再建に寄与し得る唯一の民族」としての自覚すら捨てていない。果てしない公共心、誇り高き愛国心とはこういうことをいう。そして、そのとき日本には山本幡男さんのような日本人は普通にゴロゴロいた。すなわち、世界の国々は今さら驚いている場合でもなければ、日本のマスコミも今更に取り上げている場合でもない。





山本さんの妻、モジミさんは遺書が届けられると、畳の上に転がりながら号泣した。全身全霊をもって夫の死を嘆き悲しみ、猛烈な悲哀を一気に吐き出したかと思うと、次の瞬間、すっと立ちあがった。「子供らの将来のために生きていきます」―――

壮絶なる決意表明だった。「勉強しろ」と言われた長男は松江の高校をトップで卒業して東大に入った。モジミさんは82歳で亡くなったが、脳内出血に肺炎を併発しても「自分で歩けますから」と言いのけた。最後の最後まで気丈な母親の姿を護り通した。



はっきり言う。

日本民族は素晴らしい。日本民族は東洋、西洋の文化を人道主義をもって再建することが出来る唯一の民族である。世界に冠たる御皇室を戴く感謝の国である。だから、この度の大地震にも負けない。津波にも負けない。事故にも負けない。これは驕りではなく事実、そして使命だ。
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